5-04 精霊竜の巣
「洞窟、だな。」
精霊竜の巣は火山にポッカリと空いた天然洞窟だった。同じダンジョンと言う言葉でも私達の世界とは全然違うのだな。私達の世界でダンジョンといえば、前文明の遺産だった。どちらかと言えばビルとか研究所と言った印象が強い。対して精霊竜の巣は岩肌。しかも火山だ。人の身では呼気すら焼かれるような温度があり、普通に潜れば命に関わる。
「魔導具が要る。」
「私が魔術を使えるので大丈夫ですよ。」
この様な洞窟に潜る場合には空気浄化の魔術を使うか、その機能を有する魔導具を使うのが一般的だ。火山性のガスが発生する可能性もあるしな。今回私達は魔術に見せかけた異術を使うことにした。思いがけない同行者が増えたせいだ。魔導具を作り出すことは可能だが、セルシャの分の予備を持っているのは不自然すぎる。その点、魔術であれば対象を増やすのは容易い。
ライムが異術を使った瞬間、息苦しさが収まる。私達だけであれば特に必要な術ではないのだが、この世界の人間であるセルシャにはかなり厳しかっただろう。苦痛に歪んでいた顔が穏やかになる。さて、これで先に進むことができるな。
精霊竜の巣と言っても他の生物が居ないわけではない。むしろ、精霊竜に惹かれて狂った魔物が集まってくる。この世界の生物の一部には精霊力を扱うことが可能な者が居る。この手の魔物は神々が試練として配置しているものが半分、イレギュラーとして発生したものが半分だ。
「火噴きトカゲが多いですね。」
そう言いながらライムが手に持った武器でその火噴きトカゲの頭を叩き潰す。配置としては私が前衛でライムが後衛だ。ライムは前衛も十分にこなせるのだが、流石にこの洞窟の中であの鉄板を取り出すのは無理があるからな。それに、後ろからセルシャを見守る必要がある。だが……。
「
セルシャが疑問形で訊く。いや、たしかに見た目はモーニングスターだ。その鎖が無限に伸びて行ったり、鉄球部分の後部から火を噴きながら噴進するだけで。もちろんこれもライムが即興で作り出した武器だ。セルシャには魔術収納と魔導具、という事にしてあるがいつまでごまかせるやら。
後衛と距離を取り刀を振るう。火噴きトカゲはその名の通り口から火を噴く。後衛の傍で戦えば流れ弾に味方を巻き込みかねない。ライム1人ならそれでも良いのだがセルシャは普通の人間だからな。念の為魔術防壁を張っているとは言え、無闇に危険に晒す理由もない。時折背後から飛んでくる鉄球を上手く避けながら次々と屠っていく。
それは丁度中程まで来た頃だった。ぴちゃん、と何かが天井から落ちてくる。これは油か?それは地面に落ちた瞬間に洞窟の熱気で蒸発してしまう。……おかしい。もしこれが油なのだとしたら、この温度の洞窟の中で液体を保っていることはありえない。気化してガスとして漂っているはずだ。何か超常の力が働いているとしか考えられない。そう思い天井を見る。
「あら、これはちょっと骨が折れそうですね。」
同じ考えに至ったのだろう。天井を見上げたライムがそう言う。そこには多数の粘体が張り付いていた。先程落ちてきたものから考えて、その体を構成しているのは油だろう。オイリーウーズと呼ばれている魔物だな。アレは厄介だ。オイリーウーズの体は油が蒸発しないように魔術で包まれている。身体を構成する油に火を点けることは可能だが、それではオイリーウーズは倒せない。火を纏ったまま襲いかかってくるのだ。安直に火の魔術で攻撃を仕掛ければ大変な事になる。いわゆる初見殺しだな。
「この手の魔物の弱点は核というのが相場だが……。」
残念ながらこの世界のウーズ系に核はない。身体を構成している術式を破壊するしか倒す手立てがないのだ。普通は魔術で吹き飛ばせばよいのだが、オイリーウーズの場合は爆発系の魔法はご法度だ。燃えるだけで逆に術式を強化してしまう。正しい手順は魔術を纏った剣で斬ることだ。
問題は数だな。1匹2匹なら逐一倒していけばいいが、流石に天井を埋め尽くす数を斬るのは骨が折れる。範囲魔法が封じられるのも痛い。群れに会ったら逃げろと言うのが通説だ。まあ、普通の冒険者であれば、だがな。
「影鎖刃。」
私の影から延びた鎖付きのナイフが次々とオイリーウーズの構成術式を斬り裂いていく。術式による保護を失った油は形を保つことができなくなり、次々と蒸発する。普通ならこれで倒せたと安心するところだろうが、まだ油断は禁物だ。オイリーウーズを倒した後は周囲が気化した油で満たされる。オイリーウーズの油は可燃性のガスに変化するのだ。このまま放置すれば火山の熱で直ぐに燃え広がってしまうだろう。
「空気浄化の魔術を使いますね。」
ライムが私達の顔を覆うように展開している浄化の魔術と同じものを空間に展開する。空間を満たしていたガスはそれで安全な空気へと変化する。それを見たセルシュが感嘆の声を上げる。これほどの広域に魔術を使える者は少ないらしい。本当に恐ろしいのはこれを即席で組み上げている事なんだがな。ライムは使用した魔術を保存していたりはしない。全てが即席なのだ。術式ストックの破壊が効かないというのは侵神としては甚だ厄介極まりない。
「敵を見るような眼で分析しないでください。」
どうやらライムは私の視線が気に入らなかったようだ。そう抗議の声を上げる。セルシュは状況についていけずにキョトンとしていたが。ともあれオイリーウーズは片付いた。近くに反応もないからこのまま進んでも問題あるまい。他にも何か出てくる可能性があるから油断はできないがな。
次に現れたのは狂精霊だった。精霊竜と同じく狂った精霊だが、こちらは格が低い精霊が狂ったものだ。精霊竜の住処が近くなったせいか、普通の生物はほとんど見かけなくなった。狂精霊の身体は火の精霊力で構成されており、その姿は燃え盛る炎のごとし。物理攻撃が効かないタイプの厄介な相手だ。
「蹴散らしますね。」
……まあ、ライムのトゲ鉄球には関係のない話だったな。ああ見えてあのトゲ鉄球も魔剣なのだ。剣とは一体……と思わないでもないが、例によって素材は神造魔剣と同じ神魔鉄。精霊の身体にまともにダメージを入れることができる超金属だ。
ここはライムに任せた方が良いだろうな。私の刀も狂精霊にダメージは与えられるのだが、倒すのに時間がかかる。なにせ構成している精霊力を削り取らねばならないのだ。その点トゲ鉄球は面による攻撃が可能な分効率が良い。それを噴進機構で振り回すのだ。私達が前に居ては完全に邪魔にしかならない。そのため私が背後でセルシュを守る役に回る。
「片付きましたよ。」
ライムが振り向いてそう言う。結構な数の狂精霊が居たはずだが瞬く間に蹴散らされてしまった。相変わらず常識外れと言うより他はない。敵に回したくない相手ではあるが、彼女の目的を考えればそうも言ってられないか。どうしても彼女との対立は避けられないだろう。
「だから、敵を値踏みするような視線は止めてください、と。」
心底傷ついたようにライムが言う。どの口が言っているのだ、と言いたいがこれ以上はセルシュに余計な気を使わせてしまうな。私はため息を1つ吐いて視線を先に向ける。この先に精霊竜が居るはずだ。それも2体。
洞窟を抜けた先は広い空間だった。カルデラにドーム状の蓋が被さっているという表現が正しいだろうか。傘上のドームの中心には穴が1つ開いている。そして、その空間の中にもう一つ小さな火山がある。その手前に2体の精霊竜は居た。周囲に浮かんでいる宝石が精霊竜の戦利品だろう。中に人影が見える。
「レクル!」
セルシャがそれを見て声を上げる。宝石の中に友の姿を見つけたのだろう。今なら助けることが可能だ。だが、今はまだあの中に居た方が安全だ。飛び出しそうになるセルシャの肩を押さえつける。助け出すのは精霊竜を倒してからだ。でなければ火山のガスで死なせてしまう事になりかねない。そう言って説得する。精霊竜が戦利品を閉じ込める宝石はかなり頑丈だ。精霊竜との戦いの余波にもある程度は耐えられる。であればそのままにしておいた方が良い。
私達が戦利品に目を向けたのに気付いたのだろう。2体の精霊竜が怒りの咆哮を上げる。宝石からは引き離したほうが良いからな、このまま挑発するとしよう。精霊竜に影のナイフを当てて意識をこちらに向ける。当然怒り狂った精霊竜はこちらに飛んでくる。こうして精霊竜との戦いが始まった。
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