6-06 脱獄

「うぇえっ!?牢獄ってお城の地下にあるんじゃないの!?」

「何故王族の住まいに賊を留め置くんだ?」


 牢獄。前世のゲームではよく城の地下にあったが、当然そんな所に作ったりはしない。基本的に罪人は現代同様監獄を作成してそこに放り込まれる事になる。城の地下牢というのは王城ではなく城塞の地下牢から連想したものだろう。確かに城塞なら地下牢は存在する。ただし、そこに収容されるのは罪人ではなく敵の捕虜だ。それも、身代金と交換で解放するまでの一時的収容だ。


 だが、魔族に扮していた者たちは違う。なにせ身代金を払ってくれるような相手は居ないからな。在りもしない魔族の国に請求するわけにもいかない。であれば処分してしまうべきなのだろう。だが、まだ利用できると言う思いがそれを思い留まらせたのだ。それに、あの作戦には手持ちの駒を全て投入している。全て処分すれば手駒が無くなってしまうというのも処分を躊躇った理由だろうな。


 まずは伝令を潰す。襲撃を知られれば余計な警戒を抱かせてしまうからな。伝書通信が基本のこの世界では周囲を包囲し伝令の経路を押さえる方法が主流だ。だが、これだけではアフィナ鳥による空からの伝令を封じることが出来ない。そのため、同時に牢獄全体に飛翔禁止領域を展開し、アフィナ鳥を飛ばせないようにする。これで襲撃を知られることはないだろう。騎士団の大半が包囲に回っているため牢獄への襲撃は私達で行う。


「突撃だぁっ!」

「いや、落ち着け。」


 バルシュで若干力押しの癖が付いたのか、いきなり突撃しようとするリーゼを慌てて抑える。流石に作戦もなしに突撃するのは悪手だ。気配を消し、砦に近づく。作戦を話した瞬間に何故かリーゼが興奮していたが今は気にしないことにしよう。


「だって、スニークミッションだよっ!?ダンボール被ったり、戦車にロックオンされただけでゲームオーバーだよっ!?」

「いや後半はよく判らんが、お前のテンションが上ってるのだけは嫌でも伝わってくるな。」


 そんな一幕を演じながら作戦会議を終え、牢獄に近付いていく。リーゼたっての希望でハンドサインで合図を送り合う。念話で十分だろうと主張したのだが、様式美だと言って譲らなかったのだ。まあ、ハンドサイン自体は中学時代にコンピュータ室に潜り込む時にもよく使っていたので特に戸惑う事もなかったのだがな。ずいぶんと時間が経っているが意外と覚えているものだ。


『ご武運をお祈り致しております。』

(こっちは任された。)


 エミーは念話で、アルシュはハンドサインでそう伝えてくる。アルシュは神聖特務隊時代に似たようなハンドサインを使っていたようで、リーゼが提示したハンドサインをあっさりと覚えてしまった。彼女たちは騎士団の支援と陽動である。エミーが動物を誘導して不審な動きをさせ、門番の一人を誘い出す。アルシュの隠密の異術で私達も含め認識され辛くなっているなっているため見つかることはないだろうが念の為だ。そうして出来た隙に牢獄の中に潜り込む。潜入するのは私とリーゼおよびイストエイゼだ。私達だけで捕虜を尋問しても意味がないからな。彼を連れて行く必要があるためこんな回りくどいことをしているのだ。


 中の地図は予め確認済みなので迷うことはない。その上、視覚上に地図を重ねているからな。同時に見回りの兵士の位置も表示されるため見つかるリスクは限りなく低い。リーゼが念話で『ゲームみたいで楽しい』などと伝えてきたので『ハンドサインはどうした?』と訊き返したら、『プレイヤーチャットは別腹だよ』と返されてしまった。相変わらずよく解らない理論で動いているな、こいつは。


 牢獄は二重構造になっている。牢獄として作られた建物と、それを取り囲むように作られた管理棟だ。牢獄棟と管理棟の間には広い空間が取られており、誰かが抜け出せば判るようになっている。その上牢獄棟の床は石材で作られているため地下からの脱走も困難だ。逆に言えば外からの侵入もすぐに判る。いくら隠密の異術を使っているとはいえ、ここを見つからずに抜けるのは非常に困難だ。


「この先はどうするつもりだ?」

「看守のシフト表は入手済みだ。見回りの看守と入れ変わればいい。」


 イストエイゼの質問は管理棟から牢獄棟への移動をどうするのかという質問だ。私達だけであれば手段はいくつもあるが、イストエイゼを連れて行く必要があるとなると必然限られてくる。今回は見回りの看守と入れ替わる方法を使う。人気のない通路に潜み、見回りに向かう看守を捕縛する。そして彼らを物陰に引き込んだ後、変装の異術で彼らの姿に変化する。問題は人数だ。見回りの看守は2人、こちらは3人。このままでは人数が合わない。だが、その問題は看守の1人が解決してくれた。主にお腹に蓄えられた脂肪だな。私とリーゼでこいつに扮すれば問題はないだろう。


「け、結構この体勢苦しいね。」

「仕方ないな、これでどうだ?」


 浮遊の異術を使い重量を軽減する。これで動きやすくなったはずだ。2人の看守は物陰に隠すふりをしてイストエイゼに気付かれないように影の中に取り込んでおく。こんな場所ではすぐに見つかってしまうからな。一旦影に収納しておき、後々見回りをしていたという記憶を植え付けてここに寝かせ直す予定なのだ。だが、私達の能力についてイストエイゼに知らせるつもりはない。使徒が万能であると言う印象を与えるのはあまり良くないからだ。


 変装に異術を使うのは牢獄内に対魔術・神術結界が設置されているからだな。魔術や神術と違い、異術は異世界の術だ。一口に異術と言ってもその中身は千差万別、一律に封じる手段は存在しない。そのため、こういった場所では異術が最適解となる。まあ、神の権限で実行すれば魔術でも押し通すことは出来なくもないが、せっかく異世界人が居るのだから異術を使うのが一番説明が楽だからな。


 変装の異術はこの場でリーゼが組み立てたものだ。予め組んでおいてもよかったのだが、人数をごまかす手段が未確定だったからな。あえて現地で組む事にしたのだ。もし私だけであれば無数に準備してどれかを選ぶ必要があったのだが、リーゼの存在がこれを可能にしている。彼女の才能は本当に心強い。


『才能だけ?ディーネは私の才能が目当てなの!?』

『……それ、何のネタだ?』

『えっとね、これは私が一押しのアニメの……』


 そんなやり取りをしながら牢獄棟へ向かう。私が彼女の才能だけを当てにしていないことは彼女も知っているし、私もそうだ。ふざけてこんなやり取りをするのも日常茶飯事だった。就職してからは会える日自体は減っていたが、よくチャットで同じ様なやり取りをしていたものだ。念話でやり取りをしているのでイストエイゼは私達が黙って牢獄棟に向かっていると思っているだろうな。


 見回り交代の手続きを行い、管理棟を出て牢獄棟へ向かう。牢獄棟の入り口に待っていた看守たちと交代する形で牢獄棟へ入る。牢獄棟に入ってしまえば後は気にしなくても良い。流石に高価な魔道具系監視装置は設置されていないからな。交代の看守が管理棟に入ったのを確認してから目的の場所に向かう。例の魔族に扮していた者達が収容されている場所はほぼ最上階だ。一般の罪人が収容されている場所からは隔離されている。


 隔離区域に入ってから変装を解く。この先には目的の者達以外には居ないから見られても問題はない。彼らはまとめて一つの部屋に放り込まれているようだ。目的の部屋の扉を開け、中に入る。部屋の中は2重構造になっていた。部屋の中に更に檻があり、部屋から中が完全に見えるようになっている。プライバシーも何もあったものじゃないな。脱走を警戒してか窓の類は存在しない。


 昼間にはある程度の自由が認められている一般の罪人と違って、ここには自由は一切存在しない。日に数回、看守監視のもと罪人が食事の運搬や清掃のために訪れる程度。普通の精神で耐えられるものではないだろう。だが、彼らの瞳に光がないのはそのせいではあるまい。奴隷印により精神活動を抑制されているのだ。


 魔族、とされた者たちは皆人間だ。当然魔族に見せかけなければいけないのだから変装をしている。だが、これはひどいな。捻じくれた角に伸びた犬歯。そして尻尾。実際の魔族とは似ても似つかない。噂から思い描いた魔族の想像図、と言ったところか。


「お前たちが魔族のフリをしているというのは本当か?」


 そう問いかけるイストエイゼだが、当然相手は答えない。答えることが出来ないのだ。なにせ奴隷の印によって服従を強制されているからな。これが異術であれば厄介だったが魔術であれば何も問題はない。神に祈りを捧げるふりをして印を消去する。これで話ができるようになったはずだ。


「あ、ああ、あああああ!俺は魔族なんかじゃねえ!王に魔族のふりをしろと命令されただけだ!」

「俺もだ!」


 奴隷印を消すと同時に皆が口々にそう証言する。変装も解き、完全に人間の姿になった。証拠としては十分だろうな。後は彼らを連れ出して証言させるだけだ。強引に連れ出す事も出来なくはないが、今回は穏便にやる事にしている。一旦ニセ魔族に扮装し直してもらい、一通りの看守の仕事を終える。それが終わった辺りで念話でエミーたちに連絡する。囚人の移送命令書を持って、だ。イストエイゼには一定時間経ったら来ることになっている、と伝えてあるが実際に掛かる時間が不明だったので念話で連絡することにしていたのだ。


 王都からの使いが訪れ囚人の移送を告げる。その命令に従うという体でニセ魔族たちを牢獄棟から連れ出す。そうしてエミーとアルシュが扮した使いの者にニセ魔族を引き渡した後、物陰に戻り本来の看守と入れ変わる。まあ、そこには本来の看守は居なかったのだがな。イストエイゼに気付かれないように物陰に入る直前に2人の看守を戻す。その際に偽の記憶を植え付けておくのも忘れない。これで、彼らは引き渡しを行った後に居眠りをしていたと思い込むことだろう。


 そうして隠密の異術をかけ直し、ニセ魔族たちを移送するエミーたちに紛れて牢獄を出る。一度見ただけで完璧に隠密の異術をコピーできるのは流石だな。牢獄を出た後は包囲していた騎士たちと合流して王都へと向かう。ちなみに、牢獄から伝令が出ることはなかったようだ。ただ、王都からニセ魔族の監視を強化するようにアフィナ鳥が飛んできていた。念の為飛行禁止領域を展開しておいて正解だったな。

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