3-12 侵神の世界

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※旧3章12話を3章13話とし、新たに3章12話(本話)を追加しました。

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「母様、こっちです。」


 ルーエクスの誘導に従い世界を超える。侵神は複数の世界を経由してレイアムラートに接続していたようだ。だが、私の組んだプログラムはそこで追跡を停止したりはしない。侵神の元へ確実に届くデータにプログラムを紛れ込ませているのだ。ついでだから、踏み台にされた世界の脆弱性は塞いでおこう。彼らは被害者であって加害者ではないのだ。


「……割と殺風景な世界だな。」


 辺りを見回す。そこは、一昔前の電脳世界の様なグリッド線だけが広がる世界。攻撃のために全てのリソースを費やしているからだろう、この世界にはなにもない。人も、土地も、海も、何も。いや、何もないわけではない。消されたはずの世界。その残骸が漂っている。削除フラグを立てられただけのデータを見れば、初めはまともに世界を作ろうとしていたのが見て取れる。


 だが、収益が上がらず、維持することができなくなり、やる気を失い、そして奪うことを覚えた。それがこの世界。比較的新しい領域は侵獣で溢れかえっている。檻に入れられ、活動しないように厳重に封印された獣達。作りかけの何か。不正プログラムの販売元に接続されたネットワーク。そして、ポリゴンの集積体のような姿の神。


「何故ここまで来れた!通信は切断したはずだ!」


 歪な声ではない、生の声。思ったより若く聞こえる。たしかに彼は私の世界との通信を切断した。だが、この端末……世界だったナニカをネットワークから切断したわけではない。彼の居場所を伝える通信は、問題なく私の所まで届いている。私が世界に降り立つと同時に一羽の影鴉が私の肩に止まっていた。これが私をここまで導いたプログラムだ。


「ちっ!……だが、ここは僕の世界だ。向こうじゃアウェーだったが、ここの神は僕なんだ。世界管理協会が嗅ぎつけてくる前にお前を潰せば、僕は自由だ。」


 確かにここは侵神の管理する世界。私の世界ではない。だが、侵神が私の世界で異術を使うように、私も侵神の世界で私の世界の術を使える。ここでは私の術が異術だと言うだけに過ぎない。私の周囲に小世界を展開し、クゥオーラを顕現させる。侵獣を喰らう、影の竜だ。


「さて、証拠隠滅の前にデータは確保させてもらおうか。」


 クゥオーラを解き放ち、檻ごと侵獣を喰らわせる。これらは後々、侵神の罪を立証するためのデータになる。そうして私はクゥオーラに証拠の確保を任せ、侵神に向き直る。確かに彼はこの世界の神だ。だが、侵神が私の世界で自由に振る舞っていたように、私も周りに展開させた小世界を広げ、侵蝕していく。やっている事自体は同じだ。だが、目的が違う。自称するのは流石に恥ずかしいが、ホワイトハットハッカーと呼ばれる存在が近いだろうか。いや、襲撃者に逆ハッキングを仕掛けたりするホワイトハットハッカーが実在するのかまでは知らないが。


「なんだよ、なんで管理権限が奪われてんだよ!ふざけんなよ!」


 想定よりも簡単に管理権限が奪える。侵神は焦るばかりでまともな反撃も行えていない。高度な攻撃を仕掛けてきたにしてはあまりにも技術が稚拙だ。おそらく、裏社会で手に入れたツールを使っているだけの稚拙な攻撃者……いわゆるスクリプトキディと言ったところか。気がつけばクゥオーラはあらかた侵獣を喰らいつくし終わっており、世界の大半は私の管理下にある。彼に残されたのは、ほんの小さな箱庭のような世界の残骸。……彼が諦めることが出来なかった、夢の残骸だ。


「さて、そろそろ観念した方が良いのではないか?」


 世界管理協会が彼の本体を確保するのも時間の問題だろう。悪足掻きのように放たれる異術……この世界における魔術を軽く弾く。ツールの大半をクゥオーラに喰い尽くされた彼には、私の世界で行使した様な高度な術を行使することは不可能なのだ。ツールに頼り切りになっている様子を見るに、こうやってツールが容易に手に入るというのも問題だな。


 取引の履歴は抑えたが、流石に裏社会のネットワークだけはありそちらの尻尾は掴ませてくれない。ここから先は組織力が必要になる。こればかりは世界管理協会の捜査に期待する他はないか。いや、協力はするつもりだがな。だが、私にも世界の運営がある以上はそれにばかり集中するわけにもいかないのだ。私が責任をもつべき世界はレイアムラートなのだから。


「ここは、僕の、僕の……」

『あ、かーさま、世界管理協会から連絡です。そろそろ押収のために世界管理システムを停止するそうです。』


 もはや手も足もでず、ただ箱庭の上で震えるだけの侵神。それも次第に動きが鈍くなり、停止する。それと同時に、ルーエクスから連絡が入る。どうやら、世界管理協会が侵神を逮捕したようだ。私がまだ中に居るせいでこの世界を押収できないということなので慌てて世界から抜け出る。そうして1つの世界が静かに停止した。


「あ、戻ってきたようですね。」

「結果は?」


 心配そうに覗き込むエミーとアルシュに親指を立てる。……っと、このやり取りはレイアムラートでは通じなかったな。慌ててこちらの世界で上手く行った事を示すジェスチャーに変える。この辺りの癖はどうしても抜けないな。それを見て2人はホッとしたような表情になった。


「それで、彼女達はどうするのですか?」


 エミーが指さしたのはカティア達だ。技術の稚拙な侵神と違い、裏社会のツールは巧妙だ。一度汚染されたら元に戻すことは不可能だった。母様のようなケースの方が稀なのだ。だからバックアップから元に戻すしかない。それは汚染されてから今日までの彼女達を殺す行為に他ならない。だが、バックアップを取っていなければ消去する以外の手がなかったのだからまだマシだとは言える。


 昔のシステムは世界丸ごとをバックアップから戻すより他はなかった。彼女達だけでなく、世界全部を殺さねばならなかったのだ。だが、最新のシステムは違う。一部のリソースだけを元に戻すことが出来る。つまり、影響範囲は彼女達だけで済む、とも言える。いつまでも古いシステムを使い続けるというのはセキュリティが低下するだけではなく、こういったメリットを享受できないという弊害もあるのだ。


「あ、あれ?わたくしは何故この様な所に?」

「ちょ、ちょっと、あんた達、誰!?」


 パジャマ姿になったカティアとアサナが状況が判らずに狼狽えている。それも仕方あるまい。寝て目覚めたら遺跡の中だ。しかし、カティアは眠る時も縦ロールなのだな。どうなっているのか一度じっくり調べてみたいくらいだ。ともあれ、復旧は上手く行ったようだ。データをじっくり確認し、問題ないことを確認する。それから、異術に汚染されたデータはバックアップから削除だ。誰かがうっかりそこからデータを復旧したら拙いからな。


「ちょっと、聞いていますの!?」


 カティア達が騒いでいるが、流石にこちらが優先だ。必要な作業を終えてから、改めて彼女達に向き直る。とはいえ、このままでは説明できない。私はルートディーネの姿を顕現させ、説明する。彼女達が異術に汚染されたこと。元に戻すために正常だった頃に戻したこと。既に問題は解決したので脅威はないこと。そして、彼女達が操られている間に起こったこと。流石にレイアがきらきら50%増しで作った姿だけはあって、神の威光はバッチリだった。あっさりと納得してくれる。こういう時には便利だな。


 彼女達を親元に送り届けたら、大層感謝された。本当なら神の介入を公にするつもりはなかったのだが、侵神絡みとあれば出ない訳にはいかない。ここでも神の威光は効果抜群で、子爵達は涙を流して祈りを捧げていた。こういうのはどうにも慣れないが、これも義務というやつだ。神を演る以上、立場に義務が付随するのは避けられない。人の上に立つ以上はこういった事もやらねばならないのだろうな。


 ともあれ、これでシーアカイン領の問題は解決したはずだ。侵略派のうち、家族や恋人を人質にされていた者達の救出は完了している。そちらには異術で洗脳された者も居らず、バックアップから戻す必要は無さそうだった。単純に脅されていた両子爵から指示されていただけなのだろう。領主と同じ様に領を憂いていた者は、港の件を出した瞬間に侵略を諦めたそうだ。港が封鎖されていたのが原因なのであれば、原因の大半は私達にあるようなものだ。それを棚に上げて彼らを断罪することはしたくない。侵略を主張した者達ではあるが、彼らについては罪を問うのは止めておこう。


 残るは悪意を持って侵略を主張していた者達だが、そちらも既に処分が終了している。これで両子爵が侵略に反対すれば誰も侵略を主張しなくなるだろう。あとはユルグケイン領とラーザエイン領が解決すればアークレイル領に平和が戻る。そちらは叔母様が指揮をとっているのだから問題はないはずだ。こうしてアークレイル領の危機は去ったのだった。

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