3-11 侵神の信徒

 改竄されていることを想定し情報を集める。それぞれのログを比較しながら情報の確度を上げるのだ。どうやら改竄はシーアカイン領でのみ行われているようだ。件の侵神はシーアカイン領に潜伏していると見て間違いはないだろう。事前に得ていた人質リストに新しい情報をマージする。改竄されていたのはレヴェンダール子爵とクレヴェラーデ子爵の情報だ。侵略派の起点だと思われていた2名が揃って改竄されていたという事は、この領の侵略行為自体が何らかの計画だという事だ。


 しかし、シーアカイン領に介入する理由がわからない。シーアカイン領自体は世界間貿易には殆ど寄与していない。特産品があるわけでもなく優秀な人材が揃っているわけでもない。侵神の行動はただ状況をかき回しているだけだ。……いや、もしかしたら。私はある可能性に気付きエールナハトに念話を送る。至急調査をしてもらわねばならない。


 エールナハトが調査をしている間に私は人質の救出に動く。おそらく侵神が居るのはレヴェンダール子爵とクレヴェラーデ子爵の令嬢方が囚われている場所だろう。その他は暗部に任せていても問題ない。親兄弟、恋人を囚われている数名は暗部を動かして救出。領主のように領の事を考えている者は説得。これでレヴェンダール子爵とクレヴェラーデ子爵が味方に付けば反侵略派が多数を占めるようになる。


 残るは悪意を持って侵略を主張している者だ。少数派になった彼らの意見は通らなくなるだろうから放置しても問題ないのだが、その中にどうしても見逃せない者が居る。諌めようとした者を死に追いやった者達だ。自分より下の者を人だと考えていない者。人を人と思わない者を人として扱ってやる謂れはない。目に止まった以上はそれを許容してやるつもりはないのだ。


「彼らの対処はお任せください。」

「クズは抹殺。」

「いや、一応隔離と浄化、だからな?」


 被害者の感情を考慮すれば彼らを暗殺することも吝かではないのだが、私個人のとしてはと考えている。世界から隔離し、自分が何をしたのかをされる立場になって死ぬまで体験し続けてもらう。それでも彼らが改心するかどうかは五分五分だ。最終的には魂を初期化するより他はないかも知れない。


「では、任せる。」


 リサラ達に指示を伝える。そうしなくても意図を汲んでくれるかも知れないが、敢えて明言したのは彼らの行動の責任が私にある事を明示するためだ。上に立つ者の最も重要な仕事は責任を取ることだ。責任を部下に押し付けるような者に上に立つ資格はない。


 そうしてリサラ達と別れ、私とエミー、アルシュの3人で領都郊外の遺跡へと向かう。そこにレヴェンダール子爵の娘カティア・レヴェンダールとクレヴェラーデ子爵の娘アサナ・クレヴェラーデが囚われている。そして、おそらく侵神もそこに居る。侵神の相手は神格を持たない者には厳しい。こればかりは他人任せに出来ないのだ。


「学校……ですね。」


 領都郊外にあった遺跡は古代王国時代の学校だった。大学のような研究機関ではなく、小学校や中学校のような子供が通う場所である。エミーの前世であるクリスキリエは病弱だった為通った事はなかったが、映像作品の中に頻繁に出てきたため覚えていたようだ。現代日本で言えば、ビルの中に体育館まであるタイプの学校施設が近いだろうか。前回の病院のように埋没しているタイプではなく地上に出現しているタイプだ。6階建てで、1~3階は教室、4~5階は運動施設、6階は教員用設備となっている。2人が囚われているのは5階の運動施設である。


「跳ぶぞ。みんなクゥオーラに乗れ。」


 遺跡探索に来ているわけではないのだから馬鹿正直に1階から上る必要はない。クゥオーラに乗り一気に5階に突入する。影経由での跳躍なので一瞬だ。私達がそこに降り立った時、そこに居たのは2人の少女だった。三つ編みメガネな緑髪の少女と金髪縦ロールの少女。……金髪縦ロールとかリアルで見たのは初めてだ。まさか実在したとは。


「ふぇ!?な、なんですの!?」


 影から出てきた私達に驚き声を荒げる縦ロール。金髪に金眼……という事はソールアインかその眷属神の誰かの祝福を受けているのだろう。もう1人も緑髪に緑眼なので祝福持ちだ。確かアサナ・クレヴェラーデは癒神と賢神の眷属神である薬剤神ラトルクルトの祝福を受けていたはずだ。とすれば、縦ロールの方がカティア・レヴェンダールか。


 祝福を与えた相手なら異常事態に気付いても良さそうなところだが、割と大勢に祝福を与えている眷属神もいるので全てを把握しきれていなかったと言ったところか。しかし、カティアの方は事前情報にはなかったが誰の祝福を受けているのだろうか。そう考えていたら『はいはーい、わたしわたし!』と言う声が念話で飛んできた。この声は……よりにもよってカリルローラか。この娘も恋愛神なんかに気に入られるとは不憫な。


『ちょっと!ディーネ様、流石に酷いと思うんですけど!』

『……この前、お気に入りの娘に何をしたか覚えているか?』

『え!?……えーと、この前って言うと想い人をドラゴンに拐わせた奴?あ、アレはほら、その方が恋が燃え上がるかなって思って。大丈夫大丈夫、恋に試練はつきものだから!』


 駄目だこいつ早くなんとかしないと。と、この様にカリルローラに気に入られるとろくでもない試練に巻き込まれる。侵神の件がなければ、祝福の話を聞いた時点でこの件もカリルローラの仕業でないかと疑っている所だ。……そう言えば侵神が居ないな。辺りを見回すが、ここにはカティアとアサナしか居ない。


 クゥオーラから降りて辺りを確認するが、それらしい生体反応は見当たらない。そして入り口は全て異術で封鎖されている。彼女たちをここに閉じ込めたまま何処かに行ったのだろうか。そう考え遺跡全体の気配を探る。だが、何処にもそれらしい反応が見当たらない。


 もしや何か見落としているのだろうか。不安に駆られ周囲を探索する。カティアとアサナへの対応はエミー任せだ。私は説明が苦手なようなので彼女のほうが適任というのもあるのだが、今の最優先は探索でそれに最も適しているのが私なのだ。だが、領都近辺まで探索範囲を広げてみたにもかかわらずやはり侵神らしき反応はない。


『ディーネ様!不正な通信見つけたよ!発信源はその娘達だ!』


 そこにエールナハトから通信が入る。なるほど、そう言う事か。慌てて影でエミーを引き寄せ、警戒態勢を取る。それとカティアとアサナがゆらりと立ち上がるのは同時だった。立ち上がった2人の顔には禍々しい紋様が浮かび上がってる。なるほど、【侵神の信徒】になっていたか。


 【侵神の信徒】は、悪意ある異世界の管理者【侵神】を信仰している者だ。この世界では【侵神】を信仰することは禁止されている。信仰の自由が基本の日本人からしてみれば違和感のある法だが、これは世界管理法に起因する。より厳密には、世界管理法で禁止されているのは【異世界の住人に自分を信仰させる行為】だが。


 それでも【侵神】の信仰を禁止しているのは、この世界の住人が【侵神】を信仰するという事が【侵神】に世界の中を自由にさせる行為に等しいからだ。例えるなら遠隔操作ウィルスに感染した状態、もしくはC&Cサーバに接続されたボットと化した状態、と言ったところか。禁止されるのは当然といえる。もちろん、信仰のために信仰する神の元に移ることは禁止されない。あくまで禁止されているのは、他世界の神を信仰しながらこの世界に留まることだけだ。


 そして、そういった悪意ある存在との通信が無いかを確認したところ、この2人から通信が検出されたというわけだ。おそらく異術で洗脳したか何かだろう。とすれば2人を洗脳するのに使用した侵獣が何処かに居るはずだ。対象の粒度を変更して探査を行うと、2人の首のあたりに蜘蛛のような侵獣が見つかる。


「アルシュ、首の蜘蛛を狙え!」


 私が解析している間、カティアとアサナを1人で抑えていたアルシュに倒すべき敵の位置を伝える。2人を元に戻すためにも先に感染源を駆除する必要がある。頷き合って侵獣を狙う。2人はそれを守ろうともせず、蜘蛛型侵獣はあっさりと倒された。だが、彼女達が守らなかったのからも判るように、蜘蛛型侵獣は感染源でしかない。倒したところで感染した彼女達が元に戻るわけでもないのだ。他に侵獣が居ない事を確認してカティア達に向き直る。


「さて、問題はここからだな。」

〔ナるホど、ドうヤら、コの世界ノ管理者ハ、かナり優秀ナ様ダな!〕


 私が彼女達に向き合うと同時に少女達から合成音声のような、歪な声が漏れる。どうやら今回の侵神は直接彼女達を操っているようだ。それならば好都合だ。私達とコミュニケーションが取れるような精神構造は持ち合わせている様だし、いろいろと喋ってもらうとしよう。


「目的を聞かせてもらってもいいか?」

〔喋るト思ウか?〕

「なに、こちらの質問に答えるだけでいい。どうせ狙いはアークレイル神殿の世界間通信装置だろう?直接狙わずにシーアカイン領を狙ったのはセキュリティが甘かったから、と言ったところか。」


 図星、か。侵神の言葉が途切れる。彼らの狙いは、この世界を踏み台にして別の異世界を攻撃することだ。それは判っている。だが、私の目的は別にある。それ以外の色々を調べさせてもらう。そう、侵神が彼女達に指令を出す度にやり取りされる情報を使って。


〔……ソれガ判ッてイて何故通信ヲ遮断しナい?……マさカきサm〕


 なにかに気付いた侵神が唐突に通信を切り、その直後、崩れ落ちるようにカティア達が倒れる。本来は、この手のウィルスに対抗するのであれば特定のポートや通信先への通信を塞ぐのが定石だ。だが、敢えて塞がなかったのは、通信相手を特定するためだ。それに気付いたから侵神は慌てて通信を遮断したのだ。だが既に手遅れだ。私が話を引き伸ばしている間に位置の特定は完了している。複数の踏み台を経由していることを想定して、侵神の通信に位置情報を発する特殊なプログラムを混ぜ込んでおいたのだ。プログラムの送信が完了した今、通信を切断しても位置情報は発信し続けられている。さて、狩りの時間だ。

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