3-13 家族の元へ

『こちらの処理は終ったわ。それと、予想通り聖王と世界管理協会からそれぞれ呼び出しよ。どうするつもり?』


 翌日、私は叔母様から他領の処理が終わったとの連絡を受けた。処分された者達は皆一様に自分たちの行った行為を受ける側として味わっているところだろう。だが、彼らの殆どはそれで改心することはあるまい。実際、ゴルザインも自分のやった事を棚に上げて受ける仕打ちに逆恨みを繰り返している始末だ。彼らはもはや魂を初期化するより他に手はない。


 ユルグケイン領は領主を含めて貴族たち全てが粛清され、中央の直轄領となることが決まった。ラーザエイン領は領主が更迭され、中央から新しい領主が派遣されることになる。どちらも影響が弱まっていた中央政府と聖王にとっては朗報だろう。裏から手を回したアークレイル領の神殿に呼び出しが来るのは判っていた事だ。まあ厳密には呼び出されたのはエミーとアルシュだが。だが、今はまだ聖王に会うのは拙い。ここはヴァルトに頑張ってもらおう。神殿組織を再編している最中のヴァルトにとっては余計な仕事が増えることになるが、まあ、これも未来の嫁のためだと思って諦めてもらう他あるまい。


『ディーネさん!その、私達はまだそこまで進んでいるわけではありません!……カリルローラ様のようなことをなさらないでくださいませ。』

『うぐ……』


 カリルローラの様な、と言われて言葉を詰まらせる。たしかに冷静に思い返してみればカリルローラとやっている事はさほど変わらない気がしてきた。少々自重せねばなるまい。カリルローラと一緒にされてはかなわない。なお、カリルローラが何か抗議らしき念話を送ってきたがそれは封殺しておく。


 世界管理協会からの呼び出しの方は件の侵神の件だろう。そちらは流石に出ない訳にはいかないだろうな。レイアには相変わらず苦労をかける。協会に提出するためのパターンデータと、検出アルゴリズムも準備しておこう。今回の件を教訓に、いわゆるハニーポットシステムを組んだのでそれも持って行った方が良いだろう。ハニーポット、と言うのは攻撃を誘導するための囮だ。今回組んだものは攻撃を検出した段階で仮想世界を作成し、『攻撃されなかった世界』と『攻撃された世界』に分岐させることで被害を軽減しつつ攻撃者の行動を監視するものだ。ついでに逆探知する機能も備えている。叔母様からは過剰だと言われたが、私は侵神悪人に容赦をするつもりはないのだ。


『実は解析が進んでいないのでお手伝いをお願いしたく。それと、貴女が会ったのはアバターだったでしょうから、顔くらいは見たいだろう、と。』


 世界管理協会からの呼び出しに応じてみれば、要件は侵神の取り調べへの同席だった。まさか立ち会うことになるとは思っていなかったので正直驚いた。相手は……子供に見えるな。見える、というのは彼らの世界の神々とレイアムラートや地球世界の神々では成長方式が事なるからだ。彼らの世界では神々は老人の姿で生まれ、20年ほどで10歳程度の姿になり、それから年をとるに連れ見た目が若返っていく。


 若返る、というのは地球基準の認識であり、彼らにとっては真っ当な成長である。彼らにしてみれば地球で言う一桁の年齢こそが成人であり、成人や学生こそが子供なのだ。思考こそは人間のそれに近いが、生態は根本的に異なる。子供にしか見えない彼も、地球人類で言うところの40代後半に相当するのだとか。当然神々を模して作られた彼らの世界の住人も同様の成長方式を採択している。


 肉体があるだけ理解しやすいと考えるべきか、下手に人間に似た姿をしている分だけ理解し辛いと考えるべきかは悩ましい所だ。相手からすれば成人サイズの私ルートディーネの姿を見れば、『こんな子供に』という印象を受けるらしい。やはり異世界間交流というのはなかなかに難しい。これを平然とこなしているのだからレイアはやはり凄いな。


『人間の姿をして言葉をしゃべるだけましですよー。この前なんて、スライムっぽい姿をしてて光信号で話す方で……』


 思考体系もだいぶ異質で理解するのに随分と苦労したらしい。中には全てが互いに直角に交わる4本の直線が存在する世界とか、角が90度の五叉路が存在する世界とか、そう言う世界で生きている神々も居るようなので、私のような地球人のメンタルには些か厳しいものがある。私が外交に出ることができない理由の一つだ。


 子供の外見から愉快犯を想像してしまったが、彼らの目的は別の異世界。そこにある機密情報の奪取だった。40代後半という主張に信憑性が増す。いや、疑っていたつもりはないのだが、心の奥底で信じきれていなかったようだ。モニターの向こう側でふてぶてしい程に自分の正当性を主張する男。なるほど、これが敵か。


『いや、助かりました。』


 ログの提出、侵神や侵神の信徒の検出用パターンと対策ソフトの提供、併せて侵神の証言の裏取りに協力をする。どうやら彼には余罪もあるようで、押収した世界演算システムには幾つもの世界への攻撃ログが残っていた。その解析にも協力をする。これで件の侵神も暫く牢獄から出てこれまい。まあ、侵神は彼1人ではないので焼け石に水、という気もするが。


 世界管理協会から帰還した時にはレイアムラートは青の月黄の週空の日になっていた。翌日には私は王国に帰還しなければならない。慌ただしく挨拶回りをしながら帰還の準備をする。と言っても荷物は魔術収納の中に入れるだけだし、殆どは挨拶だ。デルシュミットに港が復旧した旨を伝え、トライレイアにはデルシュミットとの和平会談について伝える。流した侵攻の噂も否定しておかなければならない。まあ、後は彼らがどうにかする話だ。そう伝えて領主の館を後にする。


 領主の館の帰りに神殿に寄って引き継ぎの作業を行い、それから孤児院に別れの挨拶をしに行く。孤児院にはアルシュも時折顔を出しているようで、子供達に揉みくちゃにされている姿が見えた。アルシュの他にもちらほらと戻ってくる子供達や手紙をくれる子供達が増えたとかで、マリリアさんも喜んでいる。早速エミーが動いたのだろう。


 そうして個人的に知り合った者達との別れを済ませている内に1日はあっという間に過ぎ、青の月黄の週白の日……つまり私が帰る日になった。エミーはもう暫くこちらに残り、神殿の仕事を手伝ったり傭兵登録を済ませたアルシュや【羽根付き狼の遠吠え】の面々と傭兵の仕事をしたりして過ごすらしい。【羽根付き狼の遠吠え】の皆は丁度領外の仕事に出ていたらしく入れ違いになるのが残念だが、まあ、エミーを迎えに来る時には会えるだろう。


 エミーは私を足代わりに使う事を申し訳なさそうにしていたが、私がエミーに会いたいのだから気にする必要はない、と強引に押し切った。まあ、何一つ間違ってはいないかなら。今から別れなければならないのも辛くはあるが、向こうは向こうでシェリー姉様とシルヴェリオス、それに両親が待っている。エミーも大事だが、家族も同じ様に大事なのだ。そんな訳で、私はクゥオーラの転移で王都ラースの郊外に降り立った。


「ディーネ!」

「ディーネ姉様!」


 シェリー姉様とシルヴェリオスが駆け寄ってくる。そして、3人まとめて父様と母様に抱きしめられる。2週間離れていただけだと言うのに随分と長く会っていないような気がする。そんな感慨を懐きながら私は家族に揉みくちゃにされる。ふとその後ろに目を向けると、そこには苦笑する叔母様の姿があった。……叔母様だけはなんだかそんなに離れていたような気がしないな。


『ずっと念話で話をしていたのだから当然よ。まったく、貴女はすぐにトラブルを呼び込むのだから。』


 叔母様が呆れた顔でため息を吐く。まあ確かに今回の事件の大半は私がゴルザインを粛清した事に起因しているのだからその点については反論の余地はない。だが、侵神の件は私のせいではないと主張したい。強く。むしろ棚ぼたで見つけたというか、犬が歩いたら棒に当たったと言うか。……トラブルを呼び込んでいるという点で、一切の反論は出来ないな。私はそれに気付きがっくりと項垂れる。


「ディーネ!私、魔術が使えるようになったの!見て見て!」

「ほらほら、見せびらかしたいのは判るけれど、お夕飯が先よ。」


 そんな私の気分を吹き飛ばすかのようにシェリー姉様が覚えたての魔術を披露してくれる。そしてそれを嗜めるように母様が食卓に向かうように促す。姉様はまだまだ魔術を見せたそうにしていたが、母様に睨まれて大人しく食卓へと向かった。叔母様は家族水入らずを邪魔するつもりはない、と帰る事を主張をしたのだが、母様と父様に強引に食卓へと連れて行かれてしまった。叔母様も相変わらず家族には弱いのだ。うむ、やはり家族というのは良いものだ。この時間をずっと大切にしていきたいものである。


『ディーネ!何1人で最終回ごっこを堪能してるんですか。私の睡眠時間、全然増えてないんですけど!』

『いや、なんとなく?』

『なんとなく、じゃないですよ!侵神の件の報告書も残ってるんですから、就寝時間になったらちゃんと神界に戻ってきてくださいね!』


 まったりと幸せに浸っていたらレイアから念話で突っ込みを入れられてしまった。むう、もう少し幸せに浸らせてくれても良いだろうに。とはいえ、レイアに任せっきりというわけにもいかない。レイアはこの手の話は苦手なので、事件の経緯は私が書くより他はないのだ。いや、本当に後進の育成は大事だな。私はレイアに就寝時間になったら神界に行く事を約束し、食事に戻ったのだった。


 なお後日、話を聞いたお祖父様が盛大に羨ましがり、改めて食事会を開く羽目になったのは別の話である。



__INFO__

応募しているコンテストの文字数上限のため暫く更新を停止します。

当方の都合にてお待たせする事になり申し訳ありません。

4章開始は9月1日予定です。


なお、明日の更新は人物紹介(3章終了時点)になります。


2018/06/26 22:11 追記:

ちょっと侵神戦があっさりとし過ぎたので、後日この話の前に1話挟みます。

-> 2018/06/27 00:40に3章11話の後に1話追加しました。

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