3-06 再会

「アルシュは私と同い年の幼馴染だったのです。まだ私が寝込みがちだった頃、よく側に居てくれた、仲が良かった子だったのですが……」


 記録ログを追う限り、彼女が最後に確認されたのは聖王国の暗部だった。それから後の状況は身を隠すログを残さない異術を身に着けたせいか正確に追う事ができない。アルシュの母親は異世界人だったが、記録ログを見る限りではごく普通の異世界転移だったようで、特に魔王を倒すだとかそういった話もなく、玄関を開けたら異世界だった、位の気軽さで転移してきている。幸い言葉だけは通じたようで、この世界でアルシュの父と出会い、恋愛結婚し、アルシュが生まれた。


 アルシュが孤児になったのは両親の死亡が理由だ。傭兵をしながら日銭を稼いでいた両親は、いつものように孤児院にアルシュを預けてから仕事に向かった。だが、商隊の護衛中にオーガクラスの侵獣に襲われ、それと相討ちになるように死亡したという。まだ1歳になったばかりのアルシュには両親の記憶もなく、同じく両親の居ない他の子供達と直ぐに馴染んだ。


 だが、それも長くは続かず、異術が使えることが判明した後、前院長によりどこかに売り飛ばされてしまった。エミーとは特に仲が良く、アルシュが居なくなった後も、エミーはずっと気にかけていたようだ。傭兵になった理由の一端はアルシュを探す目的もあったのかもしれない。アルシュが売り飛ばされたのはエミーが祝福を受ける前なので、もしかしたら今の姿のエミーの事は判らないかもしれない。


「それは少し寂しいですね。」


 まあ、2歳の頃に別れた相手なのだから覚えていろというのも無理な話かもしれない。それでも、やはり特別な物を求めてしまうものだ。私の悪友は……彼女は私の死を悲しんだだろうか。彼女のことを思い出すと少々感傷的な気分になってしまう。私にとっては数少ない友人の1人で、唯一愚痴を言い合えるような間柄であったのだから。


「それで、行方の方は……?」


 おそらく、アルシュが居る所に残りの2人も居るのだろう。であれば、2人の行動の断片とアルシュの行動の断片を繋ぎ合わせれば目的地は見えてくる。だが、膨大なログからその情報を抜粋し組み合わせるのは大変だ。だから、得意な者に任せる。傍らに半透明の少女が現れ、嬉しそうに私に抱きついてくる。と言ってもホログラフの様なものなので実際に触れるわけではないが。


『かーさま!居場所、見つけました!』


 神界と違い触れてやれないのが少々もどかしいが、頭を撫でるように手を動かしてやればルーエクスは満面の笑顔を返してくる。本当に可愛いなこの娘は。神界から何か言いたそうな視線が飛んできたが、見なかったことにする。判ってはいるのだが、この子の可愛さには勝てないのだ。たとえ親馬鹿と言われようとも、だ。


「……エミーまで微笑ましいものを見るような眼をしなくてもいいだろう。」


 親馬鹿と言われる覚悟を持って行った事とはいえ、こう、生暖かい目で直接見られると結構くるものがあるな。友のその様な視線に口を尖らせながら、MAPを確認する。どうやらカルネゼアの地下に隠蔽空間が存在するようだ。3人の足取りが不自然に途切れている箇所がMAPに表示される。そこが地下への入り口だろう。その先については異術による観測阻害の為状況がつかめない。観測できないだけで実体はあるのだが、内部が迷路状になっているためMAPも無しに突入すれば一生彷徨うことにもなりかねない。


『ちゃんとマッピングしておきました!』


 ルーエクスがぱぱっと手を振ると、MAP上に重なるように半透明の内部構造が表示される。バックアップからカルネゼアを仮想世界に複製し、並列演算で内部を総当たりに探索したのだ。内部の経路から罠の位置、敵の配置、目的地への最短距離まで完全に把握できている。『ふふん』とばかりにドヤ顔をしているルーエクスを改めて褒めてやる。神界に戻ったらご褒美にちゃんとなでなでしてあげよう。……だからそんな微笑ましいものを見るような視線を向けるなと言うに。


「では、行きましょうか。」


 内部の構造を手早く確認し終えたエミーの顔には早く向かいたい、と書いてある。だが、このまま行く訳にはいかない。ここから先の危険を考えれば、権能を持たない身で向かうのは得策ではない。エミーに力を開放するように告げ、私も影の神器を具現化させる。エミーの姿は大きく変わらないが、身体に纏うオーラが眷属神のそれに変わっている。これで生半可な術ではエミーを傷つけることはできなくなった。


 準備を終えた私達はルーエクスが調べてくれたMAP通りに進んでいく。悪質な分岐や罠は大量にあったが、その全てがMAPに記載されている以上引っかかり様がない。視界内にMAPや情報が表示されるのは所謂MRMixed Realityの様で少し面白い。エミーも前世の記憶で同様のものを知っているため違和感なく操作できている。古代王国時代は魔術的か機械的かの差こそあれ、文化レベルは現代日本とさほど変わらなかったようだ。


 対象の位置が近付いてきたため、気配を消すと同時に転移防止結界を展開する。この結界は術の種類に関わらず転移することそのものを禁止するものなので異術にも効果がある。術の展開が完了し、転移防止が正常に機能し始めたことを確認してから部屋へと足を進める。そこには1組の男女と、アルシュの姿があった。この男女が逃げた下級使徒の残り2人だろう。私達に気付いた3人は転移異術の行使を試みるが、当然それは発動しない。私達はそんな彼らに向き直り、最後の通告をする。


「あなた方の神籍を剥奪します。観念してください。」

「くっ、神籍が……」

「嫌よ、神獄行きなんて!こいつらを殺しなさい、318番!」


 まずは神籍の剥奪からだ。これは直接視界に捉えさえすれば可能なので、触れたりする必要もない。エミーの宣言に応じて即座にシステムが起動し2人の神籍を剥奪する。だが、2人はそれで諦める気は毛頭無いようだ。たとえ神籍を剥奪されたとしても神獄行きだけは回避しようということだろう。異術の込められた魔導具を構え戦闘態勢を取る。318番というのがアルシュのコードネームなのだろう、彼女は命じられるままに私達の前に立ち二振りのナイフを構える。


「アルシュ!」


 エミーの叫びにアルシュは一瞬彼女を見、固まった。眷属神の姿を取った事で、記憶にあるエミーの姿に近付いたからだろう。だが「何をしている、早く殺せ!」という元下級使徒の叫びに頭を振って武器を構え直す。どうやら、アルシュと話をするには先に命令を出しているこの2人を倒す他無さそうだ。


 アルシュが一瞬で間合いを詰めナイフを振るう。それを私は刀で受け流す。影の神器は私の体に馴染み、異術によって強化されたアルシュの攻撃を難なく捌く。元使徒達は魔導具で牽制を飛ばしてくるが、どうやらあまり質が良いものでは無いようで、エミーのオーラに阻まれて有効打を受けるような事はない。だが、2人を斬りに行こうとすればアルシュが的確に割り込んでくる。


 銀色の髪が流れるように舞う姿は美しく、一瞬見とれてしまいそうになるが今は戦闘中だ。気を引き締め直しナイフを大きく回避する。転移の術が使えないため奇襲戦法は使えないが、それでもアルシュの動きは非常に早い。エールナハトの翼がなければ何度かは斬られていたはずだ。斬られたところで傷を負うとは思わないが、敢えて受けてやる必要もない。攻撃を回避しながらアルシュを指定の位置まで誘導する。


「今だ、やれっ、エミー!」


 私の声に併せてエミーが神術を発動すると、紐状の影がアルシュを拘束する。その隙に私はアルシュの脇を駆け抜け、守る者の居なくなった元使徒達を神獄に送る。呪詛のように恨み言を吐きながら、2人の元下級使徒は神獄へと転送された。これで少しゆっくりと話が出来るだろうか。


「アルシュ、私です……エミリーです。」

「嘘。似てるけど、違う。エミリーの髪は、灰色。」

「それは……」


 アルシュの言葉に押し黙るエミー。ここで髪の色を変えること自体は容易だが、それでは信用してもらえないだろう。これより先は、エミーが言葉を尽くすより他は無い。私はただサポートをするだけだ。転移防止の結界に加え、ありとあらゆる物理的な脱出経路を影で塞ぐ。もしここで取り逃がせば、異術で身を隠せるアルシュを探し出すのは困難を極めることだろう。万が一にも逃亡させる訳にはいかない。


「エミー、ここは任せる。私は無粋な乱入者の方をどうにかしてこよう。」


 MAPに表示された新たな乱入者。おそらくは聖王国の暗部の者達だろう。アルシュをサポートしに来たのか口封じに来たのかは判らないが、今は邪魔をさせる訳にはいかない。私はアルシュの説得をエミーに任せ、彼らに対応すべく影へと身を潜らせたのだった。

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