3-07 新しい関係

「さて、この辺りか。」

『接近しているのは3名だ。』


 私が影から出ると、どこからともなく飛んできた影梟のバーネスが肩に止まった。観測阻害の魔術具で外から観測できないため、迷宮中に分身を飛ばしていたのだ。今も分身体は全ての通路を飛び回っており、情報を私に送ってくれている。それらはルーエクスを通して神界で処理され、MAPへ情報がフィードバックされるのだ。それによると、侵入者は3人。いずれも6歳前後の子供だ。ちなみに今の私の姿はルートディーネのものに変えている。ディーネとしての姿を覚えられるわけにもいかないからだ。


「待て、誰かいる。」

「何者だ!」

「……」


 女の子が2人、男の子が1人、皆一様に黒装束に身を包んでいる。認識を阻害する魔導具を使用しているが、バーネスの眼は誤魔化せない。バーネスの視界を通して見た風景が視界にオーバーレイ重ねて表示される。向こうもこちらが気付いていることを認識したのか誰何の声をかけてきた。さて、どうしたものか。別に気絶させて回収してもいい気はするが、どうにも子供相手と言うのは気が引ける。


「さて、君達がここに来た目的を話してもらおうか。アルシュを処分しに来たか、それとも……」

「ふざけるな、俺達は仲間を見捨てる気は、ふぐっ!?」

「……黙れ馬鹿。」


 処分、という言葉に反応した男の子が反論しようと声を荒げるが、即座に赤紫の髪をした少女に鳩尾を殴られる。割と辛辣だな、この娘。髪と瞳が赤紫、という事はミストサインの祝福を受けているのだろう。ふむ。とすると、そちらから攻める方が良いか。ミストサインの祝福を受けているのであれば、ミストサインの言葉には耳を貸すだろう。問題はリーダーらしき少女をどう抑えるかだが……。


『あ、あの、ルートディーネ様……その子は、私の祝福が……』


 どうしたものかと考えていたら、神界から途切れ途切れの念話が届いた。マーレユーノの眷属神、隠蔽神マシルラーニだ。確か、めったに部屋から出てこない引きこもりだったか。私も通信越しでしか話をしたことがない。専用回線で自席の端末に接続できるため、神々には部屋で仕事をする事を禁じてはいないのだが、彼女ほど部屋から出て来ない者も珍しい。


 そしてどうやら、リーダーらしき少女はマシルラーニの祝福を受けているようだ。確かに紺色の髪と瞳は彼女の影響を受けているのだろう。色が鮮やかに出なかったのは隠匿神という権能故だろうか。だが、そう言うことであれば話は早い。自分に祝福を与えた神の話であれば耳を傾けるだろう。


『あ、あの、その方はもう一人の最高神様なので……』

『不敬。ルートディーネ様に逆らっては駄目。』


 ……。いや、説得しろとは言ったが、私を崇拝させろ、と言ったつもりはないのだが。神託を聞いた少女達が即座に跪く。きらきらとした視線が痛い。1人状況を掴めていない男の子がおろおろとしているが、再び鳩尾に拳を叩き込まれ強制的に頭を下げさせられる。少し可愛そうになってきたな。しかし、この状況はどうしたものか。


『祝福を与えて手駒にしたら良いんじゃないかしら。』


 (1人ほど強制的にだが)私に跪く子供達に困惑していると、叔母様からそんな念話が飛んできた。彼女たちを通して聖王国暗部を手駒にしてしまえ、ということらしい。基本的に聖王国は信仰心が厚い者が多い。汚れ仕事を専門に行う暗部といえど、いや、だからこそ神には熱心に祈る。であれば最高神の権威は抜群に効果がある。そして暗部を手駒にできれば色々と工作が楽になるらしい。さすが叔母様は考えることが違う。


『それは褒めているのかしら。とてもそうは聞こえないのだけれど。』


 いや、褒めているつもりだぞ一応。ともあれ、祝福を与えて彼女たちを取り込むのは悪い考えではない。私は最高神ルートディーネとして彼らに祝福を与える。その瞬間、彼らの髪と瞳は私の色である漆黒へと変わった。男の子もこの段になって私の正体に気付いたようで改めて跪く。彼は魔術過敏症という特殊な体質で、魔術や異術を感知することが出来る。その体質に反応がないことから、今行われたのがまさしく神の奇跡であることを実感したようだ。


「「「……忠誠を。」」」


 名を名乗り、忠誠を示す少年少女達。リーダーらしき少女がリサラ、毒舌の子がクルク、そして男の子がエトスという名前らしい。私への忠誠を誓ってくれるのは有り難いが、彼らに無茶な要求をするつもりはない。そもそもが、私は彼らを守りたいのである。その思いが具現化したのか、少々自重が足りないくらいの祝福になってしまった。私の影の権能は暗部に属する彼らにとってはかなり有益な能力となるだろう。


 だが、祝福を受けた彼らはどこか不安そうにしている。何か言いたげにしているので発言を許可する。そこまで畏まらなくても、と思うのだが直ぐに変えるは難しいだろうか。私としてはもう少しフランクな関係でも良いと思うのだが、それを強制するのもまた違うだろう。自然と打ち解けてくれるのを待つ事にする。


「その、アルシュは……?」


 彼らの不安の理由はアルシュだったようだ。私が初めに処分の話をしたからだろうか。私がエミーとアルシュの経緯を語り、彼女を害する意思がないことを伝えると明らかにホッとした顔になる。暗部という響きから血も涙もない印象を受けていたのでてっきり口封じに来たものだと思っていたのだが、彼らは仲間を大事にするタイプのようだ。まだ幼いからかもしれないが、できればこのまま育ってほしいものである。


 さて、エミーの方はどうなっただろうか。私は視界を残してきた影梟の分身体に移す。途中からでは何が起こったか判らないだろうから、まずは別れた直後の映像から再生するとしよう。等倍速で再生していたら何時まで経っても現在に追いつかないため、少々早送りだ。再生を開始すると同時に、私の視界に重なるように映像が流れ、音声が聞こえてくる。私が影に身を躍らせた直後、それを追いかけようとするアルシュの前にエミーが立ち塞がった所からだ。油断なく武器を構えるアルシュに、エミーはあえて微笑みを向ける。


「アルシュ。信じられないかもしれないけど、私はエミリー……エミーだよ。」


 いつもと違い、砕けた喋り方になっている。おそらく、あれがエミーの本来の喋り方なのだろう。従使徒になる際にヴァルトから言葉遣いを厳しく躾けられたと聞いている。だが、その喋り方ではアルシュには伝わらない。だから、あえて昔の喋り方に戻したのだ。


「髪の色が違うのは、私が祝福を受けたから。」


 仲間に祝福を受けた者が居るからか、エミーの言葉はアルシュにすんなりと受け入れられたようだ。だが、それは髪の色が違う理由でしかない。その証拠にアルシュは未だ半信半疑だ。アルシュの記憶にあるエミーは殆ど寝てばかりの虚弱体質だったのだから、今の姿と容易には一致しないのだ。そこに、エミーはアルシュとの思い出を語る。本人達しか知らないはずの秘密の話だ。それを聞いたアルシュの瞳が次第に潤み始める。


「エミー……なの?」


 信じられない、という風にエミーを見るアルシュ。病弱だったエミーしか知らないアルシュは、もしかしたらもう死んでいるかもしれないと思っていたようだ。エミーに抱きついてエミーが生きていること、再会できたことを喜び、癒神リーベレーネに感謝を捧げる。なるほど、先程リーベレーネが若干照れていたのはこれか。


 それから2人は今までどう過ごしていたのかを話し合った。眷属神になった事を話すとアルシュは大層驚き即座に跪こうとしたので、エミーは慌てて止める羽目になってしまった。少しは私の気分を理解すると良い。わたわたと慌てるエミーに若干仲間を求める墓場の何とやらのような気持ちになる。そうして説得を繰り返し、なんとか普通に接してもらえるようになったようだ。


 ここで映像が現在に追いついた。どうやらエミーは上手く行ったようでほっと胸を撫で下ろす。そろそろ戻っても大丈夫だろう。私はリサラ達を連れてエミー達の所へ向かう。アルシュは突然現れた私とリサラ達に驚いた顔をしている。そういえば、ルートディーネの姿のままだった。


「る、ルートディーネ様。武器を向けて申し訳ありません。」


 エミーから話を聞いて私の正体を知ったからだろう、アルシュが跪く。だが、私はその罪を問うつもりは欠片もない。許すと伝え、アルシュを立たせる。王女として6年程過ごしているが、未だにこう傅かれるのには慣れないのだ。アルシュが許されたことにリサラ達がホッとするのを感じる。エミーは私の事を知っているので初めから罪に問うとは思っていなかったようだ。その信頼が妙に心地良い。


「私の大事なエミーの幼馴染なのだ。アルシュも眷属神にしてしまうか。」


 リサラ達と同じ様にアルシュにも祝福を与えるつもりだったのだが、エミーを見て少々気が変わった。せっかく再会した親友なのだから、ここで差をつけるのも宜しくないだろう。であればアルシュも眷属神にすれば良い。私は眷属神をほとんど持っていないため枠には余裕がある。アルシュ1人くらいなら何の問題もないのだ。こうしてアルシュは先程のエミーと同じく、仲間であるリサラ達に跪かれて困惑する羽目になったのだった。

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