3-05 孤児院の子供達

 孤児院の中は広かったが、使っている部屋はさほど多くはないようだ。半壊していて通路が塞がれている場所も多い。そんな中で私達が通されたのは庭に面した部屋だった。来客をもてなすための部屋だったのだろうか、調度品が飾られていた形跡があった。だが、今では半ば子供達の遊び場となっているようで、壁には幾つかの傷や落書きが見られる。


「ずいぶんとやんちゃなのだな。」


 私がそう評して見回すと、子供達はバツが悪そうに目を逸らした。それを見てマリリアが困ったように笑う。どうやらずいぶんと手のかかる子供達のようだ。マリリアに促されそれぞれ自己紹介をする。年少組は男の子がエイクで女の子がミトラとロッカ、年長組はサキとアーキアと言うらしい。年長組は6歳の私から見れば歳上なのだが、私の感覚からすれば完全に子供だ。


 昔は他にも子供達が居たそうなのだが、前の院長が金銭と引き換えに奉公に出してしまったらしい。孤児院の場合そういった事はよくあるそうだが、前院長はずいぶんと後ろ暗い所のある人物だったらしく、奉公先が判らない孤児が何人も居るそうだ。ログを確認すればそういった者も探し出すことは可能だろう。幸いつい最近ログ検索用のシステムを組んだばかりだ。私的利用にはなるが、世界管理法には抵触しないので、世界運用に支障をきたす行為や、ストーカー行為のような悪用目的でなければ許可しても問題はない。


『やはり少し不思議な感じがしますね。サキ姉様もアーキア姉様も年上のお姉さん、という印象でしたが、クリスキリエの記憶を得た今ではやはり幼く感じます。』


 そのエミーはといえば、前世の記憶が混じったせいか少々困惑しているようだ。年少組には今までのように接することが出来ているが、年長組のサキやアーキアへの対応がぎこちない。ついつい幼子に接するような話し方になってしまい首を傾げられている。なお、私の場合はマリリアですら子供に見えているので逆に態度は一貫している。なにせ母様どころか叔母様や父様ですら私の享年よりも若いのだ。ちなみに叔母様は父様の妹だが母様よりは歳上だ。だが、容姿が幼いため母様を『義姉さん』と呼んでも欠片も違和感がない。


『一言余計よ、ディーネ。』


 っと、どうやら私の独白は叔母様に聴かれていたようだ。止めなければ、と思っても止められない私の悪癖の1つである。1人寂しくサーバルームに籠もっていると、どうしてもこういった思考が漏れ出てしまうのだ。もはや癖になってしまっており、1人ではなくなった今でも時折こうやって思考が漏れ出ることがある。セキュリティ上よろしく無いのでアクセスを特定の人物に限った箇所にしか流れないよう工夫はしているのだが、その特定の人物の中に叔母様は含まれているのである。


『本題だけど、1件、見過ごせない報告が上がってきたわ。どうやら、ゴルザインの派閥に居た連中、何人か取り逃がしたらしいの。』


 叔母様の報告を受け神界と通信を繋げる。そこには平謝りする数名の眷属神の姿があった。どうやら、彼らが取り逃がした者達らしい。私は『その件はこちらで対処する』と伝え他の対象者の処理に向かわせる。彼らを責める事はせず、同じ失敗をしないようにだけ念を押す。起きてしまった事は覆らないのだ。次に活かす為の反省はしてもらわねば困るが、彼らに責任を取らせたところで状況が改善するわけでもない。無意味に負荷を与えるのは効率を落すだけでデメリットしか無いのだ。


 今の神籍剥奪システムでは対象の目の前で剥奪を実行する必要がある。遠隔から実行するわけではないので、どうしてもこの様に逃げられるケースは避けられない。叔母様は1割程度は取り逃がすと想定しており、それを前提に計画を組んでいる。そう言う意味では、まだ十分に計画内だとも言える。とはいえ、逃げた者をそのまま放置するわけにも行かない。


 逃げた使徒3名はアークレイル領に向かっているらしい。どうやら隠匿の魔導具の類を使用しているらしく大まかな位置しか把握できていないのだ。彼らがアークレイル領……つまりここに向かっている以上、最適なのは私とエミーだ。既にアークレイル領には入っているようなので直ぐにでも動かねばなるまい。神界との通信を切り私は眼を開ける。


「あ、起きた!」


 そこには不思議そうに覗き込む子供達と心配そうにこちらを見るマリリアが居た。報告を受けるために本格的に神界に繋いだので、こちらではいきなり眠ったようになってしまった。皆が驚くのも仕方ない。「少し寝不足かもしれないな。」と、いつもの言い訳をする。割と頻繁にこういう事をしているせいで、周りからは突然眠る変わった子供だと思われている節がある。何か考えた方が良いかもしれないな。


『聞いていたな、エミー。悪いが、手伝ってもらえると助かる。』

『はい。それに、私にも無関係ではありませんので。』


 急用ができたことを告げ、また来ることを約束して孤児院を後にする。大まかな位置は把握しているが、土地勘のない私はMAP頼りにならざるを得ない。特に、隠れるのに適した場所の情報などはエミーに訊くより他はないのだ。里帰りを中断する羽目になったエミーには後で何か補填をしてやらねばなるまい。


『可能性が高いのは北西のカルネゼアでしょうか。神殿派の貴族が集まっていますので、彼らが隠れるには都合が良いでしょう。他に考えられるのはこの領都ケルナクですが、こちらは神殿が拠り所でしたから今は彼らを受け入れはしないでしょうし。』


 もともと傭兵として活動していた関係か6歳にしては論理的に思考する方であったエミーだが、ここ最近はクリスキリエの記憶と叔母様の教育のせいで並の6歳児とは思えないくらいに成長しつつある。今回もエミーの読みは的確で、逃亡していた下級使徒の一人を早々に発見していた。その理由が『悪領主代行は悪徳商人の所に居るものです』という内容だったのが微妙に納得いかない気もするが。


 カルネゼアの商人組合、その組合長の屋敷にその男は居た。狸親父という表現がぴったりな組合長は、影の中からいきなり現れた私達に驚いて腰を抜かしている。居合わせた組合長には合掌しか無いが、まあ、悪徳商人らしいので日頃の行いという事にしてもらおう。


「おのれ、エミリエイル!」


 そう口にしたのは、痩身に長髪の下級使徒だ。既に神籍を剥奪され、忌々しそうにこちらを睨みつけている。だが、既に隷使徒に堕ちている彼に出来ることはない。ただ粛々と神獄に向かう時を待つだけだ。それが、他人を踏みにじって生きてきた彼にふさわしい末路だ。神獄に送られるまでの短い間、エミーの前に立って向けられた敵意を受ける。この敵意を受けるべきは私なのだから。


 だが、彼が神獄に送られることはなかった。その前に命を絶たれたからだ。空間を跳躍したかのように唐突に現れ、両手に持った短刀で一瞬のうちに命を刈り取ったのは褐色の肌の少女。肌の色だけならばアークレイル領では珍しくもないのだが、特徴的なのはその銀髪だ。ぼさぼさのショートヘアではあるが、輝くような銀色の髪は素直に美しいと思える。年の頃はエミーや私と同じくらい。その瞳に感情の色はなくただ淡々と命を刈り取る。使われたのは……異術か。


「侵獣……というわけでは無さそうだが。」

「……」


 異術は主に侵獣が使用する異世界の術だが、それを使うのは侵獣だけではない。どうやら彼女のターゲットは下級使徒1人だったようで、腰を抜かしている悪徳商人には目もくれていない。だが、私達まで対象外かどうかまでは判らない。警戒を解かないように、とエミーを見たのだが、そのエミーは少女を見て固まっていた。


「アルシュ……?」


 どうやら、彼女はエミーの知り合いだったようだ。だが、向こうはエミーに気付いた様子もない。冷たい視線だけが向けられる。程なく彼女はこちらに興味を無くしたようで、現れた時と同じ様に異術で空間を跳躍して立ち去った。エミーが伸ばした手は空を切り、アルシュと呼ばれた少女に届く事はなかった。異術で気配を断っているのかMAP上でも居場所を確認できない。おそらく、他の2人の使徒が追跡を撹乱しているのと同種の異術だろうが、他の2人と違い彼女の異術は生来のものだろう。


「アルシュ……」


 エミーがアルシュが居なくなった空間を見つめてそう呟く。アルシュはエミーが癒神の加護を受ける前に孤児院に居た幼馴染らしい。だが、彼女は前院長にどこかに売り飛ばしてしまったらしく、それから先は音信不通だった。おそらく、異術を使える彼女の能力の有益性に気付いた何者かだろう。


 神術も魔術も神々の承認を必要とする以上、追跡もされれば権限剥奪も容易だ。精霊術に至っては使える者がかなり限られる上に、これも精霊が直接使う場合を除けば契約の解除は容易だ。だが、異世界の術である異術はこの世界の法に縛られない。これほど使い勝手が良い者もそうは居ないだろう。そんな術を何故彼女が使えるのか。それは彼女の情報を確認した時に判明した。実は彼女は、異世界人とのハーフだったのだ。

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