1-04 管理者のお仕事

「え、ディーネちゃん!?何、を……!?」


 突然駆け出した私にリーシアはついてくることができない。でも、それでいい。戦闘向きではない彼女を巻き込むのは気が引ける。


 まずは取り巻きの殲滅を優先する。ゴブリンよりもコボルドの方が増殖速度が早いからだ。そう考え近くのコボルドに剣を振り抜いたところで、渋い顔になる。下級の侵獣とはいえ、やはり神術のかかっていない剣では有効打を与えることができない。


 私の動きが止まったのを好機とばかりに亜種ゴブリンが魔術を行使する。炎の魔術が2発、私めがけて飛んできた。だが、それは予想済みだ。反発の魔術を発動し即座にその場を離れる。行き場を失った魔術は私の狙い通りに背後に居たコボルド達に直撃した。仲間を失い戸惑うコボルドに純魔力の刃を叩き込む。こちらは効果を現したようで、それを受けたコボルドが血を噴いて倒れる。


「3つ。」


 そのまま身を翻して攻撃を避けながら魔術でコボルドを倒していく。だが、次第にコボルドの動きがゴブリンとの連携を意識したものに変わっていく。魔術の射線をうまく外すようになってきたのだ。明らかに意思疎通が取れているとしか思えない。ゴブリンとコボルド。全く異なる言葉を発していながらなぜ意思疎通が取れているのか。『ごぶごぶ』と『こぼこぼ』。……いや、微妙に『ごごぶ』だったり、『こぼぼ』だったりしている気がするな。


「……!2進数か!」


 おそらく、彼らは自分たちが発することが可能な2種の音を使用して2進数で会話をしているのだろう。それがわかれば対処の仕方はある。すぐさま言語チートに2進数を解析させる。思ったとおり彼らは2進数で会話をしていたようで、言語チートが彼らの言葉を翻訳し始める。


 相手の動きが判ればこっちのものだ。指示された先に予め魔術を飛ばしておく。コボルド達は吸い込まれるように純魔力の刃に突っ込み、ついにはその全てが倒れ伏した。残るはゴブリンだ。彼らはコボルドよりも知能が高いらしく、こちらの仕掛けには乗ってこない。特に2体の亜種の知能が高いらしく、時折こちらの動きを読んでいるような節がある。


「そろそろ、力を使う必要があるか。」


 流石にチートも使わずにここを切り抜けるのは難しいだろう。そう考え、剣にゆっくりと影を纏わせていく。剣の形がゆっくりと変化し、日本刀のような形に変わる。それが振るわれた瞬間、ゴブリンの身体が真っ二つになった。それを見て怯んだもう1体を返す刀で斬り裂く。先程までの苦戦が嘘のようにあっさりと倒れていくゴブリン。あまりにも簡単に倒せるものだから、危うくうっかり全滅させてしまうところだった。


「……亜種は捕縛するのだったな。」


 振り抜きかけた刀を既の所で止め、代わりに影から現出させた顎で2体纏めて飲み込む。この2体は隔離環境で挙動の検証を行うのだ。どうやって特権昇格を果たしたのかを調べねばならないし、行動パターンをデータとして蓄積できれば次に現れたときに早急に対処できるようになる。これがあるのと無いのでは大違いなのだ。解析のための隔離環境に凍結保存した侵獣を亜空間経由で放り込み、影を元に戻す。


「ディ、ディーネちゃん?」


 殲滅を終えたのと、おろおろしていたリーシアが再起動して駆けつけたのはほとんど同時だった。幸い私が出していた影に気付いた様子はない。だが、どうにも表情が真っ青だ。どうかしたのかと問おうとして、自分が血まみれであることに気づく。コンピュータウィルスを駆除するような感覚だったが、よくよく考えてみたら、命を奪ったということになるのだろうか。どうにも実感がない。


『気にする必要はないですよー侵獣は疑似魂で動くだけの疑似生命ですからー』


 不思議な感覚に首を傾げていると、レイアからそんな念話が届く。そう言えば検証を行うための疑似世界もそんな感じだった。人の形をしているにもかかわらず、決められたプログラムに従って動くだけの存在。彼らを人と考えるのはたしかに難しい。それと同じなのだろう。それはそれとして……。


『レイア、微妙にテンションが高いようだが、君はまた徹夜しているのか?』


 念話越しのレイアのテンションがやたらと高い。どうせまた仕事を抱え込んで徹夜続きなのだろう。ある程度自動化や作業の振り分けを行ったが、未だにレイアにしかできない仕事は多い。私も時折手伝ってはいるが、乳児の頃のように一日中手伝うということはできない。もう少し6女神や眷属神に仕事を割り振れるようにした方が良いのではないだろうか。


「誰と、話、してるんです、か?」


 私が念話を行っているのに気付いたのだろう、リーシアが怪訝な顔をしている。従使徒見習いの私に念話をするような相手が居るとは思わなかったのだろう。会話は暗号化されているとは言え、通話をしている事自体は判ってしまうのが難点だ。通話相手については適当にごまかしておく。流石に最高神と気軽に話をしているとは言えない。


 リーシアの質問をはぐらかしているうちに神殿騎士達も合流してきたようだ。やはり血塗れの姿に若干引かれる。その上、私が突撃した話をリーシアがばらすものだからお祖父様にしっかりと叱られてしまった。いや、私としては十分に勝算があったつもりなのだが、その説明は通じなかったようだ。心配してくれている、というのは判るので大人しく叱られておくことにする。


 その後はもっと大変だった。血塗れになった私の姿を見てシェリー姉様が大泣きしたのだ。どうやら出発前の微妙な表情は私がまた無茶をするのではないかと心配していたせいだったようだ。そして、実際無茶をしたのだからシェリー姉様が泣き喚くのも致し方ないだろう。こうして心配してもらえる、という事に幸福感を感じながら私は姉様を必死に宥めたのだった。


 結局、王宮に戻ってから私は父様と母様にまでさんざん叱られた。こうも愛されていることを実感すると、家族にも秘密にしている事がある、という事実に少々後ろめたい気持ちになる。だが、そんな気持ちを抱えていられるのもそこまでだった。


「ディーネっ!」


 抱きまくらになる約束はしていたが、まさか風呂も食事もべったりだとは思わなかった。どうやら、私が死ぬのではないかとずっと心配だったようだ。もう離れないとばかりにずっとくっついている。流石に歩き難いのには困ったが、それほどシェリー姉様を不安にさせてしまったのかと反省せざるを得ない。結局、シェリー姉様は眠りに就いても私を放してはくれなかった。


『さて、件の侵獣の解析に入るか。』


 シェリー姉様に抱きしめられたまま、深く深く眠りに就き、世界の外側に意識を向ける。解析用に作成した疑似世界。捕獲した亜種がそこにいる。慎重に解放し、挙動を観察する。亜種が魔術を使うところを何度か確認したところ、魔術行使の際に擬似魂ではなく、本物の魂で認証を行っていることに気付いた。その際に確認された魂を世界の記録から検索すると、それが数日前に侵獣に殺された人間の魂だと判明する。


『死亡時に真名が解放されないケースがあるようですね。』


 ログの検索に協力してくれていたマーレユーノが、疑似魂を使用して現象を再現する。特定の状況下で侵獣に殺された際に、確かに真名が解放されていない。本来死亡に際して魂に刻まれた真名の解放処理が行われるのだが、それが行われる前に魂をかすめ取ることが可能になってしまっていたようだ。これが侵魔に魔術を使用された原因だろう。死亡時処理の不具合だ。


 問題点は世界管理協会に報告するとして、暫定対策だけでもやっておく必要がある。魔術の行使に死亡者判定を入れておけば、魂を奪われても魔術を行使されることはないだろう。魂をかすめ取られるという問題は残っているが、当面の対策にはなりそうだ。修正を施した疑似世界で再び侵獣を解放し、魔術を行使できないことを確認する。疑似世界で他に問題が出ていないことを確認した後、世界管理システムに修正を適用した。


 修正、というとどうしてもメンテナンスが必要な印象を受けてしまうが、それは昔の話だ。最先端のシステムの一部にはオンラインで修正を適用できるものがある。止められないために脆弱性がそのままになる、と言う割とありがちな問題への対処は実施済みである。……メンテナンスでシステムが止まると困るから定期的に休日出勤、などという地獄の日々に追われるのは嫌だったのだ。


『本当に助かります。これがなければ、今回もまた世界を7日間止めなければいけないところでした。』


 レイアがしみじみとそう言う。前回の不具合修正の際は世界を7日間止めて、6日ほど徹夜したらしい。前任者がアップデートをサボっていた事が原因だ。適用していない修正が山のようにあって、適用しても適用しても終わらなかったようだ。止められないからアップデートを見送る……そんなシステムの話は前世でも山程聞いた。修正しないと致命的な結果になるが、停止しても致命的な結果になるので、どちらに倒すことも出来ないのだ。安全なシステム運営のためには無停止で修正できる機能は欠かせない。


『うむ、感謝すると良い。ところで、侵獣の侵入経路は判明したのか?』


 今回出現した侵獣は、システムの不具合を利用してはいたが、不具合が発生原因ではなかった。という事は、悪意ある何者かの介在があったと考えるべきだろう。それが世界の外からなのか、中からなのか。外からだとすればいかなる手段で持ち込んだのか。侵獣を駆除してそれで終わりというわけではない。管理者にはその侵入経路と影響範囲を把握する仕事が待っている。さらに、影響が世界の外にも及んだ場合は外の世界への説明責任も発生する。


 今のところ、世界外との交渉は全てレイアの仕事になっている。1人に仕事が集中している状況はよろしく無いのだが、私を含め世界の外と交渉できる人材がまだ育っていないのだ。今は異世界との通信経路の管理も行っているエールナハトを教育しているところだ。エールナハトやその眷属神は明るく人当たりが良い者が多いので、経験さえ積めば任せることができるようになるだろう。それまではレイアに頑張ってもらうより他はない。


『うう、脆弱性の報告と、それから、それから……あう、またしばらく寝れそうにありません……』


 そんなレイアの嘆きを聞きながら、私は世界の中に意識を戻したのだった。

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