1-03 侵獣襲来

 翌日、私と姉様は神殿騎士団の本部へと赴いていた。2人ともきっちりと鎧を着込んだ姿だ。チートで体力を底上げしている私は当然だが、姉様も平然と鎧を着こなしている。お祖父様に似たのか、スペックが体力寄りなのだ。シルヴェリオスは逆に体力が低く錬金学が得意なので、バランスが取れていると言えなくもない。


 神殿騎士団の本部は王都の東地区にある。神殿やその関係者の住居が多くある地域だ。神殿が王宮寄りにあるのに対し、神殿騎士団本部は門の近くにある。侵獣対策で出動することが多いからだろう。豪奢な神殿と違い、神殿騎士団本部は実用重視で堅実な装いの建物だ。


 私達が着いた時には、既にお祖父様は入口の前で待ち構えていた。お祖父様の傍に控えている女性が今回同行する下級使徒のリーシアだろう。人間である従使徒ではなく、下級使徒が居ることに少し驚いた。その背後には神殿騎士団がずらりと並んでいる。3人ずつ4班、12人だ。彼らが今日訓練する侵獣対策師団第1中隊のようだ。それに私達と私達の護衛をする騎士各2名、お祖父様とリーシアを加えた計20名が今回の訓練の参加者だ。


「「お祖父様、ご無沙汰しております。」」

「うむ、壮健な様で何よりだ。」


 お祖父様は今年で45歳、地球の感覚ではまだ老人という印象はない。アスカノーラの祝福がなければ未だ王位に就いていた事だろう。だが、今のお祖父様の顔はは孫娘を愛でる祖父のものだ。できるだけ厳格そうな雰囲気を出してはいるが、直ぐにでも抱きしめたいというオーラで溢れている。鎧で抱きしめられると痛いだけなのでできれば自重していただきたい。


 神殿騎士達を引き連れ、王都の外へと向かう。王都から出るのに使用するのは貴族や平民が使用する一般向けの門ではなく、神殿騎士団専用の門だ。その先にあるのは、神殿が所有する領地である。そこにある森が今回の目的地だ。


「まずは第1班からだ。シェリーとディーネはよく見ておけ。」


 お祖父様が指示を出すと1班の3人が前に出る。それを見届けたリーシアが祈りを捧げると、彼らの前に1体の侵獣が現れた。顔のない真っ赤な猫の様なそれは、即座に3人に襲いかかる。1人が盾でそれを受け止め、2人が回り込んで攻撃を加える。それなりの知能があるのか、侵獣は適切に距離を取りながら3人を翻弄する。1班は最近人員が補充されたばかりで、未だに戦い慣れていないのだろう。侵獣が変則的な動きをし始めると、とたんに翻弄されだす。


『え、えと、貴女がディーネちゃん、ですね。従使徒見習い、の。』

『そうだが、何か用か?』


 そうして訓練を見ていたら、リーシアが神力を使用した念話で話しかけてきた。私が従使徒として活動する話が伝わっているのだろう。確か、私が配属される先に彼女の名前もあったのを覚えている。リーシアは私を見習いと読んだが、祝福を受けた者が全て従使徒見習いというわけではない。お祖父様も叔母様も従使徒になる予定はない。従使徒に選ばれることと祝福されることはまた別なのだ。私は従使徒になることが既に決まっているからリーシアは見習いと呼んだのだろう。


『あ、あの、私が貴女の教育係になります、ので。』


 どうやら私がどの様な人物かを知りたくて従使徒の代わりを買って出たようだ。彼女は私とレイアの関係を知らない。ただ、従使徒が1人配属される、と聞いているだけだ。彼女にとっては、私は従使徒になる予定の、ミストサインから祝福を受けた人間なのだろう。


 話し込んでいるうちに、神殿騎士たちの訓練は終了していた。リーシアは話しながらも訓練のための作業を続けていたようだ。おどおどしているだけで優秀ではあるらしい。神殿騎士たちを下がらせた後、次は私達の番だとお祖父様が宣言する。私と姉様が組んで、保護者としてお祖父様が付くようだ。護衛の騎士たちは訓練には参加しない。外敵から私達を守るのが仕事だからだ。


「頑張ろうね、ディーネ!」

「ああ、任せろ。」


 シェリー姉様が満面の笑顔でこちらを見る。私としても姉の期待には応えたい。姉様は剣と盾を使用した戦法を取る。対する私は片手剣と魔術を織り交ぜた戦い方だ。私達は神殿騎士ではないので、神殿騎士の一人が私達に神術を施してくれる。侵獣と戦うためには神術による強化が必要だからだ。そうして私達が準備を終えた所でリーシアが侵獣を出し、戦闘が開始された。


 姉様が盾で受け流しながら剣で侵獣を攻撃する。私も侵獣の爪を浮遊魔術で回避しながら、背後に回り込む。そうして翻弄しつつ、時折純魔力の刃を飛ばす。程なくして侵獣は消滅し、霧散した。


「うー、私お姉ちゃんなのに!」


 私がさり気なくフォローしていたことに気付いていたシェリー姉様が不満を訴える。可愛く頬を膨らませている姉様を宥めるのにはずいぶんと苦労した。結局、最終的に今夜私が抱きまくらになるということでなんとか落ち着いた。お祖父様はそれを微笑ましそうに眺めていたが、普通は王族の姉妹は一緒に寝たりしない。纏めて殺されることを危惧するのもあるが、互いに殺し合わないようにという意味もある。そういう意味では、私が継承権を持っていないから許されたとも言える。


 シェリー姉様の機嫌が直ったその直後。背筋を寒気のようなものが駆け上がった。隣りにいたリーシアもそれを感じたようで、緊張する気配が伝わってくる。これは、拙いやつだ。気配をたどると、森の端の方に赤黒いなにかが見えた。頭の中に情報が展開されていく。


 付近のMAPが表示され、森の端にいくつかの赤い光点が出現する。大きいものが10、小さなものが30だ。【マーレユーノの眼】と名付けた侵獣判別システムが自動で起動し、対象を識別していく。表示された名称は【ゴブリン】と【コボルド】。どうやら既知の侵獣のようだが、数が多すぎる。


 【マーレユーノの眼】が侵獣を検知した直後、神殿騎士団の表情が険しくなる。侵獣の現出によって、神殿騎士に神託が下されたのだ。現在出現地点に最も近い位置に居るのは我々だ。突然周囲の空気が変わったことにシェリー姉様がおろおろとし始める。


「え、えと、皆さんは、陣形を組んで、侵獣に、対処して、ください。お、応援の、連絡は、入れました、から、それまで、持ちこたえれば……決して無理は、しないで。……そ、それから、ディーネちゃんは、私を手伝って。」

「な、ディーネにまだ実戦は……」

「私は構わない。それより、急いだ方が良いのではないですか。」


 緊張した面持ちでリーシアが指示を出す。お祖父様は最後に私の名前が出たことに驚き、リーシアに抗議した。どうあっても許さん、とでも言いたげな顔だったが、最終的には私が納得したため、お祖父様もここは引き下がることにしたようだ。口論している時間がない、というのも理由の1つだ。今回確認されたゴブリンとコボルドに共通する特徴として『増える』というのがある。時間をかければかけるほど不利になるのだ。


「君達はシェリー姉様を頼む。」


 リーシアの守護があるから、と私の護衛に就いていた騎士にもシェリー姉様の護衛をお願いする。姉様は何か言いたげにこちらを見ていたが、結局何も言わず仕舞いだった。普段であればじっくりと話をしたいところではあるのだが、今回は時間がない。今は侵獣討伐を優先させてもらう。


 森を駆け抜け、侵獣の居る場所を目指す。普段訓練されているだけはあり、神殿騎士たちは隊列を乱すこと無く駆けていく。私もリーシアもここに向かう時と違って魔術を使用して地面すれすれを飛ぶ。ゆっくりと歩いている余裕はないのだ。結果、私達だけが先行する形になる。


 侵獣を目視できるところまで近付くと、その瘴気のような気配に嫌でも気付く。数が多いのはコボルドだ。二足歩行の毛むくじゃらの身体に犬顔……と言うよりはハイエナに近い印象を受ける。ゴブリンの方は角が生えた餓鬼の様な姿だ。こちらは毛皮もなく、殆どは腰に布を巻いただけの裸同然の格好だが、2匹ほど羽のようなもので着飾った個体が混じっていた。亜種、だろうか。【マーレユーノの眼】では判別できずに疑問形になっている。


「あ、えと、亜種の名称確定が、私達の仕事、です。」


 敵を観察できる位置を抑え、神殿騎士たちが到着するのを待つ。もし、侵獣の増加速度が想定を超えた場合は、こちらで戦闘をする必要も出てくる。役割の分担は重要だが、それはその作業しかしなくていい、という事を意味しない。誰もがある程度の作業をこなせるようになっている必要があるのだ。でなければ、その1人が倒れた時点で作業が止まってしまう。


「少し、数、減らしたほうが、いい、です。」


 侵獣は発見時よりもその数を増やしていた。既に神殿騎士達だけで足止めできるかどうかは微妙な数になっている。リーシアもそれに気付いたようで、先制攻撃を提案する。私も同意見だ。こくりと頷いて魔術を展開する。名神に属するリーシアも当然魔術は使用できる。展開した魔術が純魔力の刃を形成し、コボルド達に襲いかかる。


 襲撃に気付いた侵獣達が一斉にこちらを向く。ゴブリンがゴブゴブと命令し、コボルドがコボコボと応じる。何故それで会話が成立するのか。一瞬そんな疑問が頭を過ったが、侵獣からの反撃でそれは中断される。例の2匹が魔術を行使したのだ。


「え、嘘……わきゃっ!」


 間一髪リーシアの腕を掴んで引き寄せる。リーシアが先程まで立っていた場所に炎の塊が撃ち込まれた。侵獣が魔術を行使した。これは、今まで見られなかったパターンだった。本来、魔術は特権を持たない者には使えないもなのだ。異術と呼ばれる彼ら独自の理に基いた術を使う個体は居るが、ゴブリンやコボルドの様な下位の侵獣が使うものではない。


「脆弱性を利用されたか……」


 その可能性に思い至り、苦い顔になる。おそらく、何らかの手段で特権昇格を果たしたのだろう。システムの脆弱性を突いて特権昇格するのは常套手段の1つだ。それはすなわち、世界に脆弱性があるということになる。殲滅するつもりだったが、どうやら捕獲しなければならないらしい。いかなる手段で特権昇格を果たしたかを調べなければならないからだ。こうなると神殿騎士達には荷が重いだろう。私はため息を1つ吐いて、本格的な戦闘準備を開始したのだった。



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■用語集

○特権昇格

 ここでは何らかの手段で魔術を使用するための特権を獲得することを指している。


○脆弱性

 ここでは悪意を持って利用することで、システムに損害を与えることが可能な不具合のことを指している。

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