Incident 1. 創られた世界

1-01 異世界生活、はじめました

 明るい光。目が覚めたらそこは異世界だった。一人寂しく障害対応をしている最中に過労死した私は、異世界レイアムラートの女神ルートレイアに呼ばれ、転生することになった。女神から過分な力……所謂チートを貰った私は、レイアムラートにあるウェルギリア王国の第二王女、ディーネとして生まれ変わることになった。


 丁度いい対象が居なかったとはいえ、王族である。普通ここは平民とか、せいぜい貴族令嬢程度が妥当ではないだろうか。あまりにも過分な地位に、少々頭が痛くなる。しかも、0歳スタートだ。言語系の権能を貰っているので会話や読み書きに問題はないが、いきなり0歳児が言葉を喋り始めたら気味悪がられるだろう。言語を理解し始める一般的な年齢までは隠しておくしか無い。うっかり喋ったりしないように会話系の権能は成長に併せて解放されることになっている。


「おお、生まれたか!」


 髭をはやした男性が部屋に駆け込んでくる。周囲が慌てて止めようとしているが、お構いなしだ。彼がレイアから聞いていた国王ダランザール・ウェルギリア……つまり私の父親だろう。早くに両親を亡くして天涯孤独の身だった私には、両親の記憶がおぼろげだ。私を抱き上げようとオロオロしているこの父親という存在に、妙に温かい気持ちがこみ上げてくる。


 侍女に「ダメですよ!」なんて諌められて、しょんぼりとしている。その間に私は産婆らしい女性に抱え上げられ、優しそうな女性に渡される。彼女が私の母親、第一王妃のラクトフリューネだろうか。たしか私の一つ上に姉が居たはずだから、こうやって抱き上げるのは2度めなのだろう。慣れた手つきで優しく抱きとめてくれる母親という存在に、どこか安心感を覚える。


 その間に、周囲に控えていた宮廷療術師達が治癒神術をかけ、母の体調を整えていく。名神に祈りを捧げて真名を貰わなければ使えない魔術と違い、神術は神に祈りを捧げてコストさえ払えば誰でも使用することが出来る。もちろん使用するにはコストを消費するので、長けた者でなければまともに使うことはできない。今回は王族の出産だからか、専属の療術師達が惜しむこと無く神術を行使している。これが平民であれば神術は使わずに薬だけ、等ということも珍しくはない。


 そんな風にぼんやりと療術師達を眺めていたら、途端に外が騒がしくなった。バタバタと複数人の男女が駆け込んでくる。誰も彼もゆったりとした衣をまとっており、口々に何かを叫んでいる。その中に「名神」とか、「祝福」とかいう単語が含まれていてドキリ、とする。どうやら、名神ミストサインが何かやらかしたらしい。「ディーネ」という名前をミストサイン経由で与えるという話をしていたから、それ絡みだろうか。


 レイアの直属である6女神の一柱であるミストサインは大神だ。その上、名神と言えば魔術に必要な真名を授けると言われる女神。その祝福があったとなれば大騒ぎだろう。大神の中でも、ミストサインの加護は特別だ。生まれた時から真名を持ち、魔術が使えるという事を意味するからだ。チートで魔術が使えることに対する理由付けなのだろうが、もう少し穏便な方法はなかったのだろうか。


 父の顔が苦虫を噛み潰したような表情に変わっている。どうやら大神の加護は王族にとってはよろしくないものだったらしい。だが、すぐに何かを決意したような表情に変わる。その瞳に慈愛の色を見つけて、なんだかホッとしてしまった。少なくとも、迫害されるようなことは無さそうだ。


 私の予想に間違いはなく、父が騒ぎを抑えた後は特に問題らしい問題も起きなかった。0歳児の私にできることなどある訳もなく、ただ眠りと覚醒を繰り返す日々を過ごす。あまりにもする事がないので、家族が様子を見に来る時以外はレイアの相談に乗ってばかりだ。私のサーバ管理の知識は、女神の異世界管理にはかなり有用らしい。


 この世界の1年は7ヶ月で、1ヶ月は7週間、1週間は7日だ。つまり、1ヶ月は49日で1年は343日という計算になる。それぞれの日、週、月には神色が割り当てられていて、赤の月、赤の週、赤の日、と言う風に呼ばれる。1週が7日なのは地球と同じだが、他はいろいろと異なっていて覚えるまでが大変だった。


 そうして、5年ばかりの時が流れた。私が1歳の時に顔合わせをしてからはべったりだった姉のシェリエットも、彼女が6歳になって全寮制の軍学校に入ってからは会えない日が続いている。王族を含め、王国の貴族には軍人としての義務が発生する。そのため、6歳から軍学校に入学して基礎的な教養及び軍人としての教育を受けるのだ。それは王位継承権第一位のシェリエットも例外ではない。


 この頃になると、自分が特異な存在であることがだんだんと判ってくる。シェリエット……シェリー姉様は王位継承権第一位、そして第二位は弟のシルヴェリオスだ。私に王位継承権はない。女神の祝福を受けた者は、その身を女神に捧げなければならないからだ。王族であれ、貴族であれ、要職に就くことはできない。まあ、面倒な王位などは不要だから、私にとっては逆に都合が良くはあるのだが。


 女神の祝福を受けた子が生まれた場合、大抵の場合は神殿に送るらしい。だが、私の両親はそれを良しとはしなかった。彼らは私に他の子供達と同様の愛を注いでくれた。王のその意志は家臣たちにも伝わったようで、彼らも同様に私に接してくれる。それでも例外はあるもので、特に宮廷魔術師達に顕著だ。


 宮廷魔術師達から向けられる視線には蔑みと嫉妬が混じっている。王位継承権を失ったもの、としての蔑み。平民や、下位の貴族であれば神殿入りは出世に等しい。だが、王族や上位の貴族にとってはそうではない。得られるはずだった地位を失った者として扱われる。


 その上、私の加護は名神だ。彼らが苦労してやっとのことで手に入れた真名を生まれながらに何の苦労もなく手にしているのだ。宮廷魔術師達にとって面白くない存在なのは確かだろう。特に、次席のウィルグリッドとその取り巻きはその傾向が顕著だ。


 逆に、宮廷騎士団にはやたらと可愛がられている。チートのおかげで体が丈夫なせいで、宮廷騎士団の鍛錬に平然とついていくからだろう。「剣は身を助ける」などと言いながら嬉々として私を鍛えてくれる。王位継承権がなくても、神殿騎士団で身を立てれるように、とでも言うような勢いだ。


「姫様は凛々しくあられますね。」


 騎士団長のアシュリーが私が剣を振る姿を見ながらそう褒めてくれる。女神譲りのキラキラ5割増しな容姿は、やはり美しいと映るのだろう。私としてはまだ5歳なのだから可愛いと評して欲しいものだが、儘ならないものである。


「そうか?剣と鎧を纏っているからそう見えるだけだろう。」


 むぅ、と若干の不満を表しながらそう言う。ちなみに、私が着込んでいる鎧も剣も特注品だ。とはいえ、軽量化が施されているわけではない。大人サイズの鎧では身長に見合わないため特注となっただけで、子供サイズとは言えかなりの重量がある。平然と着こなすあたり規格外にも程がある。だが、1歳の半ばで魔術を使い始めた私にとっては、それも今更だ。気がつけば皆慣れてしまい、「ディーネ姫様だから」で片付けるようになってしまった。


 訓練を終えた私は鎧を魔術収納に格納し、代わりに取り出したドレスに着替える。こう見えてもお姫様なのだ。……優雅に歩くのは未だに少々苦手だけれど。なんとか品位を保ちながら部屋に戻る。いつもならば、そろそろ執務を終えた両親が部屋に来る頃。それに、今日は後期の授業を終えたシェリー姉様が帰ってくる日だ。


「仕事終わったぞ!ディーネ!」


 両手を広げながら部屋に飛び込み、私を抱え上げる父様。国王の威厳も何もあったものではない。いくら私的な場だからとは言え、もう少し行動を考えたほうが良いのではないだろうか。案の定後ろに立つ母様の目が笑っていない。そしてそこにシルヴェリオスまで飛び込んでくる。


「ディーネ姉さま!」


 父様の真似をして飛び込んでくるものだから、母様の目が余計に険しくなる。家族への憧れが強い私にとってこうした触れ合いは嬉しいのだが、そのせいで母様の機嫌が悪くなるのは宜しくない。そろそろ止めておくべきか。私が口を開こうとしたその瞬間に、さらなる足音と「姫様!」という叫び声が聞こえてきた。あ、これはもう手遅れだ。私がそう諦観した直後、シェリー姉様が私めがけて飛び込んできた。


「ディーネっ!」


 まるで弾丸の様な勢いで飛び込んでくるシェリー姉様。母様譲りの蜂蜜色の髪が風に靡き、そのまま私を押し倒す勢いで突っ込んでくる。王族たるもの軍の先頭に立ち戦え、という家訓に忠実に体を鍛えているシェリー姉様は一見清楚なその見た目に反して力が強い。女神からチートを貰っている私でなければ、あっさりと押し倒されていただろう。その愛情がシルヴェリオスよりも私に向いているのがせめてもの救いだろうか。


 飛び込んできた姉を抱きとめながら、その背後に視線を這わせる。やはり、母様の堪忍袋の緒が限界のようだ。底冷えがしそうなそのオーラに、びくん、となる。空気の読めない父様達はそれに気付いていない。あ、そろそろ雷が落ちる。そう思った瞬間。


「はしたないですわよ。」


 底冷えがするような声に今度は全員がびくん、となる。鈍い父様達も、流石に気付いたようだ。皆の首がぎぎぎ、とでも音を立てそうな様子で母様に向く。そこには、笑顔の般若が居た。結局、それから数時間、私達は母様の説教を聞く羽目になったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る