0-02 再構築

 とりあえず最低限のバックアップだけは取っておいて、ルートレイアに話を聞きながら世界の修正計画を立てる。ああ、潤沢な予算って素晴らしい。これだけの予算があれば、移行用に全く新しい世界を作っても余裕だ。


 という訳で、引越し先をまるごと新しく作ってしまおう。何かあっても良いように、世界全体を3重化する。それから、データを保存するためのいくつかの領域もそれぞれ3重化。その上で情報を保存するためのパーツにも冗長化を施す。パーツが2個までは同時に壊れても問題ない構成だ。更に、パーツが壊れた時直ぐに代替と入れ替えることが出来るように予備を準備して、壊れたら自動で入れ替わるように設定する。ここまですればちょっとやそっとの問題が起きても世界は壊れない。


「……やり過ぎじゃないですか?」


 ルートレイアが呆れた顔で訊いてくる。でも、必要なことだ。1つ壊れることはよくある。そして、それを修理している時にもう1つが壊れることも。だから、3重化して置くことは大事だ。そして、全体をそうしておくことも。単一障害点になるといけないからだ。特に壊れやすい情報保存用のパーツには予備をいくつか用意しておく。これは全部最低限必要なこと。……その最低限さえ満たしていないシステムもたくさんあるが。


 一瞬遠い目になりながら、次の設計に進む。まずは、定期バックアップを用意。これも多重化しておく。それから、差分バックアップ。それぞれに負荷がかからないように気をつけて設計しないといけない。冗長化やバックアップの処理で世界が止まったら本末転倒だ。幸い、こういうのはコストさえかければ選択肢は無数にある。と言っても、ランニングコストが利益を上回ったら意味がない。そのバランスの見極めが難しい。ランニングコストが最低限を割っているのは問題外だが、不必要にスペックを上げるのもダメだ。動かす度に金が飛んでいくシステムになっては意味がないからだ。


「あ、あのー、紗雪さん?もしもし?もしもーし?」


 ……はっ!今までにない程に自由にできる環境に、つい頬がニヤけてしまっていた。いけないいけない。ルートレイアに呼びかけられるまで、ぶつぶつと独り言を言いながら設計を進めていたようで、若干引かれている。ここからは、ルートレイアにも説明をしないといけないのだ。彼女はこの世界の責任者なのだから。


「……というわけだ。5サイクル毎の買い替えを視野に入れると、このくらいのスペックならしっかりとした利益が出る。」


 買い替えにかかるコストと運用にかかるコストを計算して、利益と比較して提示する。ルートレイアは生真面目な性格なようで、引き継いだ後に利益とかの計算をしっかりと済ませていた。用意してくれたカタログもちゃんと情報が揃っていて、平均耐用サイクルからパーツ毎の故障率までしっかりと纏められている。ちなみに、サイクルというのは世界管理システムの運用期間の単位らしい。それにしても、しっかりと纏められている。「こういうのは苦手」と言っていたが、だからこそ必要かもわからないデータまで集めたのだろう。そのせいで寝てないみたいだが。


「と言うか、他の皆は何をしている?」


 ルートレイアの説明によれば、彼女の下には6柱の女神が居たはずだ。それぞれに役割が与えられている。何もルートレイア一人で仕事を抱え込む必要はない。そう問いかけると、ため息混じりに6女神からの報告書を見せてくれる。……これは酷い。下から上がってきた作業依頼が、全て一番上まで上がってきている。


「全部丸投げではないか。何を考えているんだ、この者達は。」


 呆れ半分にそう言いながら、報告書をじっくりと見る。よくよく見れば、それぞれの作業が微妙に複数の権能に跨っている。そのせいで、自分だけでは手に負えず上まで作業依頼が上がってしまっているのだ。だが、責任範囲だけで言えば、6女神のうちの数人で済む範囲には収まっている。何もルートレイアでなければできない話ではない。本当は話し合って欲しいところだが、そうもいかないのだろう。


 ならば、そこの橋渡しをするためのシステムを組んでやればいいだろう。幸いルートレイアが手順を纏めてくれている。それを上手くシステム化してやればいい。実際、範囲が複数の権能に渡っているだけで判断が必要な箇所は殆ど無い。後は、これの使い方を6女神に説明するだけだ。……マニュアルは書かないとダメだろうな。


 仕様書と設計書、それから利用手順書を用意する。私が居なくなったらメンテナンスできなくなるようなシステムは無意味だ。幸い、賢神マーレユーノとその眷属神はこの手の作業に長けている。今までの作業ログを見ても、彼女達なら問題なく理解できるだろう。マーレユーノには後継者の育成も併せて頼んでおく。作業を分担したは良いが、彼女が居なくなったら動かなくなる、というのでは意味がないからだ。


「助かります。ルートレイア様はお忙しい方ですから、ずいぶんと作業が滞っていたのです。」


 流石に賢神と呼ばれるだけはあって、覚えるのも早い。それに比べて、闘神アスカノーラは酷い。権能を戦闘に特化しているせいか、「考えるのはマーレユーノに任せる」ときっぱりと言い切っている。だが、その力を正しく使えればかなりの戦力になる。ならば、マーレユーノと連携するためのシステムを用意してやればいい。


「素晴らしいぞ!」


 連携システムは素晴らしい効果を上げたようだ。そもそも、この2人はペアで戦う事を前提に権能が与えられている。話を聞けば前任者が上手く2人を組ませて使っていたようなのだが、引き継ぎもせずに辞めたせいでその連携がすっかりと失われてしまっていたのだ。連携システムを使うためのマニュアルの他に、管理者向けのマニュアルも必要になるだろう。引き継ぐ際になって慌ててバタバタするからいけないのだ。こういう資料は都度作っておかないとすぐに他の作業に忙殺されて忘れてしまう。


 次は命神ソールアインと名神ミストサインだ。この2人の作業は生命の創生だ。ミストサインが名前を与え、それにソールアインが命を吹き込む。こうして世界に生命が創られるのだ。だが、今まではミストサインが名を与え、ルートレイアに報告し、それからソールアインに指示を出していた。ただ右から左に渡すだけなのに全てルートレイアを通しているのだ。明らかに無駄でしか無い。


「話が、早い。」

「そーだねー。」


 口数が少ないのがミストサイン。やたらのんびりした喋り方なのがソールアインだ。この2人が普通に会話すれば話が進まない。だからルートレイアが間に立っていたのだが、ここをシステム化すればやる事を伝えて、それをやるだけだから無駄が無くなる。人が創り出し、神に捧げた物がこの世界の利益となるのだから、重要な役割なのだ。


 そして、ソールアインが協力しなければならない相手はミストサインだけではない。癒神リーベレーネ。人々に癒やしの魔術を授ける彼女も、ソールアインとの関係が深い。彼女が授ける蘇生の魔術には、ソールアインの力が不可欠なのだ。だが、蘇生には複雑な条件があり、簡単には判断できない。そのため、ルートレイアに判断を仰いでいた。だが、ルートレイアも決まったルールに当てはめて判断していただけだ。ならば、システム化しても問題ない。更に、直接やり取りが出来るようになったことで、今までルートレイアを介していたためにロスが多かったリソースの消費が劇的に改善されることになった。


 それぞれとやり取りを行い、システムを詰めていく。このシステムの要は飛神エールナハトとその眷属神達だ。彼女達の権能である情報伝達こそが連携の要なので、しっかりと話し合いをしておく。彼女自身は割と気ままな性格なので、眷属達が苦労しそうな感じではあったが。


 こうして作り上げた新しいシステムに現行の世界の全てを移し替える。運用しながらの引っ越しになるので念の為直前にもバックアップを取得し、万全の状態で行う。世界に暮らす人々は、その事に気付きもしないだろう。それこそが、私達の仕事なのだ。


 幸いにも移行は何事もなく完了した。役目を終えた古い世界が停止する。案の定、情報を格納していた記憶領域は半分以上が破損寸前だった。壊れかけの領域を外し、残った物で今回作ったシステムを小規模化して再現した世界を構築する。これは、世界のアップデートや修正の際に検証するために使用するのだ。いきなり本番環境に修正を適用するなんてありえないからな。





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■用語集

○単一障害点

 その一箇所が壊れたら全体が停止してしまうようなポイントの事。


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