第42話 男の戦い、そしてチャコールグレーな心

 全く。アスラはどういうつもりなんだろう。

 僕はアイっちのでたらめな破壊を見守りつつ、静かにため息をついた。


 本当に、あの子は真っすぐだ。


 僕には出来ないことを躊躇いなく口に出来る。強さも大したことないし、良くやらかすし、色々と問題点はあるんだけど、それをカバーするくらい、強い。

 どうしたって脅威に感じてしまう。

 あのデートの時から、少しは近づけたと思う。アイっちとの距離は近いし、ずっと話やすくなった。


 でも、付き合ってるわけじゃあない。


 このもぞもぞした感覚をどうしたら良いか、僕には分からない。

 だから、たまにだけど、全部をゼロにしたらどうだろうと思ってしまう。そうすれば、こんな苦しい思いはしなくて良い。あの時と同じ。


 みんなと距離を取って、自分は楽になれる。


 けど、――けど。

 僕はそんな思いを振り切るように、首を左右に振った。

 今は、リードしてるから、僕が。


「アイっち、いこう」

「はーい」


 土煙を風魔法で穏やかにしてから、僕は言う。

 アイっちは本当に器用だ。超大技である《パイルバンカー》をいともたやすく扱って見せる。威力も範囲も、全部調整可能だ。それは、この技を使うスキルを全部把握してて、逐一調整出来るからこそ可能だ。

 そんなの、誰に出来るものじゃあない。


 でもきっと、それを褒めたら拗ねるんだろうな。


 なんて思いつつ、僕は次の畑予定地をマップに表示させた。

 これが終わったら、お昼にして大丈夫だ。前半でもう予定の六割をクリアしているのでゆっくりと休憩が取れる。もとより、アイっちには多めの休憩が宛がわれているのだ。


 ちなみに昼は自給自足だ。


 本来なら役所がお弁当なりなんなりを用意出来れば良いんだけど、もうその余裕がないくらい食料備蓄事情が切迫している。

 すでにウゴッホ族とウポッキャ族の狩り担当は、昼飯調達のために、それぞれの持ち場へ向かっている。先導はミランダだ。

 きっと良いものをたくさん取ってきてくれるだろう。


「矢野」


 何を作ろうか、と考えていると、アスラに声をかけられた。

 警備担当なんだから、もっと色々と巡回して安全確保に努めろよ、と言いたいところだけど、やることはやってそうだ。

 アスラの全身には、何度か戦闘したらしい痕が見受けられた。


「何? どうしたの?」

「勝負、する」

「は?」


 いきなりの挑戦状に、僕は眉根を寄せる。

 僕とタイマンするってことなんだろうか。だとしたら、かなりアスラにとって不利だと思うんだけど。悪いけれど、僕とアスラの間にはそれだけの実力差がある。


 それに、もしそんなことしたら、アイっちが絶対怒る。


 僕にとっては、そっちの方が怖かった。

 アスラは分かっていないのかもしれない。ここはお互いのため、教えておくべきだろう。


「アスラ、僕と戦うのはやめておいた方が良い」

「分かってる。ケンカ、する、長、怒る。怖い」

「分かってんじゃん、だったら……」

「だから。ケンカ、違う。勝負、する」


 いや、だから。

 そう言いかけて、アスラは人差し指を僕に突きつけてきた。


 あ、これは納得しないヤツだ。


 思わずため息を漏らしつつ、僕はどう言い含めようか考える。

 正直なところ、彼を倒すのは造作もない。でも、そうしたらアイっちが怒るんだ。それがイヤだ。


「この、後。お昼」

「そうだね。そろそろ調理班を編成して――……」

「それで、勝負」

「は?」


 再び僕は眉根を寄せた。


「お昼。メシ。どっち、長、満足、させる。勝負」


 え、ええ、えええええ。

 つまりそれって、あれ? クッキング対決ってこと?


「それ、なら、文句。出ない」

「いや、そりゃそうなんだろうけど、ちょっと……」

「やる。やらない、どっち。根性なし」


 …………はぁ?

 今、こいつ何て言った? 僕に対して、根性なし? いったい、どこがどうなって、そんな結論に至ったのさ。


 ふつふつと沸き上がる不快に、僕は思わず睨みつける。


 もし彼が敵だったら、矢の一〇〇〇本くらいぶちこんでるところだ。

 ああ、あれか。男ならウダウダ言わずに即決しろとか、そういう前時代感半端ないことを思っているんだろうか。だとしたら、舌戦の一つでも、と一瞬だけ考えるけど、正直にそんなメンドーなことはしたくない。

 別に、他人にどう思われようと、僕は気にしない。


 そのはずだったのに、なんで僕は今不快感を覚えているんだ。


「分かった。受けて立つよ」


 そして、なんで僕はこんなことを言うんだろう。

 なんかムズムズする。心の内側が、ムズムズする。見悶えしても、胸を撫でても、叩いても、決して届かない場所だ。

 僕の葛藤を知らないアスラは、ニヤりと笑った。


「でもいいの? 君にとっては有利とはいえないと思うけど」

「大丈夫。この世界、この料理、誰より、美味しく、できる」

「分かった」


 漲る自信を受けて、僕は頷いた。

 アスラがそう来るなら、僕はアイっちが好きな料理を出すだけだ。


 この世界の素材を最大限に美味しく出すという、至高。

 アイっちの好きを最大限に美味しく出すという、究極。


 どっちが勝つか。

 負けるつもりはない。


「いや、あんたら人を差し置いて何をしようとしてるねん」


 バチバチと火花を散らせていると、アイっちがそうツッコミを入れて来た。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――お昼。

 もちろん外で食べるのは安心できないので、町に戻っている。


 今回も合同での炊き出しなので、役場前の広場を使う。なんかバーベキューっぽいのしてて、ちょっとうらやましい。


 一体何がどうなって、どうしてこうなったのか。

 あたしは説明を求めたい。ひたすらに説明を求めたい。いや、確かに朝から肉体労働してるし、汗も程よくかいたので、お腹もすごく空いてる。


 けど、けどさ?


 なーんであたしは簡単なテーブルの前に座らされて、矢野とアスラの調理風景を眺めていないといけないのかなぁ?

 周囲のみんなは物珍しそうに見て来るし、なんだか針の筵?

 っていうか町長なんてあからさまにからかう目的で見て来てるし。なんかニヨニヨしてるし。お引き取り願いたくて右こぶしを握ると、飛んで逃げていった。


 そんな様子を見て、あたしはため息をつく。


 話を聞けば、どうもアスラが矢野に料理勝負をふっかけたらしい。どうしてか、なんて理由は考えるまでもない。きっと料理対決で優劣をつけたいのだろう。

 どうしてか、アスラは矢野のことをライバル視してるし。

 意外だったのは、矢野だ。

 あの子の性格上、絶対断ると思ってたんだけど。


 ちらりと視線をやると、矢野は真剣な表情で料理を作っていた。


 矢野がそこそこ料理作れることは知ってる。なので、美味しいものが食べられる、という意味では密かに期待してたりするんだけど、アスラの方も、地味に料理が出来るようだ。

 さっきから手際が良い。


「まぁ、そこまで深く考えなくて良いんじゃないかしら?」


 あたしの様子を不安になっていると判断したのか、隣に座っている新庄課長が励ましてくれた。どうしてか、彼女は特別審査員である。


「課長……」

「いや、だって、いじましいじゃない? 二人の男の子が、一人の女の子を満足させるために料理の腕を振るうなんて」

「課長、思いっきり楽しんでますね?」

「そりゃあ、私は第三者ですから。あと、美味しいもの食べられるのもあるけど、料理が出来る人の手際というのを見ておきたいのもあるわねぇ」


 ジト目で睨むと、新庄課長はあっさりと認めつつも、じっと真剣に見つめ始めた。

 まぁ、確かに二人とも手慣れてるけど。

 ちなみに上道係長と小田くんはバーベキューの方で忙しく立ち回っているようだ。ちらっと窓から様子を見ると、バタバタしているのが良く分かる。

 ああ、これ、あれだ。後で絶対上道係長が不機嫌になってるパターンだ……!


 もちろん、そんなことになっても、新庄課長がなんだかんだでおさめてしまうのだけど。


 それとこれとは違って、要はあたしの心が痛むのである。

 やっぱりやめさせた方が良いのかなぁ。

 けど、あのアスラがここまで行動を出すってことは、相当にフラストレーションが溜まっている証左でもあって。今、料理勝負くらいで留まっている間に発散させてあげる方が、後々良いんだよね。


「茜ちゃんは、色々と考えちゃうタイプなのね」


 そんなあたしを覗き込むつつ、新庄課長がふふ、と色っぽく目を細くさせてきた。

 いや、料理の様子見なくて良いんですか。


「たまには自分のことを考えるのも悪くないと思うわよぉ」

「……それ、前にも誰かに言われた気が……」

「意外だわ。バカみたいに大きい魔物には正面から立ち向かえるし、地面だってあんな勢いで破壊しまくれるのに、恋には臆病なのね」

「え?」

「天然なのか、それともイヤなことがあって封印してるのか」


 そっと、課長の手があたしの頬に触れた。


「ちょっと、お酒飲みにいかない?」

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