第41話 子供のかわいさ

「……で、結局、あたしらがするって言ったら、こういうことよね」


 いつもとは違う恰好、というか、あたしとしては何度目かのジャージ姿で、頭にタオルを巻きながらため息をついた。靴は長靴。さらに首回りにもタオルという、田舎作業がっつりスタイルである。

 これを似合うと手放しで褒められたのだが、正直微妙である。


 いや、そりゃ確かにあたしはガッツリとメイクして、髪も盛って、女性らしさをバッチリアピールできるような、キラキラでひらひらな服は着ないんだけどね。


 真面目な話、あの格好で自分の美しさを表現できている人たちは凄いと思う。

 反対に、こういう素朴な格好でまた可愛さを出せる女性もまたあたしは大好きだ。


 だから、思いっきり抵抗感があるワケじゃあないんだけど。

 でもあたしは一応、少し前までは都会で働くOLだったワケで。


「ここから、あそこまで、ポイントしたから分かるよね。爆発の規模には注意してね」

「分かってるわよ」


 矢野に指示をもらい、あたしはハンマーを担いでから大きく屈伸。何回もしなきゃいけないから、筋肉をちゃんと刺激して解しておかないと。

 肉離れとか、ないだろうけど、万が一にそなえないとね。


 どん! と勢いよく跳躍して、空中でハンマーを構える。技はたった一つ。


 あたしはハンマーを振り下ろしながら叫ぶ。


「ッパァァァァアァアイルッ! バンカァァアアアア――――っ!」


 ハンマーが地面に叩きつけられ、衝撃が伝播する。


 ――どっごおおおおんっ!


 ド派手な音を撒き散らし、陥没。衝撃波でそこら中の地面がめくれ上がる。クレーターというかは、衝撃で周囲の地面を爆発的に噴き上げさせたって感じ。

 威力を調整すれば、こういうことも出来るのだ。

 目的はもちろん、畑にする予定地の地面を耕すためだ。


 現実でやると、恐ろしく大変な作業である。


 大きい石や木の根を取り除き、地面をひたすらに耕していく。もちろん雑草といった類も取り除いてやらないといけない。

 そんな地道で時間のかかる、全身筋肉痛になること間違いなしの作業をショートカットさせるための荒業である。

 実際、今の一撃でめくれ上がった地面からは大きめの石は全部弾き飛んでるし、雑草も根こそぎいなくなっているので、除去は容易だ。

「「「ウゴッホウゴッホ!! (さすが長!!)」」」


 拍手喝采、興奮した唱和。

 あたしは背中からやってきた圧にちょっとびっくりしつつも、へらと笑いながら後頭部を撫でた。

 ほめたたえたのは、もちろんウゴッホ族の面々だ。


 下拵え的なことはやったので、後は彼らの出番である。もちろん、役所の人間も混じっている。今日は畑の一斉拡大作業だ。故に、ほぼ全員が狩り出されている。


 ちなみに町長は町の中にお預けである。


 あの人の特殊能力、レアエネミーと遭遇率上昇は危険である。超危険である。絶対何があっても町から出してはいけない。

 それでも参加したがるだろうけど、今頃副町長が縄で縛りあげてることだろう。


「ウゴッホ、ゴッホッホ (それじゃあ、みんなお願い)」


 あたしはウゴッホ語を駆使して指示を出す。

 言語は習得出来つつあるけど、まだ自在とはいかない。だから、彼らの言語で指示を出す方が良い。


「さすがアイっちだね」

「爆発的なことを言ってるんならワリと嬉しくないんですけど」


 あたしだって乙女である。

 こんなことで褒められたくはない。


「いや、それもそうだけど、指示も的確というか、ウゴッホ語が板についてきたというか」

「なんだろう、そっちも嫌かなぁ!?」

「え?」


 思わず頭を抱えるわたしに、矢野が不思議そうな顔をした。なんでそんな顔するねん。

 いやだって考えてみてよ。ウゴッホなんてゴリラを想像するような言語を巧みに操る女子て。誰が見てもアレやんか。お笑いやん!

 しかもこんな格好で! あたしのOLらしさどこいった! 最初からなかったね!


「じゃあ、次に行こう、次」


 ウィンドウで地図を表示させつつ、矢野は次を指示した。 


「何がじゃあ、よ。まぁ良いけど」


 今日は誰にとっても肉体労働デーである。そこは仕方ない。

 ウポッキャ族とも合流した結果、町の食料備蓄は凄まじい速度で浪費されている。もちろんウゴッホ族は森に、ウポッキャ族は川に出てそれぞれ狩りとかしているのだが、それでも追いついていないのだ。


 それに、小田っちが――あんなイベントを起こしたとはいえ――畑の範囲を設定し終えたし、あの例の怪物が破壊してくれた畑の修繕もあるし、で、急務に違いない。


 あたしは矢野からデータをもらい、またパイルバンカーを撃ち込む。

 割とMPも消費する技なので、連打はちょっと辛いのだけど、そこは回復アイテムを持ってきているので大丈夫だ。

 これも本来は使いたくないのだが――現状では遠出して他の町で購入する以外に手に入れる術がないから――今回、イベントが発生したことで行商人が来る可能性が高い。だとしたら、今までよりも手に入れやすくなるだろうから、の判断だ。


「ッパァァァァアァアイルっ! ヴァンカァァァァア――――っ!」


 また爆裂音を響かせる。

 めくれ上がった大地に、また皆が作業に取り掛かっていく。轟音に釣られて魔物がやってくるかな、と思ったけど、むしろ脅威を感じているのか、マップ上にも表示されない。


「ふうっ」

「お疲れ。次行こうか」


 まだ土煙が収まっていないのに、矢野が急かしてくる。


「ちょっとペース早くない?」

「どっちにしろ、今日中に終わらせないといけないし、それに……終わったら手伝いしないといけないから」

「二重の肉体労働が待ってるんすか、あたし」


 随分と荒い人使いである。

 いや、仕方ないんだろうけど。


「ていうか、あんたも同じこと出来るんじゃないの?」

「僕の場合は威力調整出来ないもん」


 それはどうだか。

 思いっきり咎めの視線を送るけど、矢野はどこふく風だ。まぁ良いけど。


 あたしはタオルで汗を拭い、次に向かおうと足を踏み出して、誰かにしがみつかれた。


 一瞬、敵か、と身構えるが、すぐに違うと分かった。

 だって、別に敵意とかそういうの感じないし、そもそも小さいし、ただしがみついてきたって感じだし。

 もしこれが敵だったらあたしにダメージが来ている。――……いや、通らないか。


「ううーこっほ! うこっほ! (おさ、すごい!)」


 矢野だろう、土煙が風に煽られて消えていく。合わせて姿を見せたのは、小さい子供だった。恰好で分かる。ウゴッホ族の子だ。いや、それだけじゃあない。ウポッキャ族の子もあたしにしがみついていた。

 それも、すっごいキラキラした目で。


 えっと、いや、あの?


 振り払うわけにもいかず戸惑っていると、子供たちはあたしに向けてそのちっちゃい手を広げて訴えてくる。


「うこっほ! ううこっほ! (おさ、もういちどみせて!)」

「ほっか! うほっかほか! (おさ、もういちどみせて!)」


 お、おおう、なんやこの天使どもは。


 思わず顔を綻ばせ、あたしは二人を抱き上げる。片手で一人を抱き上げるとか、女子にあるまじき行為かもしれないが、あたしのステータス値は簡単にそれを出来てしまう。

 とりあえず今はそんな悲しい事実はぽいだ。


「ったく、どこから来たのよ、あんたたちは」

「うこっほ! ほっほこ! (かーちゃんについてきた!)」

「ほっか! ほっほうか! (とーちゃんについてきた!)」


 半ば呆れながら訊くと、あっさりと答えてくれた。

 すると、子どもたちの親が全力ダッシュでこっちに走って来る。必死の形相だ。


 あたしはすぐに子どもたちを下ろし、親のもとへ向かわせる。


 駆けだした、まだあどけない子らを、親たちはしっかりと抱きしめてから抱っこした。

 ああ、いいなぁ。


「うごっほうごっほごっほ!」

「うぽっきゃ、ぽっぽっきゃ!」

「あーはいはい、分かったから、次から気をつけてくれれば良いから」


 必死に頭を下げまくる二人の親に、あたしは両手を上げて落ち着くように仕草を見せつつ言う。

 どうも子守りをしていたら抜け出してしまったらしい。

 まぁ、こんな外でそれは確かにあまり良くはないんだけど。そこは厳しく咎めても仕方ないし、次からはちゃんと注意するだろうし。


「なんて?」

「ひたすらに謝ってきたから許しただけよ」

「そう。それにしても、大人気ですね、アイっち」

「そりゃ、あたしが長だからでしょ」


 あたしはタオルで額を拭ってから言う。


「いやー、違うと思うなァ。だって、アイっちのその技に惚れてるんだと思うんだけど」

「それ、本気で喜べないわー……」


 がっくり肩を落とすと、矢野がそっとあたしの頭を一度だけ撫でた。


「まぁ、良いんじゃない。それもアイっちでしょ」

「矢野……」

「うぅぅうごっほおおおおお!! (長、長、長ぁぁぁっ!)」


 矢野のかすかな笑顔が聴こえたと思ったら、雄叫びが聴こえた。アスラだ。随分と興奮した様子で走って来て、あの子たちと同じように何か称えまくってくれた。


 う、うん。うん?


 子どもと違ってすさまじい迫力に、あたしは思わず引く。

 いや、褒め千切られるのは嬉しいっちゃあ嬉しいんだけど、その、破壊力を称えられても、ですね? いや、でも部族としては正しいのか? うわわっかんねぇ!


「はいアイっち、次はここだよ、ここ」

「あ、ああ、うん、分かった」


 矢野の指示に、あたしは返事をした。

 そんなあたしに、アスラは強い眼差しを向けて来た。


「長、俺、強く、なる。嫁、する。忘れ、ない」

「……アスラ……」

「そう思うなら、君は君の仕事をしなさいよ」

「分かってる」


 矢野が薄く呆れながら言うと、アスラはそう返した。


 あ、あれー。これって、なんか、こじれてる?


 嫌な予感に、あたしはちょっと背筋を凍らせた。

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