第40話 きゃめるくらっち。

 冒険者来訪イベント。


 それは、町を発展させていくにあたって、非常に重要なイベントである。

 何せ、この町はまだこの世界の人間には見つかっていない、秘境なのだから。つまり冒険者を助け、おもてなしをして、無事に帰すことで、ようやく認知されるのである。


 こうなると、ちらほらと冒険者たちがやってくるのだ。


 更に街道を整備すると、数も増え、商人たちもやってくる。この段階で、少しずつ物資が手に入るようになるし、商人たちと仲良くすると近隣の情報も入ってきて、やることがどんどん増えていくのだ。

 ただ、この頃から町のステータスに評判が出てくる。

 これが中々にクセモノで、町の発展に常に影響してくるどころか、最悪の場合、攻撃を受けたりもする。


 この評価はとにかく初動が影響するので、あたしたちは冒険者を丁重に扱いつつ町に招き入れ、即座に町長へ報告した。当然、新庄課長と上道係長も呼ばれている。

 ちなみに町長は何故かニヤニヤしてたけど、無視した。副町長が頭しばいてたし。


「現状を整理すると、我々は近隣で最強クラスの部族を二つ従え、食料自給率は低く、町の影響範囲もまだ広くない。後、街道とかは未整備……識字率とかも考えて、知的レベルはどれくらい判定されるか、だけど」

「難しいレベルね。ウゴッホ族もウポッキャ族も、まだ言葉を覚えている段階で、文字の読み書きまでは至ってないわ」

「部族が二つになったことで、人口比率も変わってしまったしな……」


 分析する矢野に、あたしが言葉を重ねる。上道係長は難しい表情だ。

 対して、新庄課長はポジティブな意見を持って来た。


「身分差とかはありませんし、不満指数も限りなく低い。更に治安も良い。これはプラス評価になるはずですけど、副町長。後、設備という点では正直言ってチートです」


 チートという点は納得した。

 この町のライフラインは整っているのだ。電気、水道、ガス。それに町の作りだって、そこらの村どころか、この世界の都市よりも堅牢な造りだ。

 そういう意味ではどこよりも進んでいる。そこが評価されるかは分からないけど。


「だろうな。つまりこの町はひどく歪つというワケだ」


 副町長は情報をオンタイムで取りまとめてから、そう評した。

 皺が少し多いのは、険しい表情をしているからだ。


「良い点も悪い点も多い、ってことだね。うん、実に僕の町らしい」

「そういう褒めるべきかけなすべきか分からなくなること言わないでください。町長。ちょっとコブラツイストかけますよ」

「いや、もうかけてっ、あだ、あだだだだだっ!?」

 町長はあらゆる関節から軋音をあげながら、必死にタップした。


「とにかく、今考えるべきは何か、ですね」


 そんな、普通では有り得ない町長と副町長とのやり取りを目にしつつ、新庄課長は微笑みながらしれっと親指を噛んだ。色っぽい。

 でもその通りだ。

 このいきなり降ってわいたイベントは、望むべきか、望まないべきか。いや、いずれ、色々な物資――特にコメとか――を手に入れるためには必要なことだった。けど、段階としてまだ早い。


 町の発展ではなく、町の維持のためにしなきゃなんないことが、まだたくさんある。


 その辺りは口にしなくてもみんな分かってることなので言わないけど。


「一応、無難に対応して、無難に帰ってもらう、がベターとは思う」


 口を開いたのは、フラットながらも声が小さくなった矢野だった。

 FFWの知識においては右に出るものがいない彼でも、迷っているようだ。いやまぁ当然なのかもしれないけど。

 正直、難しすぎる。


「じゃあ、ベストは何かな?」

「そんな悪戯な質問してくる人が町長で良いんですかー?」

「そうだな、今このタイミングでする質問ではないな」

「え? 痛っ。あれ、なんで僕今仰向けに倒されて、って……やめて、やめて? いた、いた、あっだだだだだだだだだだだ――――っ!!」


 華麗な足払いで倒された町長はそのまま見事なまでにキャメルクラッチを受けた。

 この一切の無駄のない動き。副町長は元プロレスラーか何かか? いや、その割には凄い痩せてるけど。

 そんな副町長は、真顔で「おやぁ、大分凝ってますねぇ、お客さん」と棒読みで言いつつさらに背中を反らす。


 あれよね、これに慣れたあたしもダメなんだろうか。


 いや、止めるつもりは最初からサラサラないんだけど。

 基本的に町長がやらかしてるし。


「あの、本当に……すみません。僕が外に出ていなければ……」

「小田くん?」


 あたしはおずおずと頭を下げた小田っちを見てちょっと驚いた。


「いや、小田くんは……ただ、畑の開墾可能エリアの細かい調査をしてたんでしょ? ミランダからはそう聞いたけど」

「うん。そうなんですけど、不用意に範囲を広めてしまったのが原因かと」


 言いながら、小田くんはみんなに見えるよう、オープンソースウィンドウを展開し、マップを表示させた。そこに刻まれているのは、おそらく小田くんの足跡。

 確かに、広範囲だ。ミランダを護衛に連れていくのも分かる気がする。


 その足跡を見て、矢野がすっと指を向けた。


「ここ。街道に近くなってる。たぶん、ここでイベントフラグが立ったのかも。NPC冒険者はランダムに街道を移動してるから、たまたま通りがかったんじゃないかな」

「あ、なるほど」

「それと、ここの街道は分岐ポイントっぽいから、ここから街道を伸ばすことも出来そうだし。それで余計にイベントが発生しやすくなってたんじゃないかな」


 いちいち矢野は見抜いてくる。

 このマップでそこまで把握するとか、どんだけよ。


 でもこういうツッコミはしない方が良いので、あたしは口をつぐむ。


 でもその可能性は非常に高い。

 だからって小田くんの責任にはならないのだけど。あくまで確率論だし。それに……。


「これだけゲームっぽいイベントって、初めてかもしれないわね」


 あたしは記憶を掘り起こして気付く。

 理由は単純だ。NPC冒険者って口にしても違和感がないくらい、ゲーム的なのだ。そもそも、盗賊の魔獣使いの魔力が無尽蔵にあったりとか、倒したら光のエフェクトがやってきて冒険者が出現したりとか。


 どう考えても、ゲーム的なのだ。


 そこがまた違和感なんだけど……。いや、今は考えても仕方ないか。

 でも、なんだかハメられたというか、そんな感じが拭えない。まるで、世界がこっちに慣れろと言わんばかりに。


「まぁ、それはそうかもだけど……」

「とにかく、小田っちの責任じゃあないよ。どの道、クリアしないといけないイベントだったはずだろうし」

「うう、でも……」

「問題ないさ」


 縮こまる小田くんに、優しい声をかけたのはキャメルクラッチから解放されて涙目になっている町長だった。イマイチ締まらない。

 けど、その表情は穏やかだった。


「今更何をどう考えたところで、僕らが絶対に成し遂げなければならないことは変わらないよ。とりあえずの急務としては畑の開墾だし、その順番に変更はないよ」

「そうですな。相沢さん、部族に頼んでおいた種イモなどの手配は?」


 町長の意見はもっともで、あたしたちは浮き足立っていることに気付かされた。

 やはり、こう、大局眼というか、そういうの広いなぁ。

 そんな町長についていける副町長も同様だ。


「あ、はい。もうほぼ完了してます」


 報告すると、副町長は頷いた。


「じゃあ、明日からはそれを実行していこう。畑の開墾は何よりも優先だ。冒険者へのおもてなしだが……こちらは新庄課長に任たいのだが」

「あら、手料理でおもてなしすれば良いのかしら」

「料理に関してはウゴッホ族のメニューで良いだろう」


 新庄課長の料理の一件を知っている副町長は完全にスルー決め込んで斬り捨てた。

 いや、まぁ、うん。

 まだ料理の修行中だしね、新庄課長。


「畑は一気に広げていきたい。上道係長、矢野くん、相沢くんは畑の作成。後に部族を率いて畑を耕すように。一度に広範囲をやるから、魔物の襲来は十分に考えられる。小田くんは全体を俯瞰し、適時サポートしていくこと」

「「「分かりました」」」


 みんなが頷いたところで、その場は解散となった。

 ぞろぞろと役場を後にしたタイミングで、しれっと矢野が隣にやってくる。どことなく気まずそうで、どことなく不満そうだ。


 そりゃそうだ。


 だって、いきなり呼び出されたしね。

 あたしもビックリしたわ。映画も終わり掛け、良いとこでいきなり緊急メール来るし、それがミランダの体力レッドゾーンのお知らせだったし。


 慌てて矢野に事情を説明して、ボックスから出してもらって、全力で駆け付けたのよね。それと、高速移動に矢野も手伝ってもらった。まさにウゴッホ。

 そしたら、あんなこと起きてたワケで。


 ああ、せっかくの休日だったのにな。


 ゲーセンに戻れば映画は観れると思うけど、今からじゃあ遅くなっちゃう。それに晩御飯食べてないしな。


「……映画、最後まで観たかったな」

「次の休みにでも、行けるんじゃない。場所は覚えたでしょ」

「そうね。でも、あたし、映画は一人で行く趣味ないのよね。こう、なんというか、語り合いたい人が欲しいっていうかさ」


 あたしは誤魔化すように半笑いを浮かべ、矢野を見上げた。


「……そうなんだ」

「でも、今からじゃあ無理ね。だから、さ。今度、また一緒にいこ? ゲーセンも楽しかったしさ。良い気晴らしになったわ」


 そう、良い気晴らしになった。それに、ちょっと気付かされたし。

 あたし。相沢 茜で良いんだって。


「また……一緒?」

「うん。ダメ?」


 瞬間、矢野は全力で首を左右に振った。おおう、ブレる、ブレとる。


「いく」

「そっか、良かった。それじゃあ、ご飯いこっか」

「え?」

「お腹空いたでしょ?」

「……うん。じゃあ、行こう」


 矢野はかなり小声になって答えてくれた。

 っていうか、あれ、両手両足が左右同時に出てるぞー。


 あたしはおかしくて、ついクスっと笑ってしまった。


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