第39話 矢を一〇〇か二〇〇

「こんな所で、盗賊の連中と出くわすなんて……」


 まして、そこにNPCの《魔獣使い》が紛れ込んでいるなんて!

 囲まれながら、僕は歯軋りする。

 矢野君のアドバイスを受けて、サブ職でガンナーは手に入った。でも悲しいかな、僕の装備は初期装備のハンドガン。ステータスも低いまま。前線で戦える仕上がりじゃあない。


 だからこそ、ミランダにお願いしてついてきてもらったんだけど。


 これは完全に想定外。

 あのNPC、ただ者じゃあない。無尽蔵じゃないかってくらい魔力を有してる。そりゃ、出てくる魔物はこの周囲に出てくるような、雑魚の魔物。僕でも時間と弾数をかければ倒せるものばかりだし(まだ倒せてないけど)、ミランダに至っては槍を振り回して大立ち回りだ。


 でも、それでも。


 ヤツは大量に魔物を呼んでくる。これだけ魔物が出てくると、いずれスタミナも尽きるし、押されてもくる。

 どうしたって、限界はこっちの方が早いだろう。そこまでは計算出来た。


「オマケに、通信妨害……イヤなイベント発生だな、本当に」


 僕は何度目かの救援要請が無駄になったことを知って、舌を撃つ。

 メッセージさえ送れないのだ。

 突発的な討伐クエスト系を強制受注させられたせいなんだろう。くそっ。


 なんとかして打開しないと。


 まずは――このクエストの達成目標の確認だ。どうしてかunknownになってしまって条件を確認出来ないけど、たぶん、あの《魔獣使い》を倒すのがそれだろう。

 けど、手を出すには手が足りない!


「って、うわっ!」


 横手から魔物の爪が襲ってくる。

 慌てて僕は逃げるが、たたら踏んで尻餅をついた。情けないし痛い!

 瞬間、ミランダがフォローに入って来て、その魔物を突き、仕留めた。


「集中!」

「ごめん!」


 短い叱咤は、それだけ余裕のない表れだ。

 僕は急いで起き上がり、ハンドガンを構える。今の僕では、ダメージを与えても数値としては一〇にも満たない。だから、かなりの弾数を撃ち込まないと倒せない。


 全ては、僕のステータスが低いせいだ。


 せめて、最低限、僕が戦える程度のステータスがあれば、なんとかなるかもしれない。

 だったら、レベルを上げる。今、ここで。


「ミランダ! 敵を仕留めるギリギリ一歩手前に留めて!」

「分かった」


 なんの躊躇いもなく返事をすると、ミランダは即実行してくれた。

 って、出来るのか! すごいな!

 驚いていると、ミランダは少し微笑んでいた。


「子供、狩り、教える、似てる」


 しれっと言われて、僕は膝から崩れ落ちそうになった。

 いや、まぁ、うん。

 こんな危機的状況じゃなかったら、ぶっ倒れてたと思う。


「そういうこと……」


 ――けど、ある意味では事実だ。

 僕は気合を入れて、ハンドガンのトリガーを引き絞る。

 弾丸が吐き出され、次々と魔物にトドメを刺す。すると、山のように経験値がやってきて、僕はすぐにレベルが上がった。


 ステータスが上がる。


 一気に攻撃力が上昇し、僕はたちまちに数発で魔物を仕留められるようになった。それだけじゃあない、動きもより速く!

 これで、持っていけるか――!?


「――くっ!」


 うめき声、否、苦痛の声。

 慌てて右を見ると、そこにはいつの間にか――いや、たぶんずっと前から――傷ついていたミランダが膝をついていた。慌ててステータスを確認すると、体力がレッドゾーンに向かっている!

 これは、マズい!?

 僕は歯噛みしつつ、慌ててミランダを庇う一に立つ。魔物を仕留めるためにハンドガンを連射しつつ、牽制で距離を取っていく。


「ミランダ!」

「情け、ない。一族、導け、ない」


 ミランダは悔しそうだった。これだけ、これだけ全身傷付いていながら!

 きっと僕を守っていたからだ、僕を――。

 くそ、だったら!


「僕が、ミランダを、君を守る!」


 僕は高らかに宣言して、目の前に迫って来ていたゴブリンの一匹を撃ち倒す。

 レベルアップの音。

 僕は即座にウィンドウを立ち上げる。レベルアップの恩恵は、何もステータスアップだけじゃない。次々と表示される、習得可能なスキルの一覧。

 本来は、今後のことを考えて慎重に考えるべきだろうけれど、今はそんなの言ってられない。まずは、何はともあれ、この場を切り抜けること優先!


「《早撃ち》《命中精度向上》《溜め撃ち》!」


 有用そうなものを選択し、僕は付近の敵を一掃する。

 けど、撃ち漏らしもある。その隙をついて、魔物の爪が僕の足を薙いだ。


「――あぐっ!」


 激痛に、血と声が漏れる。けど、そんなの構うもんか!

 僕は解析能力をフル活用して、NPCに狙いを定める。弱点、弱点、弱点!


 見つけた。


 スキルをフル活用し、僕は狙いを定める。

 チャンスは、一回!

 ドクドクと高鳴る心臓を抑え込み、震える手を律し、疲れと恐怖を忘れ。僕は引き金を絞る。

 軽快な音を立てて、銃弾は吐き出され、過たずNPCの頭を撃ち抜いた!


 断末魔はない。


 ただ、本当にあっけなく敵は倒れた。


「やった!」


 ――が。

 ガツン、と頭を殴られた。衝撃でワケが分からなくなって、視界もぐちゃぐちゃになって、何度も全身を衝撃が襲ってきて。

 ここで、やっとわかった。

 魔物に、レッドベア――熊の魔物に殴られたのだと。


 歪む意識。動かない手足。


 しまった、スタンか何かを貰ったのか!?

 体力も一気に危険になったのか、警告が体内を刺激する。ヤバい、これは、ヤバい!


「ぐうっ……!」


 ミランダも、起き上がろうとしてるけど、起き上がれない。

 ダメだ、ダメだダメだダメだダメだダメだ!! このままじゃあ、ダメだ!!!


 やめてくれ、そんなのやめてくれ。


 守れないなんて、やめてくれ。

 やめてくれ!!!


「ッッッウゥゥウウウゴッホオオオオオオオオオオオっ!」


 裂帛は、真上からだった。


「いっぱぁあぁああああああああああああああああつっ!!」


 大地を切り裂くような怒号。

 直後、爆発が起こった。一瞬で消えていく、魔物。剥がれ行く、大地。

 その奥で、オシャレな格好をした女子――相沢さんが立っていた。手には、相棒であろうハンマー。


 あれ、矢野くんとデートしてたはずじゃあ……?


 疑問に思う間に、相沢さんは衝撃波で吹き飛ばされた僕とミランダさんを肩に担ぎ、雄々しい着地を決めた。

 そんな彼女は必死の形相で僕たちを下ろすと、迫って来た。


「大丈夫!?」

「う、うん、ありがとう。でも、どうして?」

「部族の長はね、誰かが戦闘とかで体力がレッドゲージを迎えるとお知らせがくるの。それで飛んできたってわけ」

「と、飛んできたって……」


 文字通り? いや、でも相沢さんに飛行能力はないはずだけど。


「うん、ちょっとウゴッホしてやってきたの」

「ゴメンね? ウゴッホの意味が本気で分からない」


 思わず指摘すると、相沢さんは見る間に顔を赤くさせた。


「そそそそ、そうだ、そうね、あたしは一体何を口にして……なんでウゴッホしてって、いやでも実際ウゴッホしてきたワケで……」


 そして何やら自問自答を始めてしまった。

 ちょっと申し訳ないかも。


「ねぇ、小田っち」


 そんな僕に、怒りの声がやってきた。静かな、本当に静かな。

 思わず振り返ると、そこにはアドバイスした通りのコーディネートをした矢野くん。フラットな表情だけど、明らかに不機嫌だ。


 そりゃそうか。デートの途中だっただろうから。


 僕はごめん、と頭を下げる。


「もし小田っちじゃなかったら矢の一〇〇や二〇〇は浴びせてたかも」

「いや、本当にごめん。こんなことになるとは思わなかった」

「ホント。小田っちらしくないね。どうしたのさ」


 足下がふらふらしていると、矢野くんはしれっと支えてくれた。ついでに回復アイテムを使って体力を戻してくれる。

 ああ、ありがたい。


「いや、なんというか……NPCと戦闘になっちゃって」


 僕は後頭部をかきながら事情を全部話した。すると、相沢さんと矢野くんの顔色が変わる。


「魔獣使いのNPC……魔力が無限みたいって、まさか……」

「あー、っぽいね」


 分からず首を傾げると、二人は声を揃えた。


「「冒険者救出イベント、及び来訪」」


 そう二人が言うと、いきなり光が現れ、冒険者風の男――(でもボロボロ)が出現した。


「あ、ありがとう……! よくぞ助けていただいた!」


 そして、そう言ってのけたのである。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る