第38話 サービスって?

「お、おおおおおお、おい、見たか、ペアシートだぞ、ペアシートに入ったぞ……!」


 こっそりと物陰から見守りつつ、僕は興奮を抑えきれなかった。これは鼻息が荒くなろうものである。

 あの瞬が、女の子と、一緒に、隣同士の、席で! 密着!!


「町長。鼻息が荒いです。正直言って不愉快です」


 僕の下で同じようにのぞき見していた副町長が抗議してくる。

 そりゃそうか。誰もオッサンの荒い鼻息なんて浴びたくないもんね。

 僕は仕草だけで詫びて、ウィンクを送っておく。

 それにしても、勇気のある行為だとは思う。まぁ、あの茜ちゃんのことだから、絶対に何も思ってないんだろうけど。男としては悲しいよなァと思う。


 けどな、瞬。


 そこがまたチャンスであると気付け。

 あわよくば手を掴んで、雰囲気良くなったら、唇の一つでもっ……!


 ぐっと拳を握りながら熱視線を送っていると、副町長から呆れの咎めがやってきた。うう、冷たい、痛い! その視線はやめて!

 思わず副町長から逃げるように手を向けると、彼は口をへの字に曲げながら起き上がった。


「まったく。良い年をした大人がすることではありませんね。戻りましょう」


 ああああっ、ついに来たか! いかん、なんとかせねば!


「バカなっ! 副町長、こんな面白い……否、初で見守りたい度数限界突破のカップルデートを見過ごすと?」

「本音。包み隠すなら尻尾までちゃんとなさい。どうせ本心では心配で心配でたまらないだけのくせに」

「オッサンのピュアッピュアな部分を暴いて楽しいかい、副町長」

「どちらかというと醜いのですが、まぁ楽しくはないですね」

「徹底的にいたぶるスタイル!」


 本当にこの副町長は容赦がない!

 だが、ここはなんとしても見守りたい。腕を組み、さっさと引き上げようとしている副町長の袖を僕は掴む。


「なんですか、ダダをこねてもダメですよ?」

「地面に転がって手足バタついて泣き喚いても?」

「全力で撮影してネットに広めてやりたいですね」


 真顔で言い放ちつつ、副町長はスマホを取り出した。


「よし待って? それをしたところで、どうなると思うのさ?」

「割と本気で罷免されるんじゃないですかね」

「おいおい、そうなったらこの町はどうなると思ってるのさ」

「ご安心を。結局はなんとかなるものです」


 笑顔で言い放たれ、僕は戦慄を覚える。背中がぞっとした。

 この笑顔は絶対にやるパターンの方だ。

 いや、もちろん僕もそんなバカなことはしないつもりだけど。さすがに色々と恥ずかしいし、大人としてどうなんだって話だし。問題としては本気でやられると思っている部分なんだけど。


 本当、一体僕をなんだと思っているのか。


 漏れた呆れのため息に、副町長がため息を重ねてくる。


「町長。分かりましたか?」

「歯には歯をってヤツかい? まったく趣味の悪いことだ」

「そうではありません。とにかく、戻って町のため、仕事に励みましょう。若者の恋愛は若者のものです。我々に何か出来ることはありません。そもそも、覗きだなんて悪趣味、他の誰がしてる、と、思って……」


 饒舌な説教は何故か途中から歯切れが悪くなった、っていうか、副町長。露骨に顔が歪んでいるけど、全然大丈夫じゃないね。

 信じられない、から、怒りに染まっていく過程をたっぷりと眺めてから、僕は副町長のある意味で熱のこもった視線の先を見た。


 ――あ。


 そこには、やっぱり物陰から様子見をしている二人の男女。

 新庄課長と上道係長だ。

 何をやっているんだ、なんて訊くまでもない。

 即座に僕は動く。こっそりと背後に回りこんだ。こう見えて足音を殺すのも得意だ。


「やぁ、お二人さん」


 真後ろから静かに声をかけた刹那、二人の肩が大きく揺れる。

 あわや声を出しそうになってしまったようだが、なんとか飲み込んだようだ。素晴らしい。思わず拍手をしそうになったタイミングで、新庄課長が目の笑っていない、貼り付いたような笑顔で振り返り、流れるような動作で僕を穏やかに地面に叩き伏せた。


 って、はい?


 抵抗する暇などなく、新庄課長の腕が僕の喉に乗っかる。

 あれ、あれ、あれれぇ?

 ちょっと待って、このままだと僕、死んじゃう!?


「あら、町長じゃないですか。もう驚かさないでください。後少しで喉を切り刻むところでしたわ」

「言いながら懐から何を取り出そうとしてるのかな? 新庄課長?」

「ええ、喉を一息にやってしまおうかと。大丈夫です。死にませんから。ちょっと声を失うかもしれませんけど」

「止めよう? そんなことをしても良いことは何一つとしてないよ?」


 本気で脂汗をかきながら僕は抗議すると、ぽん、と頭上で音がした。


「成る程、喋れなくさせる、か。妙案かもしれない」

「副町長!? そんな手を叩いて納得しないで!?」

「まぁ、アレっすね。そうされても仕方ないんじゃないですかね」

「なんでまた!?」

「「「日頃の行い」」」

「即答だったね! せめて疑問符はつけてほしかったなぁ!」


 涙目で訴えるけど、誰も慰めてくれない。

 良いのか、町長をないがしろにするこの部下たちっ! いやっていうか、このままじゃいけない流れだ。何とかしないと。


「っていうか! そもそも、二人とも何をしてるのさ」


 僕は話題を戻す。

 すると、二人は同じように顔を反らした。あら反応一緒。ちょっと可愛いね。

 同時に僕は自分のペースを掴んだことを察した。


 つまり、これはイジりネタになるっ!


 新庄課長から抜け出し、僕は腕を組みながら立ち上がる。出来るだけ、威圧を乗せて。


「部下のことが心配になって様子見――否、のぞき見に来た。という割には、格好が随分とおめかししてる感じだね、しかもお二人とも」

「へっ、いや、い、いい、そ、それはっ!」

「せ、せっかくのオフですから、ゲーセンでも行こうと思っただけで、そのっ」


 慌てふためく二人の反応は同じだ。というか、新庄課長が取り乱すなんて珍しいな。

 珍妙なものが観れた。


「その? 何?」


 ニヤニヤしながら訊くけど、副町長がすぐに遮って来た。


「町長。部下をいじるのは感心しませんぞ」

「ねぇ、上をいじるのは構わないのかな?」

「良くありませんが、町長なら構いません」

「個人攻撃!」


 僕はまたツッコミを叩き入れる。本当に今日は容赦がない!


「まったく。妙齢の男女が、それなりの格好をしてこのような場所でウロついているとなれば、答えは一つしかないでしょう。逢引に決まっているじゃないですか」

「逢引とは、また古い言葉を使うね」

「古い人間ですからな、私は」


 しれっと認めて、副町長は鼻を鳴らす。

 我が町は職場恋愛を禁止していないから、罰することは出来ないけど、良いとは思ってないみたいだね。確かにそうだ。結託して不正をしないようどちらかは部署を変えてもらうことにはなるが――。


 この二人を異動させることは出来ない。


 だからこそ、不快感を示しているのだろう。

 だって、規則を破ることになるからね。今の現状では、ルールよりも町を守るという方が優先されるべきだから。


「まぁ、恋路とは自由であるべきだからな。縛られるのは我々世代でおしまいだ」


 あ、柔らかいところを見せた。意外だ。

 ちょっと驚きながら副町長を見てから、僕は腰に手を当てる。


「そういうことだね。自由にするといい。でも、アレだね。君らデートしつつも、あの二人のことも見てたね?」

「そ、それは、まぁ……」


 あっさりと認めたのは上道係長だ。


「気になるよね、やっぱ気になるよね。よし、お互い結託して観察しよう」

「いやそこはお叱りになられないんですか」

「そういうとこ、本当に町長って感じですねぇ」


 上道係長は即座にツッコミを叩き入れつつ、新庄課長は頬に手を添えながら微笑む。

 よし、これで味方は作った。残りは――!


「ダメですよ、町長」


 僕の後襟首をしっかりと掴みつつ、上背のある副町長はその威厳を最大限にして示してきた。あ、これ、ちょっと怒り。

 ぶらりんと足が浮かぶ。わぁ、吊られてる。


「戻りましょう。もう時間はこれ以上割けません。タイムアウトです」

「そんなぁ……ねぇ。ダメ? 今日、サービスするよ?」

「そんな誘惑に私が釣られると思いますか? 無意味です」

「あっはい」


 ぴしゃりと言い放たれ、僕はそう言うしかなかった。

 ドナドナの如く僕は連れていかれながらも、二人にメッセージをこっそり送る。


 動画撮っといて。後で、見せて。


 ――と。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 今頃、矢野くんは無事にデートプランを遂行していれば、映画を観ているくらいかな。

 相沢さんの好きそうなものはピックアップして送っているから、たぶん話題についていけないってことはないだろうけど。


 でも、――でも。


 これはちょっとマズい、よね。

 僕は痛む全身に鞭打って、なんとか起き上がる。ぱらぱらと砂が落ちる。

 傍には、同じようにボロボロになりつつある、ウゴッホ族の女傑――ミランダ。


 そう。

 僕らは今、危機的状況にあった。


「まさか、まさか、こんなコトになるなんてね」


 ぐるりと囲んでくる魔物たちを睨みつつ、僕は手にしたばかりのハンドガンを握りしめる。残弾はまだまだある。僕のレベルが低いのが難点だけど。

 いい加減に荒々しくなっている息の中、ミランダは得物を握って、冷静だった。


「ウダウダ言う、良くない。今、切り抜ける。それだけ」



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