第37話 ペアシートの意味

 コトン、とテーブルに置かれたのは、中華のメニューだった。どれもこれも香ばしくて強い香りを放っている。香辛料とか、調味料とか、慣れ親しんだものがふんだんに使われているのがすぐに分かった。

 用意されているのは、ホッカホカの湯気の立つ中華まんに、から揚げ、とろとろの卵スープ。つけあわせはサラダ。後、物凄く色の濃いプリン……たぶん、マンゴープリン。


 良かった。


 あたし、杏仁豆腐はそこまで得意じゃないんだよね。いや、美味しいんだけど。でも、マンゴープリンの方が好き。

 っていうか、これ、あたしの好物ばっかりじゃん。

 リサーチしたのかってくらい、どんぴしゃなんだけど。


「お、美味しそうっ……!」

「うん。美味く出来たと思う。まぁ、有名店の調味料とか使ってるってのもあるけどね。でも、食材も抜群なんだよ。朝から狩りにいったし。まぁ、お米はないんだけど」

「そうなんだ」


 珍しく矢野が饒舌だ。

 それだけ自信があるってことなんだろうな。それじゃあ、早速いただきますか。

 

 あたしはパンと手を合わせて一礼。


「いただきますっ」


 あたしはまずから揚げから食べることにした。

 お箸がないので、フォークで突き刺す。衣はパリッパリだ。でも、分厚くない。すぐにお肉の手応えがやってきて、じゅわっと肉汁が溢れてくる。この黄色いスープだけで分かった。この肉、アルバードだっ!


 早速かじる。


 ザクッとさくっが入り混じる、この食感。

 悪くない! むしろ良い!

 それに、それにっ! このアルバードの旨味っ! じっくりとタレに漬け込んでるはずなのに、全然負けてない! しかもジューシーすぎる! 口の中がたまらないっ! これ、もうたまんないよ――――っ!


「すっごい、おいしっ!」


 口の中が旨味でたっぷりになったので、あたしはサラダに手をつける。

 トマト、レタス、ニンジン、ゴボウ、あとこれ、キクラゲに、メンマ。あと、キノコもある。それをさっぱりした中華ダレで纏め上げていて、とっても美味しい。

 食感が楽しい。シャキシャキだけど、それぞれ違う。


「次はスープね」


 とろみがつけられたスープ。

 しっかりと中華出汁のふんだんに使われたスープは、口に優しい。ここにもしっかり野菜が使われてて、嬉しいなぁ。

 口を一回リセットしてから、あたしは中華まんに手をつける。


 ほっかほか。


 柔らかい生地は、仄かに甘くて、今までのシャキシャキじゃない。美味しい。

 もっちもちの生地はそれだけで良いのだけれど、すぐに餡が出てくる。これも肉汁すごい!


「おいっし……!」


 たんなる肉汁だけじゃない。野菜もふんだんに使われてる。


「有名店の点心を温めただけなんだけどね、それ。さすがに一から作るスキルはないし」


 まぁそりゃそうだ。

 中華まんってめっちゃ奥が深い。これだけの味は、簡単に出せない。


「あれ、これって関西の有名店じゃない?」

「そうだよ、ほら」


 言う矢野が指さしたのは、矢野が使ったキッチンの店だ。あ、確かに。


「本当はチャーハンとか作れればいいんだろうけど、そういうのはね」

「お米、か……でも確か、このゲームにもあったよね?」

「うん。南国に稲が自生してたはずだから、それを採取して、五世代くらい改良したら日本米になるはずだけど」

「南国、か……結構遠いわね」


 FFWの初期位置は、中央の北寄り、国境線さえ定かではないフロンティアにある。

 ここから南国へ行くにはさすがに時間が掛かる。

 戦力的には、あたしと矢野、新庄課長、上道係長のパーティで行けば攻略は可能。でも、そうなると町の防衛はかなり弱くなる。ウゴッホとウポッキャの戦闘民族がいるけれど、まだそこまで高度な防衛戦が出来るまで育ってないし。


 っていうか、言語能力強化中だしね。


 一応、指揮能力の高さはミランダがいるから、素地としてはしっかりしてると思うけど。

 うーん、でもこれを考えるには、まだ。

 まずは畑を広げる方が大事だよね。何をするにしても、内政がしっかりしてなかったら何もならないもの。しっかり地に足をつけないとね。


「なんかさ」


 あたしが深く考え込んでいると、矢野の声が呼び起こしてくれた。

 思わず顔を見ると、矢野はちょっとつまらなさそうだった。


「アイっちって、常に周りのことを考えてるんだね。周り、っていうか、町のこと?」

「え……? いや、そりゃ、町の一員になったから、ね? それに部族も……」

「うん、それは分かってるよ?」


 あれ、なんであたしは今、言い訳をしたんだ?

 矢野はフラットに言い返してくる。


「でも、なんでアイっちは、ずっといつだって、自分を殺して、周りだけなの?」

「……え?」


 ――?


「僕は今日、アイっちと遊びに来た。でも、アイっちは、どこにいるの?」


 がつん、と頭に衝撃が走った。

 あたしは、あたしは――。いったい?


「君はずっと頑張ってきた。でも、やりすぎ。いつまでその重圧を背負ってるつもり? いつまで、アイっちは自分を殺して、いつまで、どこにいるの?」

「――矢、野……」

「僕は、アイっちと遊びたい」

「……ごめん」


 あたしは思わず謝った。

 そうだ。そうだった。あたしは、あたしだった。


 今は、今くらいは、忘れても良いよね。


 ありがとね、矢野。


「もちろん部族の長だし、色々とやらなきゃいけないのは分かるんだけど、ね」

「うん、ごめんね。あたし、うん。今は忘れて遊ぶことにするわ」


 思わず顔を綻ばせて言うと、矢野はいきなり顔を背けた。それから自分の分を一気にかきこんでいく。

 あらあら、良く食べること。


「分かれば良いんだよ。分かれば。ということで、ご飯食べたら、映画観に行こう」

「映画? 町に映画館なんて無かったでしょ?」


 町のマップ構造はさすがに理解してる。……迷いそうになるけど。

 こう見えて映画は結構好きなので、通ったりするのだ。でも、この町にはない。それはちゃんと把握してる。


「ないけど、このゲームセンターにはあるよ?」

「へ?」


 中華まんを食べ終えて、あたしはスープとから揚げとサラダを平らげる。

 自分の中ではゆっくりめだったのだけど、やっぱり矢野から変な顔された。おかしい。


 とりあえずあたしはマンゴープリンに手をつける。


 ん、濃くて美味しい。

 しっかりと堪能してから、あたしたちは移動した。


 エレベーターではく、階段を降りた。

 どうやらそっちからの方が近いらしい。矢野の後ろをついていくと、ゲーセンなのに音がない空間があった。


「へぇ、こんなトコあったのね。なんか、パイロットシートがいっぱい並んでるわね」

「うん。この一つ一つがミニシアターになってるんだよ」

「ミニシアター?」


 まるで体験型アクションのボックスだ。

 薄暗い部屋なのも、映画館っぽくするからだろう。どうやらお金を入れると、ボックス外側のモニターが起動して映画を選べるようだ。


 しかもその種類、半端じゃない。


 あたしはタッチパネル的のモニターを操作して、驚いた。

 こ、この映画はっ……!


「あたしが観たいと思ってた最新作っ!」

「あー、これか」


 PVを前にして、あたしは思わず指を震わせた。


「……これが観たいの?」

「っていうか、配信されてたんだ?」

「これは最新型で、色々な配給会社と契約してるんだ。だから、数はかなりあるよ。それとと、オンラインで動いてるから、常に最新情報が手に入るし」

「え、ってことは、これは現実世界と繋がってるの?」

「ネット回線だけはね」


 なるほど、そこらへんはもう確認してるってことね。

 短い言葉で、あたしは理解した。


「でも、これがアイっちの観たいもの……?」


 そういう矢野はちょっと顔を引きつらせていた。何よ、と睨むと、くっく、と笑った。


「いや、なんか、アイっちらしいなって。こんなド派手なアクション……っ!」

「だって、良いじゃない! スカってするし!」

「まぁ僕も嫌いじゃないから、良いけどね。ド派手なアクションのヒーローもの」

「じゃあ決まりってことで」


 あたしは早速ウィンドウを操作してお金を払う。

 こういうトコはゲームっぽいのよね。

 なんて思っていると、ボックスのケースみたいな蓋が開いた。中はペアシートと、大きめのスクリーン。まさにミニチュアシアターって感じ。


 へぇ、ちょっと……。


 席、近い、というか、一緒じゃない?

 これってカップルシートのタイプじゃないかしら。中には三人とか四人とか座れるタイプもあるっぽいのに、どうしてこれを選択したのか。くそ、近かったからだよ!

 けどもう、お金も払っちゃったし、座らなきゃ。


「あたし、奥ね」

「わ、わわわわわわわわ」

「って何噛みまくってんの、あんたは」


 思わずツッコミを入れると、矢野は何故か手足を同時に出してきた。

 緊張しすぎたテンプレかましてんじゃないわよ。

 遊びに誘ったのは、そっちでしょうが。


 とはいえ、口に出せば何かしら拗ねられそうなので、ごくんと呑み込んでおいた。

 さっと座る。

 すると、オプションで選んでおいたポップコーンとコーラが出て来た。おお、こういうトコは近未来的。


「ちょっと、早く座りなさいよ」

「う、うん」

 

 矢野は及び腰になりながら、ゆっくりシートに座った。

 すると、出てくるのはメロンソーダとスコーン。ちゃっかり頼むものは頼んでんのね。


 ボックスの蓋が閉まり、スクリーンがオンになる。

 ――映画が、始まる。



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