第36話 残念なところは残念
「おりゃっ、おりゃあああああっ!」
レバーを巧みに動かし、ボタンを素早く押し、画面の刹那の変化に反射神経を研ぎ澄まし、あたしは脳をフル回転させてコンボを組み立てて叩き込んでいく。
相手もただやられるだけではない。
回避、ガード、カウンター。あらゆる方法を狙ってくる。あたしもそれを察知し、次の行動に備える。
結果、互いの体力はジワジワとしか減っていかず、制限時間いっぱいになった。
うぬぬぬ、固いっ!
画面に表示された「TIME UP!!」を見て、あたしは悔しさに拳を握った。間違っても台パンはしない。あれは最低のマナー違反の一つだ。
「や、やるわね……!」
「そっちこそ」
今の一戦でかなり脳の糖分を消費したのだが、矢野は平気そうだった。
ま、まずい。このまま連戦したら、余裕があるっぽい矢野の方が有利っ!
あたしは微塵の油断も出来ないギリギリの攻防だったのだが、向こうはそうではないらしい。このゲームは純粋な格闘戦なだけに、ワンチャンが大きい。
一瞬の隙、油断を突く。
故に、さらしてはいけない。
そんなテクニカルなゲームなのだが、こうなるとあたしの不利だ。
案の定、次の一戦では隙をさらしてしまい、あっさりと負けてしまった。
その次では逆に油断した矢野を突き刺してイーブンに持って行ったけど、何度か対戦すると、やっぱり矢野の方が勝ち越した。
って当たり前やん。
矢野はゲーマーだぞ。超のつくゲーマーだぞ。
あたしが勝てなくて当たり前。なのに、なのにっ……!
「うぐっ……!」
「悔しそうにしてるね」
「そりゃね! でも楽しかったー!」
久々に平和的に真剣勝負が出来たのだ。これは楽しい。
「そっか、良かった」
「次、何するの?」
「んー、そうだね、音ゲーとか」
「あ、良いね。最近いっぱい出て来てるもんね」
色々なジャンルがあって、かなり楽しいエリアになっている。それと、個人的にだけど、筐体のデザインもすごく凝ってて、女子でも楽しめる仕様にもなっている。
早速階を変えて遊ぶ。
手をダンスみたいに動かして遊ぶやつだったり、指先を器用に動かすやつだったり、本当に色々とあって、しかも運動にもなって良い。
あたしたちはステータスがかなり高いので、疲れないしね。
ちなみに音感はあたしの方があるらしい。
スコアは際どくあたしの方が上だった。ちょっと悔しそうにしてる矢野が面白かった。
いや、矢野は恐ろしく正確なんだけど、ボタンとかに反応してるのよね。せっかくの音ゲーなんだから、音に乗らなきゃ。
たぶん、上道係長あたりは共感してくれるはず。
「ふぅ、結構動いたわね」
一通り楽しんだ頃、時間はもうお昼を迎えていた。
ゲーセンってあっという間に時間過ぎるのよね。動いたせいもあって、お腹もすいてきた。
「上にご飯食べるとこあるよ。一応、天空レストランって銘打ってる」
「一応て」
思わずツッコミを入れると、矢野はエレベーターのボタンを押した。
客はあたしたち以外にいないらしく、すぐにやってきた。アミューズメント施設らしく、そこそこ広いし、広告だらけだ。
「ま、行けば分かるよ」
懐かしい駆動音と、懐かしい匂い。思わず深呼吸すると、矢野は思いっきり不審そうな表情を向け、露骨に引いた。
っておい!
いや、確かにあたしも今気付いたけど! ちょっと恥ずかしいなって思っちゃったけど!
「し、仕方ないじゃない、久しぶりって感じだったんだもん!」
「だからって、節操なさすぎでしょ」
「そりゃ、ここにはあんたしかいないからでしょうが。あんたに遠慮なんて要らないし」
呆れる矢野に噛みつくような言い返しをすると、何故か矢野が顔を背けた。
最近、こういう仕草多いんだけど、クセか? しかもなんかブツブツ言ってるし。
今度はあたしが不審そうな目線を矢野にぶつけるが、エレベーターがぽんと鳴って止まった。
到着だ。
「いこう」
「なんていう切り替えの早さ」
一瞬で矢野はフラットになると、表に出た。あたしもツッコミしつつ後をついていく。
目の前にあるのは、フードコートだった。確かに広い。お金はしっかりかけたのか、机も椅子も良いデザインだ。
……──が。
「……天空とは」
「だから言ったでしょ、一応って」
「いやでもさ、最上階じゃない? だったら外の景色が見えても良いと思うんだけど」
そう、このフードコート、何故か窓がない。というか、窓際だろう場所は全て店舗になっているのである。
「なんかね、色々な大人の都合によってこうなったんだって。で、せめて天空っぽさを出すために、壁とか床とか天井とかに、空模様を描いたんだって」
「うん、そっかー」
あたしは無感動な声を出すしか出来なかった。
いやだって、その天空イラストがかなりファンシーな感じだもんで、全然こう、天空って感じがしない。
どこのお子さま部屋の壁紙だよ。
しかも室内が微妙に暗いので、雰囲気としてはチグハグである。
「割りとツッコミ所しかないんだけど、フードコートのお店、閉まってるわね」
「うん。そりゃ店員さんいないし」
「じゃあどうすんのよ」
「作るんだよ」
そう言って、矢野は指を踊らせる。アイテムストレージを開いているようだ。
淡い光を出しながら出てきたのは、食材たちだった。
「調味料はキッチンにあるから」
「なるほど、ある意味で自給自足。しゃーないわね、それで何を作るの? エプロンはどこ?」
新庄課長からの借り物なので、服は汚せない。エプロンは必須である。
けど、矢野が手で制してきた。
きょとんと首を傾げると、矢野は一人で食材を両手で抱え持った。
「僕が作るから。アイっちはテーブルで座ってて」
「え、いいの?」
目をぱちくりさせながら言うと、矢野は頷いた。
作れるの? なんて訊かなかったのは、矢野がそこそこ料理出来ることを察しているからである。
よっぽど専門的で難しい料理じゃない限りは、さくっと作ってくれるだろう。とりあえずおもてなししてくれるつもりみたいなので、あたしは甘えることにした。
「あ、先にジュース持ってくるね。何が良い?」
「えっ、ジュースなんてあるんだ」
いったん近くにあったお店のキッチンに入った矢野が、カウンター越しに訊いてくる。
驚いていると、矢野は頷いた。
「定期的に補充されるジューサーバーがあるからね。色んな店のがあるから、一通りは揃ってると思うけど」
「ちょっとホラーちっくに言うの止めよう? とりあえずコーラで」
「分かった」
矢野は勝手知ったるなのか、慣れた動きでグラスを取り出すと、大きめの氷を入れてジューサーバーに設置、コーラのボタンを押す。
出てきたのは、見慣れた黒い液体だ。
とくとくとくとくとく……じゅわわわわぁ。
炭酸が強烈に発泡し、泡がグラスから溢れそうになる。けど、さすがジューサーバー。それをセーブしつつ限界まで注いだ。
ああ、しゅわしゅわだぁ!
現代人が、これにときめかないはずがない。我慢ならずにあたしは席を立った。
「アイっち、悪いけど取りに……──ってすごく近くにいたね」
「うん、そりゃまぁ、ね?」
「楽だから良いけど。はいどうぞ。お代わり欲しかったらまたカウンターに来て」
カウンターにことんと置かれたコーラを、あたしは受け取る。
並々と注がれたコーラをちょびっと口につけて入れる。
舌が甘ったるいとさえ感じた刹那、しゅわっ! と炭酸が弾ける。
久しぶりの感覚に、ほっぺがじーんってした。ああ、これたまんない!
爽やかさをそのまま喉を鳴らして胃に送り込む。分かりやすい甘さだけを追求したジャンキーな味だけど、これがたまらないのである。
一気飲みするとさすがにお腹へ溜まるので、あたしはそこそこにしてテーブルへ戻った。
その頃には、キッチンから包丁の音がやってきていて、ちょっと楽しくなった。
誰かが作ってくれるごはん。
それだけで嬉しいものだ。もちろんカオスな料理が出てくるとたまったもんじゃないけど、矢野なら無いだろうし。
というか、絶対にここでちょくちょく作ってたわね、あれは。
ゲームを愛してやまない矢野である。当然のように想像できた。
しばらく待っていると、じゅーっと音がしたり、油の弾ける音がしたり。やがて中華っぽい香りがやってきた。
ぐう、とお腹が鳴る。
こ、これは、たまんないわね……!
あたしはたまらずコーラをちびちびやって行く。
「お待たせ」
そんなコーラも半分以上無くなった頃、矢野がトレイを持ってきてくれた。
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