第31話 だって破壊しまくるから

 太陽が夕日になろうとする頃、交流会は終わりになった。

 矢野が予測していた通り、あたしはスピーチさせられた。まぁあたしは部族の代表な立場であって、目的は町のみんなと交流なのだから、考えれば確かにそうなんだけど。

 それでも大役をこなし、あたしは壇上から降りる。


 あーもうホントに疲れた。


 今回はマシに纏められた気がする。たぶん。みんなの視線がちょっと何かを期待していたような気がしたけれども! そんなもんガン無視だガン無視!

 それから閉会の挨拶があって、後片付けが始まって。


 あたしは色々とあったから、その後片付けは免除してもらった。


 ていうかもう、ホント、色々とありすぎ。

 回復魔法はかけられても、精神的疲弊が治るはずがなく。あたしは自宅への帰路をてくてくとついていた。


「アイっち」

「長」


 声をかけられたのは二人同時。

 振り返ると、何故か微妙な距離感で微妙に睨み合ってる矢野とアスラ。

 いや何してんの。


 あたしは肩を落として呆れるも、ツッコミを入れる元気まではない。


 いやだって、どうしようもないでしょ。

 そもそも何で睨み合ってんのよ、この二人は。子供か何かか。


「あたし、帰るね……」


 町の中では武器も攻撃魔法も使用禁止だから、滅多なことは起こらないだろう。何があったか知らないけど。


「「待って」」


 今度は同時に同じ言葉を出し、振り返るとやっぱり二人は睨み合っていて。

 もう。


「……用件は何よ。悪いけど、あたし割と疲れてるの」

「それ、分かる。だから、長、背中、流す」

「……は?」


 一瞬言われた意味が分からなくて、あたしは思わず眉根を吊り上げた。


「部族、風習。長、頑張る、成果。労う。風呂、一番。部下、背中。流す」


 わざわざジェスチャーまで入れて、アスラは真剣な表情で言った。

 いやけど待てぃ。あたしは女やぞ。


 確かにお風呂大好き日本人だけど、さすがに異性と入る風習まではないぞ。いや、恋人ならするだろうけど。


 あたしとアスラはそんな関係ではない。

 けど、アスラは部族の風習の一つとして提案したのだろう。たぶん。


「それは有難いけど、お風呂はゆっくり一人で入りたいかなぁ」


 なので、なるべく傷付けないように、あたしはやんわりと断る。思わず自分の髪を撫でてしまう。あ、結構痛んでる。これはすぐにでもヘッドスパフルコースでは?

 いや、でも自宅にあるのはシャンプーとトリートメントだけだし。


「分かった……」


 ああ、なんかしょんぼりしてるしっ!

 いやでも仕方ない。ここは、仕方ない。


「アスラ。明日からもやる事があるんだし、君も早く帰ってゆっくり休むこと。いい?」

「いや、明日と明後日は休みだけど」

「あれ、そうなの?」

「僕らだってずっと働き詰めだったら倒れるからね?」


 矢野に当然のことを言われて、あたしは苦笑した。

 そりゃそうだ。


「もちろん、敵襲だったりとか、緊急事態が起こったら対処はするけど、そうじゃない限りは何しても良いよ。まぁ、外へ遊びには行けないけどね」


 むしろそういう環境ではない。

 もちろん、食料調達のために狩りにいったりだとかはあるだろうけど。


「けど、部族、ごはん、調達、したい」

「それは日常の営みだから、しても良いけど……」

「確かに、食料、提供。ありがとう。でも、部族、できるだけ、調達、する」

「それは、提供してる食料が口に合わないってこと? だったら品物を変えたりすることも出来るけど」


 アスラのたどたどしい言葉を汲み取りつつ、矢野は少しゆっくりな口調で訊ねた。

 こういう気遣いというか、反応は鋭いのよね。っていうかさっきまで睨み合ってたじゃんあんたら。いや、いいんだけど。

 アスラはすぐに首を横に振った。


「違う。狩り、採集、腕、落とす、良くない」

「……なるほど、そういうこと。クオリティ維持のためか。だったら僕らに何か言うことはないよ。外へ出るのも、君たちの戦闘能力なら問題ないし」


 矢野はあっさりと引き下がった。


「とにかく、そういうことだから。アスラ、帰ったら?」


 ってそれが目的かい。

 あたしは苦笑した。どうにもこうにも、二人は仲があまり良くないらしい。仲良くしてほしいものなんだけどなぁ。

 男の子とは意外にフクザツである。

 アスラはその言葉を受けて、少しだけ下がるが、まだ俯いたままだ。


「……どうしたの?」


 気になって訊ねると、アスラはゆっくり顔を上げた。


「長。俺、失敗。挽回、したい。何か、したい」

「アスラ……」

「俺。長。愛してる。妻、したい。一生、守る。添い遂げる。子供、いっぱい作る」

「へっ、え、えっ?」


 怒涛の告白と願望がやってきて、あたしは一気に戸惑った。

 ちょ、ちょっと待って? いくらなんでも情熱的過ぎない!?


「だから、俺。いう。愛。好き。ラブ」


 ぐいっと近寄ってくる分、あたしはぐいっと逃げる。


「幸せ、する」


 え、ええ、えええええええ。

 真っすぐ見つめられて、あたしは逃げ場を失う。

 これが単なる男だったら、たぶんジャブから右ストレート、オマケに回し蹴りのコンボで沈めるところなんだけど……。アスラは絶対本気なのよね。本気でやり遂げようとするのよね。一途というか、猪突猛進。


 でも――でも。


 ここでホイホイと身を預けるのは、ちょっと違うと思う。

 あたしは、まだアスラのこと知らないし。アスラだって。それなのに。


「いい加減にしろよ、アスラ」


 そこに割り込んできたのは、矢野だった。


「忘れたの? アイっちは、少なくとも自分より弱いヤツとは付き合わないんだよ」

「覚えてる。当然」


 また二人に火花が散る。


「けど、愛。伝える。それ、これ、違う」

「……あっそ」

「俺、強く。なる」


 アスラは寂しそうに言ってから、踵を返して帰っていった。

 あー、びっくりした。現地人ならではの情熱的行動なのかしら。もしあたしが失恋してなかったら、コロッといってたかもしれないわね。


「真っ直ぐな子ね」

「……アイっちは、そういう人の方がいいの?」


 ちょっと微笑んでいると、矢野が拗ねたように訊いてきた。


「なんでいきなりそんなこと?」


 純粋にそう思って訊き返すと、矢野はぷいっとそっぽを向いた。

 なんだ。なんでや。なんで拗ねとるんやこの子は。

 ホント、男って分からん。

 とりあえずアレか、答えないといけないヤツかこれは。


「良いか悪いかって聞かれると難しいけど……ただ、好意をストレートに伝えてこられることそのものは、嫌じゃないわよ?」

「……そう」


 矢野は小さく呟いてから、何故かちょっとそわそわし始める。


「じゃあ、明日。ゲーセンいこう」

「ゲーセン?」

「約束」


 ぶっきらぼうに言われて、あたしは思い出した。

 そう言えば、メッセージで遊ぼうって言ってたっけ。そっか、それか。

 あたしは納得して、大きく頷いた。


「そうね。いこっか」

「じゃあ、明日十一時でいい?」

「分かったわ。どこ集合?」

「……迎えに行く」

「そう? 助かるわ」


 あたしはまだこの町の全部に慣れてるわけじゃないので、そう言ってもらえると安心だ。いや、マップ機能があるから迷わないとは思うけど。


「じゃあ、明日」


 矢野はそれだけ言うと、あっさりと立ち去っていった。

 というか、そそくさ?

 うーん、良く分からないわ。

 でもそれをいつまでも気にする余裕はなかった。あっという間に疲労が襲ってきて、あたしは急いで家路についた。

 いくらなんでも路上で寝転がるわけにはいかない。


 とにかく根性で戻って、お風呂にして、明日の着ていく服……あ、何もない。


 何も。


 そう、何も。


 ――どうしよう。


 疲れはすっかり消え落ちて、あたしは茫然と立ち尽くした。

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