第26話 TKG作れるようになってからきてくれ。

 ――交流会。


 白衣の男に襲われたりとか、カレーの種類が増えたとか、あの後、おばちゃんが手が足りないわねって言って自分の旦那さんを連れ出したり、薬局のおばあちゃんまで呼び出したりして人手を足したりして。

 色々とありまくりだったけど、なんとか開催までこぎつけられた。


 場所は、駅前。


 ここしか安全で且つ広い場所がなかったのよね。

 設営は、あたしたち役場の人たちと、ウゴッホ族とウポッキャ族。さすがにこれだけ人数が揃うと楽だわ。

 テントにテーブル、イス。調理場。

 特に調理場はブロック塀とかも使ったので、かなりの力仕事だったのだけれど。


「ウゴッホッホ、ゴゴンホ」

「ウポ、ウポウポウーポーっ、ウポッキャ!」

「ウゴゴゴ、ンゴッ」

「ポッキャウポッキャ」


 お互いの部族の関係も概ね良好ではある。

 最初はいがみ合うかなって心配だったんだけど、アスラがしっかりと手順を踏んだ上で族長とタイマンし、見事に打ち負かしたことから、反発はなかったらしい。

 それに、あたしからウゴッホ族のみんなに見下して接したりしないようにって言い含めてるのも手伝ってるんだろう。


 お互い手を取り合うのだから、仲良くするのは一番である。


 ただ、懸念として、人口比率的にあたしたちが上回ってしまったことがある。町のみんなに下手な恐怖を煽らないようにしないといけない。

 まぁ、ウゴッホ族もウポッキャ族も、そんな刺々しい格好はしていない。

 交流さえ始まれば、ピュアな連中だって分かってもらえると思う。


 それに、アスラとミランダからの提案で、ちょっとしたパフォーマンスもする予定だ。


 何をするかと訊いたら、祝福のダンスらしい。

 一応確認したけど、全く問題はない。というか、たぶん、むしろ親近感がわくはず。


「おはよ。早いねー」


 寝癖全開でやってきたのは、矢野だった。


「そりゃ交流会だからね。って、なんて恰好なのよ」


 今日は汚れても大丈夫な服装で、というお達しがあったのだが、矢野はハーフパンツにシャツ、そして役場のジャケットというラフマックスないで立ちだ。

「ん、あり合わせ」

「っていうか起きてないだけでしょ」


 さっきから目をこすってるし。声もまだ鼻声っぽいから起きてないし。

 仕方なく、あたしはポーチからタオルハンカチを一枚取り出して投げ渡す。


「もう。ほら、そこに洗面所作ってあるから、顔とか洗っておいで」

「うい」


 指を向けると、矢野は覚束ない足取りでそっちに向かっていった。

 まったく。何しに来たのかね。


「あら、本当に頑張り屋さんだことね、彼にしてみれば」

「新庄課長」


 振り返ると、作業着に身を包んだ新庄課長がいた。


「定時出勤より早く来るなんて、彼にとっては苦痛の何ものでもないのに。ゲームする時間が削れちゃうから」

「……そうなんです?」

「そうよ。ご飯よりゲームが好きなんだもん。残業なんて頼もうとした日にゃ、もうそれはそれは不機嫌オーラ全開。使い物にならなくなるんだから」


 苦笑しながら新庄課長は教えてくれた。

 そ、そうなのか?

 いや、でもあたしと一緒に行動する時はそういうの気にする素振り一切見せなかったけど。時間外でも気にしてないというか、なんというか。


「まぁ、彼が変わってくれるなら、それも良いかもね。茜ちゃん、君にかかっている期待は案外大きいわよ」

「ええ、ここでそんなプレッシャー……」

「ふふふ。良いのよ。茜ちゃんは茜ちゃんで」


 何故か鼻を人差し指でつんつんされた。解せない。


「それじゃあ、あっちを手伝ってくるから」


 新庄課長は大人の微笑みを浮かべてから、駅の方を指さした。職員の人たちが、何かを取り付けようとしている。


「うわ、横断幕まで作ったんですか?」

「そりゃもう、フェスティバルみたいなもんだし。ここにきて、みんな生きることで必死で余裕がなくて、何も出来なかったしね。少しでも盛り上げないと」


 そう言う新庄課長の頬には、ペンキがちょっとついていた。

 そっか、さっき作ったばっかりなのか。


「そうですね。頑張りましょう」

「ええ。それじゃあ、また」


 お互いに手をふって、あたしも準備を進めていく。

 そうこうしていると食材もやってきた。


 すぐに調理を始めないといけない。


 なんとか目を覚まして戻って来た矢野に後は頼んで、あたしはそっちにかかった。

 調理メンバーは、佐藤のおばちゃんとおじちゃん。それと薬局のおばあちゃんに、息子と孫たち。後はウゴッホ族とウポッキャ族の主婦面々である。

 総指揮はあたしが執ることになっている。


 早速みんなに集まってもらった。


 設営した調理場テントの下、みんなを一つに集めた。あたしはビールケースの上に立つ。

 とりあえず、挨拶と音頭である。士気をあげるには必要なことよね。


「今日はみなさん、朝からありがとうございます」

「いいってことよぉ」

「お年寄りの朝は早いもんだからね。なんの問題もないよ」


 すぐに佐藤のおばちゃんと薬局のおばあちゃんから援護がやってくる。ああ、有り難い。


「じゃあ、長々と話するのもアレですし。みんなで楽しく頑張りましょう!」

「「「おおっ!!」」」


 全員の声が唱和して、調理に取り掛かる。

 役場や町の皆さんから提供された台車には、これでもかってくらい材料が山積みになっている。でも、ちゃんと仕分けはされているので安心だ。


 大量の氷の中には、お魚さんと貝類が入っている。後、エビも。


 昨日、急遽作り足すことになった材料だ。矢野がいっぱい獲ってきてくれたおかげで、美味しいものを厳選することが出来た。

 初期位置の川だからか、不味い魚はいても、毒持ちはいなかったしね。


「じゃあ、早速取り掛かりましょう」


 時間があまりないので、今回は得意分野をそれぞれで頑張ってもらう。

 野菜の皮むきや下処理はウゴッホ族、魚やエビの下処理はウポッキャ族。お肉の解体は佐藤夫婦、出汁は薬局のおばあちゃん一家だ。

 あたしはドリンク作りだ。

 たくさんの果物があるので、フルーツサラダにもするけど、お子様もいることだからジュースもあった方がいいしね。


「それじゃあこっちもやるかねぇ」


 キッチンに火が入り、一気に賑やかになる。同時に熱気が出てくるから、あたしは定期的に風の魔法を展開して冷たい風を呼び寄せる。

 後は、冷たい水も確保しておいた。


「いやぁ、野外でも快適だねぇ。婆さんでも体力ばりばりだよ」


 いや、薬局のおばあちゃんは元からだと思う。


「魔法ってのは便利ね。私でも使えるようになるのかねぇ?」

「ああ、どうなんだろう。プレイヤー登録してると魔法適性とか分かりますけど……」


 町民の人たちに魔力なんてステータスが設定されているかどうか怪しいとこだ。

 いや、でも無駄にこりまくってるFFWだしなぁ。

 可能性としてはあり得るので、これはちょっと覚えておこう。


「ま、今は関係ないわね。さぁ解体するよ。あんた!」

「あいよ!」


 既に羽根はむしり取られているし、血合いも済ませてあるアルバードを手にして、おばちゃんとおっちゃんは笑顔を見せた。さすが精肉店である。

 作業は順調に進んでいく。

 現代の調理器具に慣れ始めているウゴッホ族の手際も良いし、ウポッキャ族も、道具が使いやすいのか、すいすい魚の処理をしていった。


「臭みとりのハーブを用意しないとね」


 あたしはさっと台車に向かい、ハーブたちを取って来る。

 このハーブは、さっと水で洗って、柑橘類の果汁と合わせてすりつぶすと、すごく魚の臭みを取ってくれるのだ。

 柑橘類の果汁は、ここにいくらでもあるし。

 あたしは下準備を済ませて、ウポッキャ族に渡していく。ウポッキャ族は生臭いのとかそういうの気にしない性格らしく、こういった作業はしたことがない。だから、こっちで用意してやらないといけない。


「あら、順調そうね」


 やってきたのは、新庄課長だった。

 一瞬にして佐藤のおばちゃんが全身を緊張させたけど、それはスルーしておく。一体どんなトラウマが刻み込まれたのか。


「はい、なんとかなりそうです。そっちも順調そうですね」


 ちょっと見ない間に、随分と設営が進んでいる。

 新庄課長もそれを見渡してから、何故かもじもじとしている。


「ええ。なんとかね。あの、それでね、茜ちゃん」

「お手伝いなら大丈夫ですよ?」

「予防線展開するのちょっと迅速すぎないかしら?」


 笑顔でしれっと断りをいれると、新庄課長は苦笑した。

 いやだって。絶対そう言ってくるパターンでしょこれ。


「いや、でも、ね? ほら。その、女子として、名誉挽回のチャンスが欲しいな、とか」

「その気持ちはわからないでもないんですけど、ここで爆発したらちょっと笑えないっていうか、色々とダメになっちゃうんで」

「爆発なんてさせないわよ! たぶん」

「いやもうそこで多分って言っちゃう時点でダメです。怪我人出すつもりですか」


 あたしは腕をクロスさせて大きくバツ印を作った。

 新庄課長には悪いが、ここは安全第一である。その意思はしっかりと伝わったらしく、新庄課長はがっくりと肩を落としつつも踵を返した。

 うっ、ちょっと罪悪感。


「まぁ、今度、時間が出来たら、一緒にご飯でも作りましょう?」

「え、本当に?」

「時間が出来たら、ですよ?」

「私、卵かけご飯も失敗しちゃうくらいなんだけど大丈夫?」

「うん、ちょっと意味が本気で分かんないですけど、大丈夫ですよ。でも不安なんで家とかじゃなくて役場の調理室借りましょうね」


 背筋に嫌なものが駆け抜けるのを理解しつつ、あたしは早口でまくし立てた。

 いや、だって、どうやったら失敗するねん。

 けどそれを直接言ったらとんでもないことのなりそうなので、ぐっと我慢しておく。


「分かった、約束ね」


 それでも嬉しそうに、新庄課長は立ち去っていった。

 緊急を報せるメッセージウィンドウが立ち上がったのは、まさにその時だ。全身が強張るような、赤と黄色の警告色。

 メッセージが自動で開く。


 迷子情報:伊東 悠一くん 五才

 今朝、食事前に散歩へ行くといってから行方不明。近所にはおらず。捜索されたし。


 ──この異世界で、迷子。

 一瞬で新庄課長が動く。そうか、駅前はフェスティバルの様相だから、ここに来てるかも知れないんだ。五才だったらまだ小さいし、色んなところにかくれんぼ出来る。


 あたしも手伝わないと。


 自然と身体が動いたタイミングで、手を横手から握られた。見やると、身重なので今日は見学するようにと伝えた部族のメンバーだ。


「あれ、どうしたの」

「ウゴッホウゴッホ(息子が、行方不明になったんです)」

「……なんですって?」


 あたしは思わず耳を疑った。

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