第27話 イエス・マム
私に助けを求めて来た母親は、マチェンタ。アスラの年の離れた姉でもある。
「ウゴ、ウゴッホ、ホゴッホ (この町の男の子と親しくなって、遊びにいってくるっていったきり、戻ってこないんです)」
うわ、これビンゴだ。
たぶんも何も、二人して遊びにどっか行ったパターンね。外に出ていないことを祈るけど。でも、逆に探しやすくなった。
あたしは即座に部族ウィンドウを立ち上げる。族長は、部族のメンバーの居場所を把握できるのだ。よほど遠くにいっていなければ、だが。
『探してくるから、安心して。作業に戻って』
すっごい心配そうな目線を向けてくるマチェンタへ諭すように言って、あたしは落ち着かせる。いや、落ち着かないだろうけど。
我が子のことになれば、親は必死になるもんである。
だから、あたしも必死にならなければ。もちろん、冷静に。
「町の中には……いない、か」
検索結果を見て、あたしは舌打ちしそうになるのを我慢した。
おそらく外にいる。
戦闘能力なんてない子供が、二人で。何があってもおかしくない。これは一秒を争う。
「ちょっとこの場を任せます! すぐにフォロー来ますので!」
迷う暇なんてない。あたしはメッセージウィンドウを展開しつつ地面を蹴った。
選んだ相手は、迷いない。
「上道係長、あたしの持ち場のフォローお願いします!」
「はぁ? それはいいけど、どこにいくつもりだよ」
「迷子捜索です。ちょうどうちの部族の子供も行方不明で、たぶん迷子の子と一緒にいます。居場所はサーチできるので」
「……外にいるのか?」
さすが上道係長である。察しが早い。
「はい。町中には反応がありません」
「分かった。非常口から出ろ。少しでも早く町から出れた方が良いだろ」
同時に送られてきたのは、マップ情報だ。これはありがたい! 町の外に出られれば、多少乱暴だけど素早く移動できる。
早速あたしはマップで表示されたポイントへ向かう。
会場を後にし、駅の方向へ。
そのまま改札を通り抜け、線路に出た。ここは閉鎖されている領域で、線路にはがっちりと壁が作られてる。けど、その一か所だけがドアになっていた。
もし何かあった場合の、非常出口だ。
さっと抜けて、あたしは外に出る。ちょっとした高台になっているだけあって、景色が良く見える。
「まずは広域サーチから」
慌ててはいけない。
あたしはマップ全域に反応サーチを行う。この方法では方角くらいしか分からない。
「――いたっ!」
方角が矢印となって出現し、あたしは迷いなく跳躍した。
ふわりとした、高揚感。浮遊感。
あたしはその中でバランスを取って、両手を下に突き出す。
「ウィンドウ・スクリーム!」
風の魔法を放ち、あたしは一気にまた急上昇しつつその方角へ向かう。
秘儀、風魔法の超強引高速移動!
あたしは猛烈な風を全身で浴びつつ、マップを確認してサーチしていく。反応があるってことは、まだ生きてるってことだ。急いで駆け付けないと!
しかもこの方角だと、森だ。
森は魔物の巣窟だ。いつエンカウントしてもおかしくない!
位置を絞ってのサーチを何回か繰り返し、現在の場所を突き止める。反応は――三つ?
まだ一人誰かいるってこと?
マップに表示されたマークからして、フレンドだ。場越の誰かが駆け付けたってこと? いや、違う。これは!
「アスラ?」
ポップに表示された文字を見て、あたしは思わず声を出した。
なんで、彼が?
まさか何かに気付いて駆け付けた? だとしたら、なんでずっと動かない?
嫌なものがさっきから駆け抜けてくる。
あたしは舌打ちを一つ入れて、更に加速した。
何度も何度も魔法を撃って、あたしはやっと強引に森の上に到達する。そういえばスカートだけど気にしない方向で。下から覗いた奴は全員屠ってやるんだから!
「――いたっ」
物騒な思考をしたためつつ、あたしは森の中、ちょっとした広場みたいになっているところで三人が固まっているのを見た。
そんな彼らを囲む様に、十匹近いの魔物と、近くに死体。たぶん、アスラが倒したのね。
でも、そのアスラもかなり傷付いてる。
ステータスから見て、かなり頑張って守ってくれているのだろう。
まったく。すぐに救難信号を送ってきてたら別なのに!
あたしは呆れつつ、背負っていたハンマーを握りしめ、ぐるぐると回転する。
「――――パァァァァアアアアアアイルッ!!」
限界まで回転しながら、落下。
「バンカァアアアアア――――――――――――っ!!」
あたしは叫びながら地面にハンマーを直撃させる。
直後、凄まじい勢いで地面が陥没し、同時に反動で爆裂させる。その勢いは凄まじく、あっという間に魔物を消し飛ばしていく。
残ったのはクレーターと、土煙。
あたしはパラパラと振り落ちてくる土を振り落としながら、ハンマーを肩にかついで彼らの元へ向かう。力は調整したので、被害はないはず。
「ちょっと、大丈夫?」
クレーターから上がり切って声をかける。
「「きゃひいっ!? っひ、ひ、びえええええええええええんっ!」」
「ってなんでいきなり泣くの!?」
アスラの背後にしがみついていた二人の泣き声がわいて、あたしはたまらず突っ込んだ。
すると、すっかりボロボロになったアスラが二人の頭を撫でながら、少し困ったような表情を向けてくる。なんだ、そのちょっと引いてる感じ。
「長、確かに、怖い。悪役。武器、肩、かつぐ、男」
「なんでっ!? 颯爽と現れて敵を一瞬で全滅させて登場したヒーローじゃない!? いやあたしは女だからヒロインかっ!?」
「長、混乱、よくない」
「畜生なんか諭された!」
しかも正論で。あたしはがっくり膝を一度つきながらも、何とか心を取り戻して起き上がる。
「それよりも、こんな所で何してるのよ」
「修行、してた、この子、逃げて、きた」
端的で分かりやすい説明である。
今ので流れが分かった。このガキンチョ二人は仲良くなって、ちょっとだけ外に出ようって好奇心からか何かからかなったんだろう。そしたら魔物に襲われて、逃げ惑っていたらアスラのところに行き着いた、というところだ。
それでアスラが必死に庇ってたってとこなんだろう。
「で、なんで救難信号出さなかったの。サブリーダーなんだから、出来たわよね」
あたしは容赦なく指摘する。
とたん、アスラは気まずそうに顔を少しだけ背けた。じり、と一歩逃げるし。
もう本当に正直な反応だわ。
それだけで何が言いたいのかが分かるというもので。思わずため息つきたくなる。けど、そこは我慢して、と。
「それ、俺、強い、見せる」
「バカなの?」
両手に腰をあてた状態で、あたしはバッサリと切り捨てた。
気持ちは分かる。オトコノコなんだから、自分の強さを見せて、英雄気分でこの子たちを連れて戻りたかったのだろう。
けど。
それはやっちゃあいけないこと。
あたしは堂々とアスラの正面から歩み寄って、でこぴんの構えを取った。いや、それだけでびくって震えないで。
「あのね、それで守りきれそうになくて、ボロボロになったんでしょうが」
「そう。俺、恥ずかしい」
「もしその子たちに何かあったら、どうするつもりだったの? そして、そうなる前に、あんたが倒れたら、誰が、どれだけ悲しむと思ってるのよ」
項垂れるアスラに、あたしは痛いところをガンガン突く。
子供じゃないんだから、これぐらいしないといけない。
「サブリーダーとして、まずは仲間を助けること。そして、その上で自分も含めた全員が助かる方法を模索する。それを忘れるのはとっても良くないことよ」
はっ、と、刺されたような表情を浮かべ、アスラはまた俯いて全身を震わせた。
「長、俺、俺っ……長、強い、見せる、そして、結婚」
おい。いきなりぶっ飛びワード使ってくるんじゃあないわよ。
「でも、でも、俺っ……んご、んごっほおおおおおっ」
泣き声それか、それなのか。真面目な雰囲気にちょいちょいぶっこんでこないで?
全力でツッコミたいのを内心で我慢し、あたしはでこぴんを止めてアスラの頭を撫でる。
「分かったなら良いわよ。それじゃあ、帰るわよ」
促すと、いきなりポップが浮かび上がった。
この画面全体を覆うような真っ赤な警告は――!
全身の血の気が引く中、ズシィン! と、地面と木々を揺らす轟音が響いた。
しかも、一度ではない。何度もだ。
それだけじゃあない。マップには、巨大な赤いポイントが出現していた。その敵性を示す色は最高峰。つまり、もう絶対に和解は有り得ない。
ズシン、と、響き、木々がなぎ倒される。見上げなければ様相さえ分からないような巨大なそれが、姿を見せる。
「嘘でしょ……」
あたしは乾いた声を漏らした。
巨大でずんぐりした顔は、顎が大きいから。全身にこびりついたのはコケや植物のツル。その中で、爬虫類特有の縦に割れた目が、ぎょろりとこっちを見た。
あ、まずい。
――サウザンド・ドラゴン。
ここ、初期位置エリアにおける、隠しボスだ。まさか、何かのきっかけで目覚めた?
ああああ、そうか、あたしかっ! あたしのパイルバンカーかっ! まさかそれで!
自分の失態に気付き、あたしは身体が軽くなるのを覚えた。
あんなの、相手にしてなんてられん。
っていうか、この子たちを守りながら戦えない!
だったら、逃げるしかない!
あたしは素早く行動に移し、アスラの影で怯えていた二人の子を脇に抱える。アスラは――無理だ。回復魔法かけて逃げられるようにしてあげられる時間もないし、そもそもステータス的に逃げるの無理っぽい!
「アスラ! あたしの背中にしがみつきなさい!」
「え?」
「良いから、逃げるわよっ!」
「いや、でも」
「良いからっ!」
「イエス、マムっ! (分かりました!)」
ってまて、なんで今翻訳された。あれか、これウゴッホ語なのか!?
けどいちいちツッコミを入れてる場合じゃない!
ぐっ、とアスラが背中からしがみついてくる。
「いくわよっ!」
トンネルの中で車が走るような、そんな轟音を背中に聞きつつ、あたしは地面を蹴った。
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