第24話 この口の滑らせ方は天然。
「確保した《プレイヤー》は七人。いずれも、サポートキャラだった。つまり、彼はたった一人で、同伴していたサポートキャラを利用して複数の《召喚師》を疑似的に生み出し、嫌がらせをしてきたってことだね」
サポートキャラとは、FFWでパーティの組めるNPCのことだ。友情値が設定されていて、一定値を越えるとずっとついてくるようになる。
別名、ぼっち救済措置である。
そんなことを含めた報告を、あたしと矢野は町長室で済ませていた。もちろん町長と副町長に、である。
そのすぐ傍には、やっぱり簀巻きにされている例の白衣の男。地面にがっつり沈み込んだけど、きっちりレスキューして連行した。ついでにウポッキャ族の面々も(というか、アスラが彼らの族長を倒したので、アスラがそうなったらしい)連れてきている。
ということで、今この町の人口は割と爆発的に増加していた。
となると、一気に切迫するのは食糧問題だ。
それを解決させるための緊急会議、というわけである。
ちなみに新庄課長と上道係長は交流会のために欠席である。
正直なところ、疲れているので勘弁してもらいたい所だったが、交流会を中止するわけにもいかないし、ウポッキャ族に関して、早急に住民たちへ説明をしなければならないことからの判断なので仕方がない。
そう。町長は、ウポッキャ族も受け入れるつもりなのだ。
「その上で、ウポッキャ族と同盟を結び、あの集落で厄介になっていたんだね」
「なんともメンドくさいことですな」
「相沢さんのことは、あのバンデッドクエストの時、たまたま目にしたから、か。言動からして一目惚れってヤツなのかもしれないが……きっと利用価値があるからってだけだろうね。実に下らない」
町長は面白くなさそうに、切り捨てた。今まで見たことのない冷淡な目つきで、白衣の男を見下ろしている。
「ここは確かにゲームの世界と酷似しているけれど、現実でもあるんだ。みんな生きているんだよ。君が唯一絶対の主人公ではないし、周囲はNPCなんかじゃあない」
どうしてか、心が、少し緩んだ。
思い出したのだ。こいつが、町のみんなはあたしに利用価値があるから保護したんだって。それだけだって。
思っていると、町長は腰をあげ、直々に男の口に貼りつけられていた布を剥ぎ取った。
「ぷはぁっ! 何を今さらっ! そんなこと分かりきっているとも!」
「でも、そう取られてもおかしくない行動をしているだろう。私や、みんなが必死になって守っている町を明け渡せだの、それを拒否したらこんな嫌がらせをしてくるだの」
町長の声はがなるものじゃない。けど、男よりも遥かに声量と圧があった。
その迫力に、男も黙る。
「実にワガママというか、悪い意味での唯我独尊だね。あげく、大事な町民である相沢さんを捕まえるなんて、言語道断だ」
「はっ! 偽善め。貴様だって、あの女に利用価値があるから確保しただけだろうが! 変に大人振りやがって、所詮は利用価値があるからこそだろうが!」
吐き捨てられた言葉に、町長は無表情だった。
それが恐怖を煽ったのか、男はぐっと沈黙した。
「……君は酔っているのか?」
まず、町長は冷たく言い放つ。
「確かに彼女は魅力的だ。この町が抱える問題を解決できるという意味で。でも、それは単なる側面でしかない。僕はね、単純に利益になるだけって理由で、誰かを匿うことはしないよ? 大事なのは、一緒に生きていけるかどうか、だ」
淡々と、町長は言ってのける。
「彼女はそれに値する。誰かのために頑張れるし、素直だし、優しくて強い。そんな人物だからこそ、私は町に招き入れた」
あ、なんだろ。なんか、温かい。
戸惑っていると、矢野がいつの間にか傍にいてくれていた。触るわけでもないのだけど、何故か、それにほっとする。
「それ以上の理由は必要ないだろう」
「こ、この、偽善者めっ!」
「何だろうと構わないさ。さっきも言ったけど、彼女は僕と、僕の愛する町と共に生きていける人物であると、この僕が評した。だから迎え入れた。それだけが事実だ。それを偽善と呼ぶのであれば、そう呼べばいい」
なんだこの町長、カッコいいぞ。
何となくだけど、分かった気がする。どうして彼が、町長なのか。長になって、ただ必死でバタバタするだけでしかないあたしとは、根本的に違う。全てを見通し、色々な要素で判断出来る、広い視野の持ち主なんだ。
ヤバい。大人だ。
ちょっとドキっとしていると、町長はいきなりふんぞり返るように両手を腰に当てた。
「そもそもだね。彼女は町長であるこの僕に華麗極まりない右ストレートでノックアウトしてくれてるんだよ? ボクサーもびっくりなくらいの完璧なフォームで。分かるかい? あの時ほど彼女を野獣と思ったことはないね。もし利用価値しかないと判断していたら即刻追い出していたさ。他にも、支給した服や一式はすぐにダメにするし、貴重品である自転車も破壊するし……ちょっと割と本気で女子らしからぬ奔放っぷりなクラッシャーだし。それに……」
「町長?」
「ふぇっ!?」
あたしの笑顔をぶつけられて、町長は驚いて顔を引きつらせる。
すると、副町長が空気を読んでか、町長を背中から羽交い絞めにした。
「あれ、あれー? なんで、ちょっといきなりの裏切り行為に僕ぁ驚きを隠せないな?」
「僕でもさすがにこのタイミングはないって思うかな」
町長がおどけながらも冷や汗をたらし、矢野に目線を送るが、矢野はさっと視線を逸らした。副町長も大きく何度も頷いている。
「あるぇー? もしかしてあれ、僕、やっちゃったの?」
「屍は拾って差し上げます」
「やめよう? あれ、ちょっと、待って、なんで急に僕が処刑される感じに!?」
慌てふためく町長に向けて、あたしは歩み寄る。
ぐっと握りこぶしを作って。
「相沢さん、話し合おう、僕らは人間だ。言葉を交わせば分かち合える! そんな高度なコミュニケーション能力を持ってるんだ! だから、ね? ね!? お願いだから!」
「覚悟してくださいね?」
「あ、ああ、ああっ! ダメだ、ダメだよっ!? お願い拳はやめよう。君は乙女だ、せめて平手にっ。ああでもそれでも顔面骨折くらいはしそうかな! 手加減、手加減ぷりーず!」
「なんで我が町の長はこう煽るのが上手なんでしょうね」
副町長が盛大なため息をつく。あたしもそう思う。っていうか、そういうとこ、本当に矢野にそっくり。
まったく。
あたしは息を吸って、吐いて。ぺちっとデコピンを入れた。
「あだっ」
「助けてくれたし、きっと、今回のこの場だって、あたしのためを思って設けてくれたってことは分かったから、これでいいです」
そう苦笑すると、副町長は分かっていたかのように町長を解放する。けど、彼は本気で殴られると思っていたのか、へなへなと腰から砕け落ちた。
ちょっと。本気であたしをなんだと思ってんだ。
まぁいいわ。
それよりも、だ。
あたしは呆然とやり取りを見つめてている男を見下ろした。
「ということだから。あたしは、この町の人たちを信頼してるの」
一度は揺らいだけど、でもそれはプリズンのマイナス思考へもっていかせる効果だし、何より、彼らが払拭してくれた。何よりもその態度で。
だから、あたしは遠慮なく言える。
「あんたみたいな薄っぺらい人の言葉なんか、ちっとも信じられないわ」
鼻を鳴らしてやると、男は悔しそうに顔を歪めた。
「このっ……!」
「おっと忠告しておくぞ。彼女を罵倒するのは止めておけ。殴られるじゃあ済まされないぞ。っていうか役所が倒壊するかもしれないから」
「次は殴りますよ町長」
「はいっ! っていうか町長を恫喝するってどうなの!?」
涙目になって町長は訴えるが、誰も答えない。
「まぁ、つまり」
けど、いたたまれなくなったのか、矢野がめんどくさそうではあるが口を開いた。
「君が思っているような形で僕らは繋がったってわけじゃないんだよね。それで、今後の処遇だけど、どうするの。わざわざ進入禁止を解除してまでここに連れてきて」
「うん、そうだな」
町長は気を取り直して頷く。
「彼をまた追放するのは簡単だ。けど、それをすればまた嫌がらせをしてくるだろうね。反省の欠片も見えないし」
「反省? 俺は悪いことなど何一つしていないぞ!」
ほらね、と町長は呆れた様子で肩をすくめる。っていうか、この状況下で吠えられる男がすごいわ。
根性あるのか、それとも単なるアホなのか。あたしとしては絶賛後者を支持したい。何せ人をスイーツにする輩なのだ。
「ということだから、牢屋にぶちこむしかないでしょ。で、町民として生活していけるようになったら、解放するってことで」
「え、じゃあ引き取るってことですか?」
「残念だけど、僕は人殺しになりたくないんだ。まだ、ね」
あたしの問いかけに、町長は苦笑しながら答えた。
ああ、そっか。それが出来ないなら、確かにそうだ。命を奪うしかない。かなりの極論だけれども、今、この町はそうせざるを得ないほど追い詰められているのだ。
「ということで、今日から君の更生プログラムを作ろうと思う」
「こ、更生プログラム、だと?」
「うん。あまりしたくはないんだけど……まぁ、期待してて。データはいっぱいあるから」
え、データってなんだ、データって。
「君、色々なゲーム大会で我々のチームと対戦してたみたいなんだよね。そのたびにメンバーたちに色んな熱くて寒くて痛々しいセリフを吐きまくってくれていたようで。ちゃんと音声記録としても残ってるんだけどね」
「おい、おい」
一瞬にして男の顔色が変わる。けど、町長はいたって真面目な表情だ。
「それを根掘り葉掘り訊ねることから始めようか。君の精神状態を知りたいから」
「ちょっと待て、どういうことだそれは」
「つまりそういうことだよ? 君の細かい言動から、何をどう考えているのか知る必要があるって言ったんだ。あ、何回も何回も繰り返すから。ねぇ、どうして? どうしてそう考えたの? って」
「鬼か貴様はっ! それは単なる精神攻撃そのものじゃないか!」
「うん、鬼だし精神攻撃だよ?」
町長はいっそ笑顔さえ浮かべて言ってのける。
うわぁ、あれ、うわぁ。
ちょっと引いていると、隣で矢野が「あれは面白がってるな」とぼそりと零す。
「じゃあ、取り調べを始めようか」
笑顔でそう言い放った瞬間、メッセージウィンドウが開いた。
上道係長からだ。
タイトルはシンプル。「助けて。もう無理」だった。本文はない。なんだろう、すっごいイヤな予感がする。確か、あたしの仕事の代行をしてくれてるんだっけ。
「あの、町長」
「うん僕にも来たよ。緊急っぽいからいっていいよ。確か、今は第一調理室にいるはずだし」
「分かりました」
許可を得て、あたしと矢野は部屋を後にした。
うん、なんか悲鳴が聞こえ始めたけど気のせいだよ、気のせい。
とにかく向かわなきゃ。上道係長がヘルプ出してくるなんて、きっとただごとじゃないわ。
◇◇◇◇◇
――な、なんだ。
調理室に到着して、ドアを開けて。
あたしは愕然としていた。
何が起こったのか、分からない惨状が、そこに広がっていたからだ。
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