第23話 沈んでみませんか?
……ん……うーん……。
なんだろう、すごく眠っていたような……。
微睡みのなか、あたしはゆっくりと覚醒を迎えて、ちくちくっとした感触に包まれた。
って、なんだ。
あまり経験したことのない感触に違和感を覚え、あたしは目を覚ます。
すると、目の前には藁がたくさん。なんでやねん。
意味が分からず、あたしはゆっくりと身体を起こす。身体のあちこちに藁がついてるし。なんだ、何があった。あたしはいつから馬になった。
セルフツッコミしつつ、ゆっくりと記憶を取り戻す。
確か、プレイヤーの反応があったから森に入っていって、そしたら急に眠気がやってきて。そのまま逆らえずに――。
いや、っていうか、そもそもここはどこだ?
薄明るい中、起き上がって、ゆっくりと周囲を確認する。見たことがない。本当に馬小屋みたいなところだ。あたしはそんな一角、藁の山で寝ていたらしい。反射的にウィンドウを展開するけど、拒否された。
どういうこと?
混乱していると、馬小屋のドアが開かれた。
眩しい光と共に入ってきたのは――白衣の男。
確か、あたしがお星さまにして差し上げた男でもある。うっわぁ、なんてイヤな笑顔かしら。気持ち悪い。
「やぁ、元気そうだね、ハニートースト」
「あたしには蜂蜜なんて染み込んでないしフライパンで焼かれた覚えもないんだけど?」
案の定、人を甘味呼ばわりしてくれたので、あたしは即座に反撃する。
本能が告げているのだ。
こいつ、ヤバい。さっさと何とかして逃げないと。
けど、さっきからウィンドウが立ち上がらないし、武器が出せない。何かの不調? なんとかしないと……!
「随分とヒドいことを言うんだね。命の恩人に」
「命の恩人も何も、あたしをここに閉じ込めたのはあんたでしょ」
「閉じ込めただなんて。まぁいいか、事実として、君はそこにいるワケだしね」
ゆっくりと白衣の男が入って来る。
呼応してあたしの全身に鳥肌が立って、戦闘モードに入る。でも、どうしてか力が入らない。な、なんで……!?
「暴れようとしても無駄だよ。そこはプリズンだから」
ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべながら、男は告げた。
「プリズン……! 牢屋……! あんたっ!」
事態を理解して、あたしは血の気が引くのを理解した。意識が遠くなりそうなくらい、頭が痺れるくらい。
プリズン。
それはFFWにおける、完全拘束エリアのことだ。村や集落を運営すると、一定規模になれば必ず犯罪者が現れる。そいつを閉じ込めておくための空間だ。まさか、それにあたしがぶちこまれるなんて。
しかも、犯罪なんてしてないのに!
ギロっと思いっきり睨んで威嚇してやるが、相手に怯む様子はない。
そりゃそうか。何をしても、あたしはコイツを傷付けることが出来ない。もちろん、向こうからもあたしをどうこうすることは出来ないはずだが。
「さすがプレイヤーだね。理解が早くて助かるよ。ということで、無駄な抵抗は一切意味がないんだよ」
「あんた、こんなことしてっ……!」
「目的は分かっているだろう」
あたしの抗議を無視して、白衣の男は口を開く。
「君が欲しい。僕の傘下に下って欲しいんだ。君の能力は本当に垂涎ものだからね」
「……はぁ?」
盛大に剣呑な返しをしてやるが、男は鼻で笑い飛ばした。
くっそ、虚勢張ってるとか思われてるわね。
「君はプレイヤーとして非常に優秀だ。高度な回復手段を持ちつつ、接近戦も非常に強い。単独戦力として期待値が高い。それだけでなく、この辺りじゃあ屈指の規模の戦闘部族、ウゴッホ族を従えている。それがどれだけの価値があるか」
滑らかに語られて、虫酸が走りながらもあたしは理解した。イヤってほど。
そりゃそうだ。
これだけの条件を持ったやつが一人、仲間にいたらそれだけでチート的な活躍が見込める。単独で圧力になるし、仲間の力も底上げ出来るし、それでいて部族を上手く使えば周囲をあっという間に占領出来る。
同時に、ちくっと何かが胸に刺さった。
もしかして、あの町の人たち――町長たちも。
「おや、気付いたかい」
どうやら表情に出てしまったらしい。慌てて取り繕うけど、遅かった。いたぶれる子を見つけたみたいに、白衣の男の顔は歪む。
「そうだよ。あの町の連中だって、君に高い利用価値があるから、君をわざと助けた風を見せて、匿ったふりをして、君を傘下に取り込んだのさ。そうじゃなかったら、君なんて誰が助けるものか」
ずき。
「たまたまだけれど、居合わせていたんだ。あの場面。バンデッドクエストを発動させて、君は町へ襲い掛かった。普通であれば、殲滅されて終わりだ。特にあの頃、君はプレイヤーと自覚していなくて、力を持っていなかったから、余計に簡単だったろうね」
ずき。ずき。
「でも君は生かされた。つまりは、そういうことさ」
「あんた、憶測だけで物を言うのはやめておきなさいよ」
「事実だと思うよ?」
ずき。ずき、ずき。
やめて、もう、やめて。そんなこと、言わないで。あたしに、あたしである価値なんてどこにもないなんて、言わないで。
せっかく、せっかく、あの人たちを信頼できているのに。
「たまたま、君にとっても助かる状況だから、そうなっているけど、実際のところ、彼らは君を傀儡化させ、操り、やがて村を拡大させ、付近を制圧していく」
「そんなことっ!」
「今はしないと言っても、いずれそうなる。そうしていく。僕らは資本主義のムカデだからね。そうしないと生きていけないのさ」
こいつ、分かった口を利く! 社会のことを斜めに見すぎじゃない? 中二病もそこまでいくと痛いを通り越して哀れに見えるわよ?
っていうか、動作がいちいち本気で気持ち悪い。くそ、くそ、くそ。
それなのに、なんであたしはコイツに追い詰められてんだ。
思ってるから? 少しかもだけど、納得してしまったから?
コイツの、こんなバカの言う事が、その通りだって。
――やだ。
ってことは、あたしは、みんなのことを信頼してないってことじゃない。
あたしを助けてくれて、服や家まで宛がってくれて、部族と交流会を開こうとまでしてくれているあの人たちを。あたしを温かく見守って、受け入れてくれたゲーオタ課の皆を。
いちいち、ちょっかいかけてくる矢野を。
って待て、なんで、あたし、今アイツのことを思い出したんだ?
ああ、だめ、混乱してきた。ダメだ。こういう時は、何を考えても後ろ向きにしかならない。けど、けど……!
思考が止まらない。止められない。どこまでも、どこまでも、潜るように。
おかしい、あたしは、あたしはこんな考え方をするヤツだったか?
そこら辺の男より男らしくて、負けない性格だったでしょ?
なのに、なんで……ああ、ダメだ。
助けて、誰か、助けてっ……!
「さて、弱ってきたかな。僕は君に物理的ダメージを与えることは出来ないけど、精神的に弱らせることは出来る。君の心を壊すだけ壊して、君を従えるとしよう。そうして、君を刃にして、奴等に復讐するんだ」
コイツっ……!
「楽しいだろう、素晴らしいだろう。僕は、僕の世界を手に入れるんだっ……!」
嬉しそうに、白衣の男は両手を広げる。
刹那だった。
ずどどどど! と、地鳴りが響いた。
「なんだっ……!? 村人の反応が……!? おい、どうした!」
『分からない! いきなり何かが降ってきて、うわ、ぎゃああああっ!』
再びの地鳴り。
何かが飛来してきて、この辺りを蹂躙しているらしい。
慌てふためく白衣の男。
直後、目の前の壁が破壊された。って、えええええっ!?
「あぶなっ!」
飛んできた瓦礫から身をかわし、あたしは藁のベッドに頭からダイビングする。うげ、全身がチクチクするう!
耳鳴りがするくらいの轟音が何回か響き、あたしはこっそり藁の中から様子見する。
土煙が立ち込める中、誰かが中に入って来る。
「やっほー。助けにきたよ、アイっち」
のほほんと、抑揚の少ない声。
じわ、と涙腺が緩んだのが分かった。姿がシルエットだけしか見えなくても分かる。
矢野だ。
ああ、来てくれた。
「な、なんだお前っ!」
「え、見て分からない? アイっち救助隊です。って姿が見えないか」
矢野は風の魔法を発動させ、周囲の土煙を消し去った。
いつものように、スーツに役場のジャケットを羽織った姿で、いつもと変わらない表情で、矢野はそこにいた。
「お前っ……!? 救助隊とか言いながら一人じゃないかっ!」
「「つっこむとこそこなんだ!?」」
反射的にあたしと矢野のツッコミが唱和する。
けど、相手に気にする様子はない。いや、焦燥はしてるけど。
「だったら……! 族長っ! 契約だ、契約を果たせ!」
ウポッキャ族か。
あたしはすぐに察知する。確か、ウゴッホ族と対をなす部族。おそらく、彼らと何かしらの協力関係にあるのだろう。
確かに彼らもまた戦闘部族。でも無理だ。アタッカーであるプレイヤーのステータスとは比べるまでもない。矢野にそこまでの戦闘力があるかどうか、だけど。
大丈夫。
何故か、あたしはそんな確信があった。
現に、矢野は一切動じるどころか、自分がぶち明けた壁を振り返る。
「あー、無理だと思うよ」
言った瞬間、何かが飛んできた。
それは、明らかにひとで、どしゃっと音を立てて床に転がった。既に全身傷だらけのその筋骨隆々の男は、もう立つことさえ出来ないようだ。
「だって、彼が倒したから」
「ウ――ウゴッホォォォオオオオオオオ―――――っ!」
耳が突き刺されたかのような、豪快な雄叫びと共に、アスラが入って来る!
まさか、彼まで来てるとは!
「な、なんだ……って……!?」
「ウゴッホ! ゴゴッホウゴッホ! (愛の力の前には、単なる見せつけるだけの強さなど無意味! 私の心は熱く熱く燃えているのだ、負けるはずがないだろう!)」
う、うわぁ、なんて恥ずかしい言葉をっ……!
しかもアスラは自信ありげな表情であたしを見つめてくるし。やだ、ちょっと。情熱的。
っていうか傷だらけじゃない。
それだけ激しい戦闘だったのだと悟った。そして、勝ち抜いたんだ。
「あ、一応言っておくけど、集落で飼育してたっぽい魔物も、他の部族の面々も、全員ぶちのめしてあるから。安心して。もう君はたった一人だよ」
唖然としている男に向けて、矢野はなんでもないといった様子で、とんでもないことを言ってのけた。
ぜ、全滅って……しかも魔物ごと? あの地鳴りのようなアレか。
なんだ、広域殲滅魔法でも使ったの? いや、でもあれは魔法使いでもかなり上位職でないと使えない。矢野は弓使いだし。
「ば、バカなっ、そんなっ……!」
「どうやってって? こう、弓で」
「ありえないっ!」
「論より証拠ってね。ほら」
矢野はしれっと矢をつがえ、そこにとんでもない力を込めてから放つ。
天に向かって矢を放つ。凄まじい反動が強風となって周囲に広がる中、矢は閃光となって直進して弾け、まるで雨のように周囲に降り注ぐ!
やってきたのは、地鳴り。
次々と降り注ぐ矢は、周囲にちょっとしたクレーターを作っていく。
って、なんだ、なんだそれ。尋常じゃないどころじゃないぞ!?
「じゃあ、まぁ理解してくれたところで。アイっち。《プリズンは破壊してあるよ》」
ぽかんとしていると、矢野がちょっとだけ微笑んだ。
理解と同時にウィンドウが立ち上がる。――そうか、そういうことか。
「――本当は、本当は、僕がキッチリと地獄を見せてあげたいところだけど、でもそれをしても、アイっちの鬱憤は晴れないだろうから」
「ええ、そうね」
あたしは藁の中から出る。ああ、もう。パンプスの中にまで。っていうか、服の中にまで入ってきたわね、これ。
不快になりながらも、あたしは背中に小さくなって収納していた武器を取り出す。
「え、あれ、あれぇっ!?」
「そういえば思い出したわ。プリズンって、人を後ろ暗い思考にさせる効果とかもあるんだったっけ。それを増長させるような物言いであたしを追い詰めようとしてたのね」
あたしは首をこきこきっと鳴らし、足首と手首をこねくり回して解す。
「この卑怯者」
「くっ……! こうなったらやるしかないかっ……! 《召喚》っ!」
男は魔法陣を自分の足元に出現させる。直後、出てきたのは天井を突き破ろうかというくらいの大きさの悪魔だった。
へぇ、こんなヤツを召喚できるんだ。腐ってもプレイヤーってことなのね。
思いつつ、あたしは回転する。
「八回転っ! ホームラン・ソーサぁぁぁぁあっ!」
腰の捻転をしっかり入れた一撃を叩き入れ、あたしは悪魔をあっさりと打ち飛ばす。
ぱっかーん! と気持ちの良い音の直後、悪魔は天井を突き破ってどこかへ飛んでいく。
あれは場外確定ね。
額に手をやって扇ぎ見つつ、あたしは男に目線を持っていく。
「なっ……な、はあぁっ!?」
「アイっち、コイツはかっとばしたらダメだよ?」
「分かってるわよ」
でも、容赦はしない。準備運動も終わったことだし?
あたしはぐる、ぐるぐると回転を始める。
「最初は七回転だっけ。じゃあ、その倍で」
「えっ、は、はあああっ!?」
「取り調べはとりあえずその後で。十四回転……インパクト・バンカぁああああああっ!」
慌てふためく男に向けて、あたしは容赦なくハンマーを振り下ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます