第22話 ちなみにTKGでも失敗します。
矢野くんの動きは一瞬だった。息を吸うよりも早く、アスラくんと距離を詰める。
「本当か、アスラ」
抑揚のない、いつものような声。でも、そこに籠められた緊張は桁違い。
あら、空気がピリピリしたわね。
それだけ矢野くんが必死ということなのだけど。
「嘘、つく、おかしい」
アスラくんも、相当いらついたのか、剣呑な調子で返す。いや、近い近い。二人ともキスしそうなくらい近いわよ。
これは引き離さないといけないわね。
でも、そういった役割は、私じゃなくて――
ちらりと見やるだけで、上道は承知したように頷いた。
ツカツカと音を立てて歩み寄り、あっさりと二人の間に割って入って押し剥がした。
「やめろ、お前ら。そんな今からタイマンするかのような雰囲気出すんじゃねぇ」
さすがの強面フェイス、矢野とアスラは圧倒されて引き下がる。
思わず拍手してあげたいくらいだわ。
「とにかく、今やることをやるしかねぇ。まずは結論が欲しい。結局相沢がどうなったのか。アスラ。あんた、相沢の居場所が分かるんだろう。どっちだ」
上道が訊ねると、アスラは川の方角を指差した。ああ、これもう確定。
間違いなく、茜ちゃんは捕らえられたのね。この町にちょっかいを出し続けてくれているおバカさんに。
なんで茜ちゃんを拉致したのか、だけど。
思い当たる節はあるわ。高い戦闘能力もあるし、戦闘部族であるウゴッホ族を率いている。かなり魅力的なのは間違いないもの。
事実として、私たちも彼女たちが魅力的だからこそ、戦闘において仕留めずに保護という形を取った。
つまり別の誰かが同じようなことを狙ってきても不思議はない。
ただ、やり方がとっても気に入らないけれど。
私は内心に沸き上がる怒りを抑えつつ、ちらりと矢野くんへ視線を送る。
「この世界において、彼女をどうにかする方法はあるかしら」
「……魔法を使う、薬品を使う、洗脳する。奴隷契約を結ぶ。色々と。アイっちがまともな判断が出来ている間は大丈夫だとは思いますが……」
「その判断を脅かすように精神をごりごり削りにくるんだろう」
言いにくそうにした矢野くんの後を、上道が引き継ぐ。
これは時間との戦いね。すぐにでも救出作戦を計画、実行すべきだわ。まずは町長に脅迫……否、提案して。
可能ならば全員で向かうべきね。防備は少し甘くなるけど、逆に相手が攻めてこれる戦力があるかどうか……威力偵察をしたいところではあるわね。
「助けにいくのは、俺とコイツだけで十分です」
深く思考に潜っていたら、矢野くんが静かに提案した。
同時に、私へメッセージが送られてくる。あれ、これって茜ちゃんのスケジュールじゃないかしら。何か書類まで添付されてるけど。
「アイっちが帰ってくるまでの間は、彼女の仕事をお任せします。そこに必要なのは記載されてますし。料理の試食会もありますが、レシピ通り作れば大丈夫です。味は間違いありません」
いつもの、どこか気の抜けた矢野くんとは違う口調だった。
釣られるようにファイルを開くと、確かに読みやすくて綺麗に纏められたデータが表示される。茜ちゃん、実は出来るOLか。
「アイっちが帰ってきて、何も出来てなかったら大変ですし、交流会は明日ですから」
矢野くんはまっすぐ私を見据えてきた。
「でも、お前らだけで大丈夫かよ。相手はどれだけの戦力を保有してるか分かってないんだぞ」
「関係ないです」
上道の当然な懸念を、矢野くんはたった一言で切り捨てる。一瞬だけ、上道が苛立ったように眉値を寄せるけど、それより早く矢野くんは弓を構えた。
「全部、ぶちのめすだけなんで」
しれっと言ってのけるこの自信。もちろんハッタリではない。
そもそも、考えるべきなのよ。
ウゴッホ族を率いて、バンデッドクエストを挑んできた茜ちゃんを、町に一切の被害を出さず、気絶させる程度に痛め付けたのは一体誰なのか。
そんな超越的な戦闘スキルを持っているのは一体誰なのか。
言うまでもない。矢野くんである。
彼は、このメンバーの中で間違いなく最強なのよ。そうなったのはつい最近のことだけど。
「……出来るんだな」
「やってみせます。他でもない、アイっちを救う役目は僕です」
上道の念押しに、矢野くんは堂々と言ってのけた。これだけの胆力、いつの間の身に付けたのかしら。
いつもなら、定時で終わった後も余裕で活動できる程度にスタミナ消費を抑え、やる気もあまり見せないというのに。
誰かを好きになるって、情熱的ね。
ふふ、と微笑んでから、私は手を叩いた。
町長への報告は後にしよう。今は現場判断最優先。
「分かったわ。それじゃあ茜ちゃんの救出隊は矢野くんとアスラくんで。ただ、ナビゲートは必要だろうから、小田くん」
「サポートは任せてください」
すでに準備をしていたらしい小田くんは、力強く頷いてくれた。
だったら、部下のやる気にこたえてあげるのが上司の役目ね。
「じゃ、茜ちゃんの仕事は任せてね。後、町の防護も。上道係長、いくわよ」
「はい」
見送りは不要。
矢野くんはアスラを連れて素早く川へ向かっていく。
「茜ちゃんの業務は、と……これならなんとかなりそうね」
「いや、一つ大きな問題があるだろう」
「問題?」
分からないで問いかけると、上道は信じられないといった様子を見せた。
「この調理と試食だ。無理だろ」
女子に向かってその発言はないんじゃないかしら。
「失礼ね、レシピ通り作れば大丈夫でしょう?」
「……水二〇〇ccってどれくらいだ?」
「大きいビールジョッキ二杯くらい?」
「たっぷたぷな二〇〇ccだな。オーバー甚だしいわ」
冷たいツッコミに眼差し。ちょっと、本当にどういうことなの。
さすがにムッとするけど、上道は一切それに怯まない。
「っていうか、料理作れるのか?」
「作れるわよ。黄身の潰れた目玉焼きくらいなら」
「それ失敗してるからな? 盛大に失敗してるからな? 目玉焼きじゃねぇだろ」
「ちゃんと白身もあるわよ? 黒いけど」
「なぁ白身って漢字かけるか? 白いから白身なんだぞ? なんで黒くしてんだ。あれか、焦がしてるのか。徹底的に焦がしてるのか」
「最近のフライパンって焦げ付きやすいのよねぇ」
「むしろ焦げないように進化してるんだけどなぁ! テフロン加工とか!」
とうとう耐えきれなくなったか、上道は声を大きくさせた。
「じゃあ、このあたりは上道係長に任せるわねぇ?」
「……は?」
「ということで、よろしくね」
私は笑顔で言ってのけたのだった。
◇◇◇◇◇
失策だ。
誰がなんと言おうと、僕の失策だ。
どうして、アイっちと離れたんだ。どうして、アイっちとパーティを組まなかったんだ。そうすれば、もっと早く事態に気付けたのに。
こんなことになる前に、助けられたはずなのに。
思わず歯噛みしてしまう。
過信しすぎてしまった。アイっちが強いから、と。でもそうじゃないんだ。
アイっちは確かにゲームに詳しいし、強いし、色々と破天荒だけど、でも、まだこの世界に来て間もない、女子なんだ。
右も左も分かっていないんだ。
そう。彼女にはどれだけの価値があるのか、自分で気付いていない。
だからこそ、守ってやらないといけなかったのに。
僕は本当に何をやっているんだ。
ああ、ダメだ。ムカつく。本気でムカつく。許せないんだ、自分が。
「僕は……本当に、子供なんだな」
一目見た時から、惹かれた。
それを否定することなんて出来ない。どうしたって、僕は、アイっちが――茜のことが、好きになってしまったんだ。
こんなこと、初めてだ。
今まで、誰かを好きになったことはないし、興味もなかった。それなのに。自分でもすごい不思議だ。
でも、どうして接していいか分からなくて、甘えるようにして。そんな自分が嫌だけど、他にどうしようもなくて。でも、でも。
守るって気持ちだけは、本気だったのに。
こんなバカみたいことするなんて、信じられない。
「だから、後生だから。君だけは、僕が助けるから」
無事でいてほしい。
僕はそう強く願って、河原に辿り着く。
「アスラ。アイっちはどこにいる?」
「あっち」
アスラは言いつつ、河原の向こう側を指す。やはり、森の中か。
「小田っち」
『分かってる。今解析してる』
返事は早かった。
『見つけたよ。カモフラージュが何重にもかかってるけど』
「分かった。ありがとう」
僕はそう言って、矢をつがえる。
全てのスキルを解放、使用。目標は、あの森のエリア。即死系の殺傷系だけは除外して、後は全員沈黙させる。
――待ってて、アイっち。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます