第21話 新庄課長は出来る子

「スタンピートって、魔物の巣が生まれたってこと!?」


 あたしの確認に、矢野は頷く。

 FFWにおけるスタンピートは、一定数以上の魔物が集まることでコミュニティを作り、爆発的に繁殖した結果だ。


 それを魔物の巣という。


 厄介なのは、いろんな魔物が配合するため、奇っ怪な魔物が出てくるところにある。ほとんどは配合元の魔物より若干強くなる程度だが、希にとんでもないものが生まれたりするのだ。

 そうなると、とんでもない高難度のクエストに発展したりする。


「とっとと何とかしないと、畑の開墾どころじゃない」

「わかった。急ぎましょ」


 あたしたちは踵を返して、町の入り口へ向かう。

 その間にも、次々と情報が入って来る。すでに小田くんが近くで哨戒しているようだ。


「魔物の巣は全部で四つ、厄介ね、一つだけ方角が違うわ」


 ウィンドウに表示された、赤く光るポイントを見て、あたしは苦る。


「じゃあ、こっちは僕が担当するね」

「え、大丈夫なの?」

「僕、こう見えて結構強いからね?」


 拗ねたか、矢野は口をすぼめて言う。

 そりゃそうか。昨日、一緒にゲームしてて思ったけど、矢野はかなりのゲーマーだ。FFWでも相当やりこんでたはずだろうし、攻略組にこそ入れなかったとしても、この周辺の魔物に負ける要素なんてないわね。

 

「分かったわ」

『茜ちゃん、新庄です』

「はい、相沢です」


 割り込む様に音声通信が開始された。というか、グループ通話ね。ゲーオタ課に所属すると同時に入った仕事用グループチャットだ。


『悪いのだけれど、部族の方々を連れ出せるかしら』

「それは大丈夫ですけど、何かありました?」

『彼から新情報が手に入ったの。彼自身、計画の全容を一切知らされていなかったようだから、こっちで解析に少し時間がかかってしまったんだけれど……今回のスタンピートは、計画の途中段階なのよ』


 ぞく、と、背筋が凍った気がした。

『連中は、大量の魔物を生み出し、それを生贄にとんでもないものを召喚しようとしてるみたいなのよ』

「とんでもないもの」


 脳裏に記憶が駆け巡る。

 大量の魔物。生贄。それは、魂の交換から始まる――悪夢の召喚。


「まさか、黙示録の災厄アポカリプス・ナイトメア――!?」


 それはFFWのデータを一部解析しようとハッキングした連中からの情報でしかないものだ。でも、実際、イベントで一度だけ発生したことがある。

 確か、夜中にいきなり始まったクエストで、世界中に大量の魔物が発生。その駆逐クエストだった。プレイヤー数の少なさが災いして失敗に終わり、彼らが降臨した。


 今でも覚えてる。


 あたしもトッププレイヤーとして参戦して、彼らを討伐しようとしたけど、あっさり倒されて。僅か一週間で、全プレイヤーが倒される事態になった。

 そんなバケモノが降臨したら、マジで終わる。


『可能性としては一番高い、って小田くんが』

「僕もそれに同意かな」


 矢野の肯定の追加に、あたしは即座に部族ウィンドウを立ち上げた。

 ――緊急招集。戦闘要員は、全員集合。



 ◇◇◇◇◇



「どぉっせええええええええええええええええいっ!」


 あたしはハンマーを振り回し、飛びかかってきていたゴブリンの五匹を一度に殴り飛ばす。その近くでは部族の面々が戦闘をしていて、次々と魔物を屠っていく。

 ずしん。

 重い足音と共にやってきたのは、この辺りではレアエネミーのミノタウロスだ。


 感じる慄き。


 あたしはその中で怯むことなく特攻していく。

 助走しながら回転。さらに跳躍しつつ回転。回転数は、七回!


「ホームラン・マグワイアあああああああああっ!」


 豪快な破砕音を残し、ミノタウロスも見事にぶっ飛んでいく。

 きらーん、と星になったのを見届けて、あたしは着地。ふうと息を吐いた。

 主だったのは、これで全部仕留めたかな?


「「「ウゴッホウゴッホ!」」」

「「「ヴァーゴッホッホ!」」」

「「「ウンババウゴッホ!」」」


 残るは雑魚のみ。

 武装させた部族の面々に負ける理由なんてない。二つものスタンピートを引き受けたあたしたちの負担は大きかったけど、なんとかなったわね。


「長、大丈夫、無事」


 そんな中、アスラがあたしに駆け寄って来る。

 もう何度目かしら。いや、この子が一番張り切ってて、何をするか分からないからパーティを組んでるのよね。だから来るのかもしれないけど。


「ええ、こっちは大丈夫よ。だからあっちを手伝ってあげて」

「わかった」


 私の指示に従い、アスラは援護に向かって走っていく。

 この辺りは、凹凸こそあれど、単なる草原だ。盾になるような遮蔽物はない代わりに、見晴らしが良いのでどこで苦戦しているかがすぐに分かる。


「それに、あたしはヒーラーだしね」


 体力ゲージが少し減り始めているメンバーに、あたしは回復魔法をかけていく。同時に支援魔法もかけて、能力の底上げも行う。こうすれば、負けはない。

 危なげない戦闘を見守りつつ、あたしは視界の端にマップを睨みつける。最初に比べてかなり敵の数は減ってる。マップを少し広域にしてみると、他のスタンピートのところもかなり敵の数は削れているようだ。


 このままいけば、どうにかなるみたいね。


 なんとしてでも、今回は早急に対処しないといけないもの。

 後、出来れば相手方の召喚師サモナは捕まえておきたいところね。


 なんとかマップ探知に引っ掛からないかと何回か探索はかけている。


「……! 引っかかったわね」


 プレイヤー反応を見つけて、あたしは確信する。

 即座にあたしは動く。この距離なら、追いつけるか?

 思いつつ、あたしはプレイヤーが潜んでいるエリア、森へ向けてダッシュをかけた。


 相手も気付いたか、動き始めた。けど、とろい!


 あたしは加速系のスキルを使いながら、どんどんと距離を詰め、森へと入っていく。

 距離は、かなり近い!

 あたしはそのまま鬱蒼とした森を駆け抜けた。



 ◇◇◇◇◇



「アイっちが、戻ってこない?」


 私の問いかけに、誰よりも早く反応を示したのは矢野くんだった。

 予め集合場所として設定していた場所に、彼女だけが戻ってこないのだ。ウゴッホ族の面々は集まっていると言うのに。

 それに、彼女はかなり上手にやったみたいで、部族の彼らに大怪我をしている者はいない。元々強いというのもあるけど、ちゃんとケアしてたってことね。

 たぶんだけど、強敵系は全部引き受けてたんじゃないかしら。


 だからこそ、不可解。


 彼女が、彼女だけが戻ってこないなんて。

 私はすぐに小田くんへ視線を送る。ミランダ――ウゴッホ族のサブリーダーと行動を共にしていたらしい彼もまた、前線で戦っていた。本来なら後方支援なのだけれど、今回はそう言ってられなかったから。

 それに、ミランダのために強くなろうとしてたみたいだし。


 小田くんは悟ったのか、すぐに頷いた。


「どう?」

「付近には反応がありませんね」


 答えと共に、小田くんの表情は険しくなる。

 つまり、作戦行動範囲内にいないということ。彼女がそんなことをやらかすとは到底思えない。もうこれだけでほぼ確なんだけれど。


「もしかして……拉致られたってことか」


 私が最も強いと思う可能性を示唆したのは、上道係長。

 言いにくいことを、いざという時には言える。彼はそういう判断が出来る。だからこそ、私の傍に置いているのだけれど。


「そんな……あのアイっちが?」

「確かに、いきなり野生になって現れるし、野獣になっちゃったり、色々と女子としての概念を片っ端からぶっ飛ばす子だけどね」


 信じられない様子を見せる矢野くんに、私は告げる。


「彼女は女の子よ? ……たぶん」

「最後の一言が余計です」

「いや、ごめん。不謹慎だけどちょっと自信なくしたの」

「どんな自信の揺らぎ方だあんたはっ! っていうか今はそこ気にしてる場合じゃねぇだろ! 相沢をどうするかってことだ!」


 ああ、待ってたわ、そのツッコミ。

 ちょっと空気が重すぎるから、おどけてみせたのよ。上道なら分かってるだろうけど。でも一応目線でそう送りつつ、私は手を叩く。


「そうね、ごめんねぇ。とにもかくにも、相沢さんを捜索しないといけないわね」


 これは急務だ。

 彼女が行方不明になってしまった場合、ウゴッホ族の処遇にも影響してくる。それだけではないわ。いえ、もっと重要な問題がある。


 私はちらりと矢野くんを見やる。


 相変わらずフラットな表情と態度のように見えて、手が小刻みに忙しないし、足先がトントンと煩いリズムを刻んでいる。

 明らかに苛立ってるわねー、あれは。ちょっとシャレにならないわ。


「探すっていっても、どうやってです? 相沢さんとはパーティ組んでないから、居場所なんてわからないですよ」

「そうね。相沢さんが救難信号を一秒でも出してくれれば、一発なんだけど……」


 救難信号はFFWの特殊な技能の一つ。

 周囲のプレイヤーや、フレンドに自分の危機を報せることが出来る。ただし、スキル扱いなので、スキル封印をかけられていると使えない。


「それでも、どうにかして探す」


 口を開いたのは、矢野くんだった。もう我慢の限界のようね。

 す、と私は目を細めて咎める。けど、彼に効果はない。いつもなら聡く気付いて引き下がるのだけれど。相当頭に血が昇ってしまっているわね。


「おい、矢野。闇雲に探しても」

「犯人の目星はおおよそついてる。居場所も、きっと、なんとなくだけど分かる。だったら、そこをしらみつぶしに探せば……!」

「その気配を悟って、相手はさっさとどこか遠くにいってしまうわね?」


 冷静、冷徹。

 私は敢えてそうやって意見をぶつける。


「……っ!」


 矢野くんも悟ったか、苦い表情を浮かべた。


「俺、場所、わかる」


 そんな時だ。

 手をあげて進言してきたのは、ウゴッホ族の一人だった。


「アスラ」


 矢野が何故か微妙な敵意を持って名を呼んで、ウゴッホ族――アスラもまた、険しい表情を一瞬だけ矢野に送り返してから私を見る。


 あれ、あれあれ? これってもしかして。


 私の中の乙女センサーが素晴らしく反応を示した。

 きっと、これは。恋のライバルね!

 うずうずとしたけれど、今はそこじゃない。


「アスラ、くんだっけ。どうしてわかるの?」

「パーティ、組んでる」


 その一言は、全てを解決する言葉だった。 



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