第19話 早食いもOLの必須技能なんです。

 よしちょっと待て、ちょっと待て。なんだ、今何が起こった。


 あたしは空白になった空気の中、無表情になりつつも内心で大混乱していた。

 いやだって。いきなりよ? いきなりの告白よ?

 なんだそのうっちゃり具合は! あれか、ツッコミかツッコミ待ちなのか!


 だが、どう見てもボケではない。


 だって、アスラの表情は真剣そのものだったからだ。

 そもそも彼ら部族にこういう関係でジョークを飛ばすようなユニークさは感じられない。思いっきり素直で可愛いと思える人柄だもん。

 って、だったら、ええ、どうしたらいいんだ、あたし。


 困っていると、おろおろとした様子で矢野があたしのアスラの間に入り込んでくる。


「お、おおお、お、お、おお、おちゅちゅきゅんだ」

「よしあんたがおちゅちゅけっ!?」


 っていうかなんだそのへっぴり腰!?


「長、俺、今、弱い。長、みたい、強く、ない。でも、俺、強く、なる」


 そんな矢野を無視して、アスラはあたしをひたすらに見据えてくる。

 強い、けど少年みたいな、まっすぐな眼差しで。

 やばい。危うい。貫かれそうだ。


「いつか、人間、星、する」

「いやそれはやらない方がいいから」


 即座に訂正を入れる。

 っていうかやめてくれ? あたしの女子力というか何かが削れるから。


「だから、守る。だから、長、結婚、しよう」


 うぐう!?

 あたしはどぎまぎして、答えに窮した。ちょっと、もう!

 しっかりとした足取りで近付いてくるアスラ。すると、矢野が今度こそ割り込んできた。


「でも、今はまだ彼女より弱いでしょ」

「それ、そう」

「なら止めて置いた方がいいよ。彼女は自分より強い奴じゃないと付き合うことさえしないから」


 しれっと嘘をぶちまける矢野。

 いつもなら後頭部にツッコミの一撃か二撃くらい入れるもんだけど、ぐっと我慢する。


 今、この状況下において、一番有効打だ。


 それを示すように、アスラは明らかに怯む。

 よし、いけっ!


「でも、いつか」

「いつか、っていつなのさ。今挑んでみる? 君も覚えてると思うけど、あの召喚師サモナがブッ飛んでお星さまになったの。ああなるのが落ちだよ?」

「ぐっ」


 なんか刺された気がする。


「あれは武器の性能だけじゃない。ハンマーの握り、腰の回転、軸足の踏み込み、体重移動、そして狙い。全てが完璧に破壊という一点に突き抜けてたから出せた威力だ。女子力の全てを犠牲にして! 見ただろう、あの女子とは思えない気合いのこもった顔面を! 歯を食いしばって鼻をごもごっごっ!?」


 物理的に口を押さえ込み、あたしは愛想笑いをアスラへ向ける。

 矢野がバタバタもがくので、腰に膝を何度か打ち込んで黙らせつつ、あたしは口を開く。


「とにかくまぁ、そういうことだから、今は、ね?」

「わかった。強く、なる。そして、長、妻、する」


 そこは諦めないのね。

 だがそれを口にするとはさすがに出来ないので、あたしはあいまいな笑顔を返す。

 アスラは一礼してから屋上のドアへ向かった。


 うーむ、これは、厄介な気がする。

 思いつつ、矢野を解放した。


「ぷはぁっ。ちょっと、危機をなんとかしてあげた恩人に対してどんな仕打ちなの? ドSとか鬼畜とか、そんな言葉じゃすまないレベルなんだけど?」

「何を言うのよ! 人のことバカにして! あたしだって乙女なんだからね!」

「乙女って、どこが!?」

「確かに乙女らしいところは魅せられてないというか逆を突っ走ってる気がするけど! でもね、あんたこれだけは言っておくわよ、女子力と乙女は比例一致しないんだからね!」

「アイっちの場合、どっちも暴力的な方に振り切ってるもんね」

「よし良く言った、今すぐ町の外までぶっ飛ばしてやろうか」

「そこだよ? そこなんだよ?」

「あんたこそ、その口を少しは閉じたらどうなのっ!」


 慌てて逃げる姿勢をとる矢野に、あたしは指をさしながらツッコミを入れた。


「っていうか、今仕事中だから。ここまでにしておこう」


 旗色悪しと見たか、矢野は建設的な切り方をしてきた。


「っていっても、これ以上観測しても無意味でしょうが」

「うん。それは報告するんだけど、僕らには他にやることがあるでしょ?」


 言われて、あたしはようやく思い出す。

 そうだった。交流会だ。そっちも凄く大事なことだ。他にも、部族の面々に宛がう仕事の割り振りに関しても考えていかないといけない。

 部族の面々は、全員が全員、戦士ではないのだ。女性もいれば子供もいる。もちろん、ミランダのような女戦士もいるし、比率でみれば戦士は圧倒的に多いけれど。


 だが、勘違いしてはならない。


 戦士だけで形成された村なんてないのである。

 それはウゴッホ族にもあてはまる。だから、一人ひとりに適切な仕事を割り当てないと。


「そう、ね。そうだったわ」

「どうせ放っておいても連中はまた来るんだろうから、今はそこに神経尖らせないでいいんじゃない? 畑の問題だって、新庄課長たちが捕まえた召喚師サモナからの情報である程度解決出来そうだし」


 その通りだ。

 ヤツの目的は、町長への復讐――というか町の乗っ取り――と、あたしだし。その二つが揃っているここを狙ってくることは間違いがない。


「さっきまで尖ってたのは別の理由ですけどね?」

「それは言わない約束では」

「そう思うなら変なことはいわないことね」


 しっかりと釘を刺してから、あたしは息を吐く。

 ほとんど同じタイミングで、矢野の腕時計が五時を報せた。


「あ、帰らなきゃ」

「一瞬で切り替えたわね、今」

「仕事は仕事。プライベートはプライベート。だよ。ゲームもしたいし」

「最後が本音ね」

「当然。今日は昼にあんまり出来なかったからもう禁断症状出そうなんだ」


 言う矢野の表情はちょっぴり怖かった。

 なんだ、どんなジャンキーだあんたは。 


「それに、今日はプラネッタオンラインのアップデート日だし」

「え、それマジ?」

「あれ知らないの?」

「知らなかった……! っていうか、忘れてたわ……」


 私はがっくりと地面に手をつきながら、己を恥じる。

 プラネッタオンラインは、FFWに近い世界観があるSF系だ。まだまだ始まったばかりで、密かにハマっていたのである。

 ま、まさかそのアップデート日が今日だなんて……いけない、やりたくなってきた!


「アイっちも持ってるの?」


 矢野は目をきらきらさせながら訊いてきた。


「うん。まだ人が少ないから出来ることもアレだけど、結構人気出そうだなって思って」

「え、サーバは?」

「ファーストだけど」

「同じだ」

「え、じゃあ、ウチでちょっとやる?」


 あたしは携帯ゲーム機なんて持ってないけど、PCは支給されている。スペック的には問題なさそうなので、インストールすればいい。IDもアカウントも覚えてるし。

 すると、矢野が一瞬で距離を詰めて来た。

 なんだその電光石火!

 とツッコミを入れるより早く、あたしの手を取る。


「やるっ! よしいこう」

「へっ、あ、ちょっと!?」


 手を引っ張る矢野の力は思ったより強かった。



 ◇◇◇◇◇



 ――ぐつ。ぐつぐつぐつ。


 家の中に、美味しそうな匂いがたちこめる。カレーってどうして、こう、胃の裏側から食欲を刺激する匂いなんだろうな。

 あたしはヨダレが口から出そうになるのを我慢しながら、おたまで鍋の中身をまぜる。


「アップロードはどれくらい?」

「……七割ってとこ」


 リビングにいる矢野へ声をかけると、少し不機嫌な声が帰ってきた。


 さもありなん。


 プラネッタのアップロード、かなりの大型だった上に修正パッチとかも入った影響で、かなりの時間を要しているのだ。

 あたしはカレーの試作品が作りたかったのでちょうど良かったけど、矢野からするとたまったもんじゃない。


 さっきから機嫌が急降下だ。


 そういう子供っぽいとこ、ちょっとだけかわいいと思わなくもない。

 仕方ないなぁ。まったく。

 あたしは思いつつ、鍋の蓋をあける。蒸気がもわっと広がって視界が塞がれるが、その奥には鮮やかな濃緑の葉。


 ウゴッホパンである。


 素手で触れば火傷間違いなしなので、トングを駆使して取り出して葉を広げる。

 露になったのは、見事な白いふかふか。うん、形も綺麗になったわね。

 さっと包丁でケーキみたいに切り分けてから、カレーの味見も済ませる。うん、目的とした味になってるわ。

 一回で成功して良かった~!


「とりあえずまだ時間かかるんでしょ? ご飯にしない?」

「……する」


 提案すると、矢野の返事は微妙に遅かった。


「なんで微妙に拗ねてるのかな?」

「拗ねてないよ。ただ不安なだけ。だって、いくらカレーとはいえ、アイっちの料理って……」

「しばくわよ?」


 本当に失礼だわ。もうこうなったら味で黙らせてやるわ。

 思いつつ、あたしはテーブルにカレーとパンを並べる。色は完璧な日本風の濃い色のカレーで、野菜もゴロゴロ入っている。

 調達できたのはキノコ、ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、アスパラ、トマト、リンゴ。アスパラは彩りも良くなるし、トマトはピューレにして隠し味にしてみた。後、アルバードの出汁も使ってる。

 また、リンゴは蜂蜜で煮込んでトロットロにした上で加えた。

 なので、かなりまろやかに仕上がってるはず。


 何せ、調達できたカレールーが中辛だったのだ。


 これだと、大人は食べられても辛さが苦手な人や子供には厳しい。なんとかして辛みをセーブする工夫が必要だった。


「……美味しい」


 一口、恐る恐る食べた矢野は、目を見開いてからぽつりと零した。

 よっしゃ!

 内心でガッツポーズをとりつつ、あたしは平然とした表情で鼻を鳴らした。


「ふふん、どうよ」

「すごいね、あんまり辛くない。後からちょっとスパイシーさが来るけど、全然大丈夫」

「それでも辛いと感じたら、ハチミツのリンゴピューレを追加で入れようかなって思う」


 あたしは琥珀色のトロトロしたピューレを差し出す。


「うん、これなら大丈夫じゃないかな。味に深みがあるっていうか、ちょっと和っぽいっていうか、アルバードの旨味がヤバいね」

「鶏ガラ出汁使ってるしねー、それでこのパンと食べてみて。こっちもちょっと工夫してるの」


 あたしはウゴッホパンを差し出して言う。

 矢野は受け取ると、ぱくっと食べた。こっちは抵抗ないのね。


「ん……。ちょっとだけ、甘いけど、塩気? こっちのも出汁入れたの?」

「隠し味程度なんだけどね。昆布だし。相性が良くなるかなって」

「アイっち……本当に美味しい。凄いな」


 矢野は本気で感心している様子で言う。


「後はサラダと、ジュースとかお茶とか、だね。用意するとしたら」

「そうだね。後、牛乳。じゃあそれをリストに追加しようか」


 言いつつ、矢野はウィンドウを出現させた。その指は一瞬だけ動きを止めたが、すぐに素早く動き始めた。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

「あらそう」

「それより、アップデートがもうすぐ終わりそう」

「じゃあ食べちゃおっか」


 矢野は大きく頷いてから、男の子らしく大きく口を開いて一気に食べ始めた。

 あたしもそれに負けじと食べる。

 うん、美味しい。鶏ガラの下味がしっかりつきながらも、甘さと辛さが調和してて、野菜の旨味もしっかり出てるわ。キノコも良いわね。

 それにパンの出来具合もいい。もちもち感が増してるけど、ほろほろ溶けていくので、喉が詰まることはない。お年寄りにも優しいわ。


 なんて思いながら食べ終えると、どうしてか矢野がまだ食べている途中だった。


 …………あれ?


 冷ややかな目線を浴びながら、あたしは首を傾げて誤魔化した。だ、だって、美味しかったから、つい、こう!

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