第18話 爆弾

「……つまり。勢いあまってぶっ飛ばしたってこと」


 町長室での報告を済ませると、町長は少し困った様子でまとめた。

 広がったのは、気まずい雰囲気。

 あたしは苦笑するしかなくて、矢野は町長から顔を逸らして口笛を吹く真似さえしている。いや思いっきり失礼でしょそれ。

 咎める意味で睨むも、それ以上に副町長からの視線がめっちゃ怖い。


「まったく。捕まえてさえいれば、これで解決出来たというのに」


 ちくちくした言葉に、あたしは答えられない。


「まぁまぁ、仕方ないでしょ。さすがにいきなり迫られたらぶっ飛ばしちゃうって。普通ではないけど」

「……おっしゃる通りで。往年のホームランバッターを彷彿させるようなフルスイングとか。女子としてはあるまじき行動ですな」

「二人して言いたい放題ですね!」


 耐えきれずあたしがツッコミを入れると、副町長は咳払いした。だが、町長は即座に両手をホールドアップする。


「あ、ごめん。謝るから右ストレートはやめて?」

「ご所望なら一発いれますが」


 この人、こういうところ本当に矢野っぽい。

 というか失言したような気がする。でも誰も咎めてこないので、良いんだろう。きっと。


「とにかく。怨恨の線、か」


 話を切り替えるように、町長は唸る。


「追い出されたとか言ってましたけど、何をしたんです? 俺、知りませんよ?」


 追求を入れたのは矢野だ。

 ああ、確かに履歴がないとか、色々と言ってたわね。となると、私的な怨恨ってことなのかしら?

 なんて思っていると、町長は報告書に添付したスクショを見ながら「ふう」と鼻を鳴らす。


「うーん、確か、ここにやってきたばかりの頃、いきなり訪ねてきて、ちょっと自分が町長になるからその座を明け渡せって言って来たヤツがいたんだよ」

「そう言えばいましたね」


 思い出したのか、副町長が上を見上げつつ相槌を打った。


「こっちもじっくり話を聞いてあげられる余裕なんてなかったし、お引き取り願ったんだよ。割と物理的に」

「物理的に」

「平たく言うと、二度と町に入れないようにした」


 そういえばそんなコマンドあったわね。

 FFWのシステムを思い出しつつあたしは続きに耳を傾ける。


「ああ、そうですね、そんな顔してましたね。まさかチマチマ嫌がらせしてくるとは」

「僕もその可能性は疑ってはいたけど、すっかり忘れてたよ」

「やることがありすぎましたからね。誰も咎めませんよ。いきなり町長の座を渡せ、なんて見も知らない取るに足らない一人のことを覚えているなんて」


 副町長、毒が凄い。

 あ、これ実はめちゃくちゃ怒ってるパターンか。

 彼は怒らせないようにしようと誓った。今誓った。


 それにしても、つまりこれは完全に私怨ってことね。それに町へ入れないならぶっ飛ばして正解だったんじゃ?


 あたしとしてもいきなりワケわからん告白してきた上にいきなりダイブされてひたすらキモかったし。


「問題は組織として動いている可能性が非常に高いこと。君――相沢くんが狙われてるってこと。それと、死んでいないってことか」

「はい。アイっちの名前が警告色レッドに変わってないことから、っていう推測ですけど」

「レッド? ああ、PK罰則ね」


 あたしは理解した。

 様々あるMMO系には標準装備されている罰則だ。プレイヤーキルはそれだけ重罪だ。名前に赤がついて、その罰則が解除されるまで町に入れなかったり、アイテムが使えなくなったりする。

 FFWも結構厳しい方だったので、システム通りならそれが起こる可能性がある。


 この世界でそこまで実装されているかどうかわからないけど。


「まぁ、あの一撃で生き残ってるってことは、相当なレベルだと思いますけど」

召喚師サモナはもともと耐久力高めに設定されてるってのもあるしね」

「つまり、またやってくる可能性が高いってことだね」


 町長の言葉に、あたしは辟易しそうになった。

 出来れば二度と会いたくない。


「組織として動いてくる以上、何か対策は練れないのか?」

「アイっちのようにバンデッドクエストでもやってくれたら分かりやすいんですけど、今回はシステム外システムを利用してるんで、難しいですね」

「どういうこと?」


 町長がすかさず質問してくる。


「今回の場合、召喚で魔物を呼び寄せて、それを誘導して放置しているだけなので、クエストとかではないんですよ。本当に地味な嫌がらせでしかない」

「規模から考えるに、他の召喚師サモナもいると思って良いかと」

「うぽっきゃ族ってそんな傾向だったっけ?」

「データベースでは、単なる戦闘民族ってなってますね。魔力に対する数値は軒並み低いですし。それに、ウゴッホ族の面々から聞いた話でも同じです」


 なんでそこであたしを見た、矢野。

 ギロっと睨み返してから、あたしは町長に視線を移す。


「ふうむ。だとしたら、他にもプレイヤーがいて、召喚師サモナってことなのかな」

「プレイヤーは町ごと転移してきた我々だけではないということは、相沢さんの件で証明されておりますからな」


 副町長の捕捉に、町長は唸って腕を組んだ。


「対策は早急に必要ではあるんだけどね。小田くんから報告が上がってるけど、畑のダメージが大きいみたいなんだ。浄化して、また種をまかないといけないが……しばらく、品質はさらに落ちるらしい」


 この世界の野菜は、発育が非常、というか異常に速い。

 トマトとかは僅か三日で採れるようになるくらいだ。その分、土地に栄養は必要だし、品質を向上させようと思えば、何世代も育てて経験値を与えていかなければならない。


 けど、この町にそんな余裕はないのだ。


 だから味の悪いものをちょこちょこと植えて採集しているようだが。

 でも、色々な野菜もそうだし、家畜も必要になってくる。後、色々とその種も見つけてこなければならない。


「となると、新しい土地を開拓するしかありませんな」

「けど、連中からの妨害があると辛いな。いくらウゴッホ族に警備してもらうとしても」

「度重なる戦闘は疲弊しますし、そもそも戦闘しながら畑の開拓は困難ですな」


 二人の真剣なやり取りを耳にしつつ、あたしも何かないか考える。

 コンコン、とノックされたのはその時だ。


「失礼します」


 新庄課長だ。

 丁寧な仕草で入って来た彼女は、妙に清々しい表情をしていた。ただ、その後ろにいる上道係長は呆れているし、彼が抱えている簀巻きにされている誰かの表情はぐちゃぐちゃだった。

 泣き過ぎて顔が腫れてるパターンね、あれ。


 そんな状況で、あたしは察せた。


 これ、絶対新庄課長が何かしたでしょ。


「おお、どうした? っていうか何があった?」

「はい。件からの魔物出現騒動、主犯であろう一人を捕まえて調教してきました」

「うん、調教って言葉をここまで物騒に感じたのは割と初めてかもしれないね」

「あら、初体験ですか。セクハラですね」

「今自分で言ったんだからねそれ!?」


 町長のツッコミはもっともだった。

 新庄課長はしれっとそれを無視し、簀巻きにした人を受け取って床に転がす。その上で、しっかりとヒールで踏んづけた。


 おお、鬼や。鬼がここにおる。


 思わず顔を引きつらせてしまっていると、周囲も同じ反応だった。

 おい、あたしのこと野生とか野獣とか言ってたやつ。こっちの方がよっぽどやんけ。


「え、えーと、その人が主犯格?」

「はいそうです何でも喋ります何でもしますだからお願いこれ以上痛いコト嫌なコト臭いコトしないで拷問はもうやめてええええええええええ――――――――っ!」

「あら、ちょっと」


 泣き叫ぶ悲痛は、新庄課長の冷ややかな声で大人しくなった。というか、一瞬で顔が青くなった。ちょっと酸欠起こしてない? 大丈夫?

 いったいどんな恐怖を植え付けられたんや、この人。


「人聞きの悪いこと言わないで、拷問だなんて。あんなのただの取り調べよ?」


 ぞわっとした。

 あかん、この人、逆らったらあかんタイプや。副町長タイプや。


「ひいいいっ!」

「とにかく、ここで全部喋ってねぇ」


 そう新庄課長が手をあわせてお願いと言う名の脅迫を口にすると、彼の独演会は始まった。



 ◇◇◇◇◇



「川の向こう側に集落、ねぇ」


 夕陽が落ちる頃、あたしと矢野は町で一番高い建物──駅前のゲームタワーという五階建てビルの屋上にいた。

 転移してきたこの町は、駅とその周辺にシャッター商店街。そして閑散とした住宅街。それらを挟むようにある役場と、細長い構造だ。

 それ故に、守りを固める必要があって、囲いを作るのに一苦労したと矢野から教えてもらった。


「確かに、探索の目は届いてないね。実際、川は大きいから、河原だけに注意してれば良かったし」

「まぁ、そんなものよね」


 他にも大変だっただろうから、とりあえず周囲の、身を守れる程度の探索に落ち着いているはずだし。


「で、どう?」

「んー、たぶん、森かどっかに隠れて集落作ってるんじゃないかな、確認できないや。色々とカモフラージュしてると思う」


 《千里眼》でも見つからないって、相当用意周到ね。

 何人ものプレイヤーがいるんだから、当然なのかもしれないけど。町と認識されているあたしたちと違って、向こうの集落は平然と魔物の襲撃に晒される恐れがあるのだ。


 新庄課長が捕まえた彼は、本当に洗いざらい話した。


 川の向こう側に集落を作って、部族を吸収して根城にした。この町を狙っている。などなど。

 あたしに発信機をつけたことも。

 なんであたしに付けたか、は、あたしを引き入れるためだったらしい。ボス格である、あの白衣の男──クリフと名乗っているらしい──が惚れているというのもあるそうだけど。


 いやあ、マジ勘弁だわ。


「じゃあ、狙撃は無理ってことね」

「うん。厳しいね」


 となると、こっちから襲撃するのは危険、か。うーむ。


「集落は解散されてないし、アイっちがぶっ飛ばした方向でもあるし、本人は集落にいそうな気はするんだけど」

「残るは直接襲撃なんだろうけど」

「それはしたくない所だね。町に汚名がつく」


 矢野の否定に、あたしも頷く。

 集落への先制攻撃はバンデッドクエストだ。ペナルティはないけど、町の悪評は広まってしまう。

 すると、その町の出身者に対する扱いが悪くなるのだ。攻略組に影響を与えるので、選択肢としてはない。


「じゃあ、相手が出てくるのを待つしかない、か」

「後は川原に罠でも展開しておく程度かな」


 あんまり効果は望めないけど。ないよりかはマシか。


「長」


 戻ろうとしたタイミングで、声がかけられた。

 振り返ると、神妙な面持ちのアスラ。


「どうしたの?」

「俺、長、好き。妻、したい」


 …………………………は?



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