第14話 そこに全員直れ。
「――なるほど。交流会でカレー、か。良いアイディアじゃないかしら」
あたしの説明を聞いた新庄課長は、両手を合わせて喜んで同意してくれた。
その後ろで、上道係長も何度も頷いている。うん、やっぱ手応えはある。ウゴッホ族が採集してきた食材を使って、カレーを作る。
カレーなら、嫌いな人はそうそういないし、アレンジも出来る。
「でも、カレールーとかどうするつもりなんだ?」
疑問を口にしたのは、上道係長だ。
「ゲーセンの景品は、レトルトだね」
「町で持ってる備蓄を調べてみたけど、こっちもレトルトだな」
あれ、それってまずい?
早速調べたらしい矢野と上道係長が答え、早くも暗礁に乗り上げた音がした。ざっぱーんって。
「ってことは、カレールーを作るしかないってこと? あれ、どんなスパイス使ってるか分からないわ……」
「それにブイヨンとか、色々とふんだんに使ってるしね、カレールーって」
そうなのだ。
カレールーはしれっと手間隙がかかっている。いや、だからこそカレールーはヒット商品なんだろうけれども。
それを自作するってとんでもないことだ。
あたしはちらっと矢野を見る。彼は生産職だ。何か知っているかもしれない。
視線に気付いた矢野は、小さな動作でこめかみをさすった。
「作れないことはない、かな。確か、カレースパイスの実ってのがあったと思うし」
「何その便利な実。手抜きか」
「FFWの製作陣に訊いて? でもその実はアカット砂漠までいかないと手に入らないはずなんだよね」
「高レベル帯のエリアじゃないのよ……」
しかも砂漠なので常に状態異常がかかり、体力が削られる。更に、一定時間ごとに水分を補給しないとあっさり倒れるし、食材関係は腐敗しやすくなる。
そんな悪条件なのに、敵はやたら固く、長期戦になりやすいという鬼畜仕様だ。
攻略するとなれば、キャラバン組むレベルでパーティを組まないといけない。
っていうか、何より遠い。
そんな三日やそこらで帰ってこれる距離にないわ。テレポート使えれば別だろうけど、あたしのアイテムボックスからは無くなっている。
「一から作り出すのは無謀だね」
「じゃあ、メニュー再考するしかないかしら」
困って腕組みをしていると、新庄課長だけが空中に指を踊らせていた。おそらくウィンドウを操作しているのだろう。
「あった。確か、夏休みのこどもイベントで決済が来てたのよ。そこにカレールーの項目があったなって思い出して」
「そうなんですか?」
「担当者が発注ミスしちゃって、ちょっと騒ぎになったのよね。それで記憶に残ってたのよ。確か、最後はカレールーって保存期間長いから、色んなイベントで使っていこうってことになって、保管されてたのよ」
語りながら新庄課長はウィンドウを可視化させ、指で弾いてくるんと回転させた。
そこには、貯蔵量が明記されていた。
「これだけあれば、十分じゃない?」
「すごい! バッチリです!」
「今回の交流会目的なら、簡単に許可はおりるだろう」
何度も頷きながら言うと、上道係長も援護してくれた。
今回の交流会は町長が音頭を取るのだし、間違いなく許可はされるはずだ。
「後は食材の調達だね」
矢野の発言に、あたしは頷く。
「お肉はアルバードを使うとして、必要なのは野菜とか、色々あるわね。サラダとかも必要になるだろうし」
「そうね、必要数とかをリストアップする必要があるわね」
新庄課長は頬に手を当てる。
FFWは現実の野菜とほとんどリンクされている。もちろん名称とかは違うけど。それに関して一番詳しそうなのは、やっぱり生産職である矢野だろうか。
「じゃあ、早速企画書の準備だね。アイっち、作ったことは?」
「資料作成で協力したぐらいだけど、基本的なことなら分かるわよ。そっちの役場のフォーマットとかあるなら、それくれたらそっちに則るし」
「あー、そっか。じゃあ基本は僕が作るから、資料関係をお願いしようかな」
なんだか凄く業務的な会話だ。
一瞬、ここが異世界だって忘れそうになるわね。いや、視界には常に部族の面々がいるから忘れるに忘れられないんだけど。
しかもすっごいキラキラした目で見てるし。ご主人様の前でお座り待機してるわんちゃんか何かかってくらい。うっかり可愛いと言いたくなるぞ。
「資料も大切だけど、カレーって、誰が陣頭指揮とるんだ? それこそカレーってレシピがたくさんあるだろ。それによって必要なものも変わるんじゃねぇの?」
「あ、それなら大丈夫です。あたしにアイデアあるんで。食材もリストアップできます」
「「「えっ」」」
「ちょい待てい。皆もろとも待てい」
新庄課長と上道係長が同時に声をあげたタイミングで、あたしは即座にツッコミを入れた。
なんだその反応は。
「え、いやだって。料理出来るの? アイっち」
「失礼ね! 料理の一つや二つくらい作れるわよ! あたし、自炊女子なんだから!」
「おお、すっげぇ意外」
「上道係長にその言葉使われたくないですっ!」
「おいヒデぇな!?」
驚く上道係長に言い返すが、矢野と新庄課長はしみじみと頷いていた。
「いや、でも意外なのは事実だよ。人は見かけに寄らないものだね」
「まぁ、あれかもね、花嫁修業でもしてたのかもしれないわね。ああ、それなら納得かも」
「あんたら全員そこに直れぇぇぇぇ――――――――っ!!」
あたしの怒号が響き渡った瞬間だった。
「「「りさぽん」」」
「なんで君たちがしょんぼりしながら正座するの!?」
あたしは涙目になりながらおとなしく正座した部族の面々にツッコミを入れた。
◇◇◇◇◇
翌日、まだ朝と呼べる時間帯。重々しい雰囲気の町長室で、ぺらり、と、纏めたレジュメのページがめくられる音がした。タブレットの効果音だ。
「ふむ。この世界で調達してきた食材でカレー、か。良いね。彼らの料理を活用するっていうのもポイントが高い」
「それに主な調理スタッフをこちらの町民に、サポートとして部族から出す。なるほど、共同作業ということだ。ちゃんと交流会の意味を貫いていますな」
町長の言葉に、副町長が同意を示す。狙いはちゃんと伝わったようだ。
乾いた音を立てて、タブレットが机に置かれる。
「非の打ち所がないね。僕としては即オッケーなんだけど」
「町長がおっしゃるのであれば、早速告知と協力者を募りましょうか」
「だね。でもカレーって着眼点は素晴らしいと思うけど、レシピとかどうするの? 家庭によって違うでしょ? そこらへんは考えてるの、新庄課長」
「それに関しては、相沢さんが陣頭指揮を執ってレシピを共通化させます」
「「えっ」」
「その流れはさっきやったんでもういいです」
驚愕する二人に、あたしは即座にツッコミを入れた。
くそっ、揃いも揃ってあたしを何だと思ってんだ! ウゴッホか! そうだよね!
過去の蛮行を思い出して、あたしは唇を密かに噛んだ。
ちくしょう、女子らしいイベントはないのかっ!
「それじゃあそういう手筈で。協力してくれそうな住民のピックアップと打診はこちら側でやっておくから、君たちは食材の確保をお願いしようかな。結構な量になるだろうから」
「そうですね、部族の方々と協力してことに挑みます」
新庄課長の滑らかな言葉に、町長は頷いた。
本来ならばこの食材調達も町民の人々を連れてくるべきなんだろうけど、外は危険すぎるからね。不参加で妥当だと思う。
「報告ご苦労。下がってよろしい、と言いたいところだが、そうもいかない。君たちゲーオタ課に特別任務がある」
特別任務、という早くも嫌な響きに、全員が嫌そうな顔を浮かべた。あの新庄課長も、笑顔だが笑顔ではない。
けど、そんなので引き下がるタマじゃないってのは、あたしも感じ取っている。
「昨日の町長の失態による魔物の襲撃を受けて、統計調査を行ったのだ」
「失態って余計じゃない?」
「事実を捻じ曲げるのは好みませんので」
「ひどくない!?」
町長が早速食いつくが、副町長はにべもない。
「はい、この話題終了。話を戻すぞ。その統計調査の結果、ここ最近の魔物の出現率が上昇していることが判明した」
副町長は空中で指を躍らせ、あたしたちに資料を送って来る。
グラフ化されているので、実に分かりやすい。
「本当だ、上昇してる」
「システム的に見ても、不自然な数字ですね」
あたしの言葉に続いて、矢野が理論的に言う。
「つまりこれは、人為的な犯行という可能性を強く疑うべき事案だ」
ざわり、と背中が粟立った。
「それって、つまり、この町が狙われてるってことですか?」
「そう思ってもらって差し支えはない」
つまり、妨害イベントってやつか? いや、でも。
FFWにおいて、村を発展させていくことは主な目的の一つだ。確か、その中にその手のイベントも盛り込まれていたはずだった。
あたしは、というか、全員の視線が矢野に注がれる。このゲームに一番詳しいからだ。
「でも、人口的に見て、その手のイベントであるとは考えにくいですね」
矢野はキッパリと言い切る。ちらりと視線が送られてきたので、あたしも同意した。
「攻略組の影響ということはないのか?」
「ないですね。攻略組がストーリーを進行させても、村は侵略されませんから。FFWを攻略していくにしたがって、町は発展するようになります」
「なるほどな」
町長は理解したのか、ふう、と椅子にもたれかかる。
「だったら、尚更調査が必要だな」
「今は交流会優先で構わないが、そっちの調査にも動くように」
「分かりました」
新庄課長が従って頭を下げたので、あたしもそれに倣う。
調査、か。はてさて、どこから手をつけたもんでしょうかね。
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