第15話 森にシャワーなんてない
「さて、これから忙しくなるわよ」
町長室からデスクへ戻るや否や、新庄課長が口を開いた。
まったく目が笑っていない新庄課長は、威圧を放ちながら、空中に指を踊らせる。
「役割を分担しないと処理しきれないわね。まだ畑の被害の詳細調査と浄化、修復作業だってあるのに」
「あ、そうなんですか」
「畑を耕したり、種をまいたり、育てたりは他の職員の仕事なんだけどね。根本的な部分は私たちがやってあげないといけないのよ」
新庄課長の笑顔が怖い。
「仕方ねぇだろ。小田、畑の方は任せるぞ」
「え、僕だけですか?」
PCの前で格闘していた小田くんが不安そうな表情を見せる。
あ、そっか。小田くんはレベル低いから戦闘できないんだっけ。しかも
つまり護衛が必要だ。
他の課の職員に頼むべきなんだろうが、新庄課長や上道係長の表情からして厳しいのだろう。
まぁ、職員さんたちは戦闘慣れしてるわけじゃないだろうしね。
「護衛が必要なら、こっちから出すわ」
あたしは手を挙げながら提案する。
戦闘慣れもしてるし、うちの部族の面々なら護衛にも適してる。コミュニケーションの方は……うん、頑張ってもらおう。
「それは有り難いけど、構わないの?」
新庄課長の懸念とするところは分かっている。あたしは頷いた。
「サブリーダーをすでに決めてますので、その子を中心にすれば指示系統に問題はないです」
「そもそも、アイっちには忠誠心マックスだから拒否されることもないし、彼らは決して無知じゃあないです。細かい指示にだってきっちりこなしてくれますよ」
珍しい矢野の掩護射撃に少しだけ驚きつつも、あたしは頷いた。
これはチャンスでもある。
部族の面々が優秀であることへの周知の一助になるはずだからだ。見逃すわけにはいかない。
「じゃあ、それでお願いしようかしら」
「分かりました」
あたしは早速ウィンドウを開いて、部族コマンドを呼び起こす。今、彼らは……──うん、ちゃんと学習してるわね。
とりあえず、サブリーダーを呼び出して指示を出すことにした。
役場に来てもらう、のはまだ良くないよね。あたしが連れてくるなら良いかもしれないけど。
「……町の入口集合にしますか?」
「そうね。その方が距離的に考えて効率的だものね。許可します」
「じゃあその手筈で」
あたしはテキストウィンドウを呼び出して、サブリーダーへのメッセージを打ち込む。って、日本語だけど通じるかしら。
あ、自動翻訳がついてる。それなら大丈夫そうね。ただ、どこまで正確か分からないから、誤解の生まないような、分かりやすい簡単な言葉にしよう。
「それだったら、食材の調達にも何人か回せないかな? どうせなら。アイテムボックスに入れておけば保存できるし」
「それもそうね、交流会するにも、試食会はあった方が良いし」
あたしも何回か試したいしね。
じゃあ早速、とあたしはテキストに文字を追加してから送信した。
「それじゃあ、私と上道係長で調査を担当することになるわね」
「了解」
首を鳴らしながら上道係長はため息を吐く。
「戦闘になるかも知れねぇな……苦手なんだよなぁ、俺」
「基本的に音ゲーなんでしたっけ」
「ああ。出来ないことはないけどな。ただ、格闘とかはガチャゲーしちゃうタイプで、どうもな」
少し困ったように上道係長は言う。
「そんな凶悪犯面で言っても説得力ないというか、むしろ煽ってるわよ」
「ゲームでフルボッコされたから、リアルでフルボッコしちゃうぞ的な?」
「そうそう」
矢野の悪のりに、新庄課長はころころ笑いながら同意する。うーん、否定できない。
「そんなマナー違反しねぇし、そんな腕力なんてねぇよ! 基本的にそういうの経験したことねぇからな!」
ただ一人、上道係長だけが反論していた。
確かにこう見ると、上道係長はそこまでガタイがしっかりしてるわけじゃあない。矢野や小田っちが細すぎたり小さかったりしてるからそう見えるだけで。
下手したらあたしより細い……?
いや、さすがにそれはないはず。ないよね?
なんだか追求してはいけない不安にかられてドギマギしていると、新庄課長が手を叩いた。
「はーい。それじゃあ、仕事にかかろうね」
思考を切り替える一言に、あたしは安堵した。
軽く準備を整えてから、あたしたちは町の入口に集合した。予定通り、部族の面々も揃っている。
武装しているのは小田っちの護衛担当だろう。サブリーダー含めて三人だ。
あたしたちの方は五人である。武装しているのは一人だけで、後は採集担当のようだ。
それを矢野に教えると、目をぱちくりされた。
「よく見分けられるね。僕はみんな同じ格好に見えるんだけど」
「嘘つきなさい。武器の有無で分かるでしょうが」
「あ、なるほど」
呆れて言うと、矢野は手を打った。え、これ本気で納得してるパターン?
「……あんた、天然?」
「今まで人の格好とか、注意深く見ることなんてなかったから。興味もないし」
あ、これ深く触れたらいけない部分だ。
素早く悟り、あたしは相づちを打って終わらせた。
「うわー、女の人も護衛してくれるんですか?」
「ソウ。ワタシ、ウゴッホ、の、戦士。サブリーダー、指示、する」
小田くんがにこにこしながら両手を合わせてサブリーダーであるミランダが辿々しく言った。
って、もう喋れるようになってる!?
驚愕していると、矢野と小田くんも同じ反応だった。
「こっちの言葉を理解した上で、適切な言葉を返してくる……すごいな」
矢野の驚嘆を否定なんて出来ない。
学生の頃、英語を覚えるのにあたしたちはどれだけの時間を費やしただろうか。それでも日常会話さえ怪しいのだ。
なのに、彼女はそれをやってのけた。
まだ幾ばくも時間が経っていないのに。
ちょっとあの子たち、スペックというか学習能力高過ぎないか?
「ワタシ、言葉、変?」
ぽかんとしていたせいか、ミランダが少し不安そうな表情を見せる。
ああ、そっか。
言葉を覚えたけど、話すのは初めてなんだ。
「そ、そんなことないです! 素晴らしいです!」
「そうよ。こんな短い時間で話せるようになるなんて……あたしじゃとても出来ないわ」
「うん。マジですごい」
思わず拍手すると、二人も追随してくれて、ミランダは少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「意思疎通に問題なければ大丈夫ですね。それじゃあ、ミランダさん、皆さん、よろしくお願いします」
小田くんは丁寧に会釈してからお辞儀した。ちゃんとこういう態度を取れるのって、素直に偉いと思う。
受け取った部族の面々は、言い合わせてもいないのに足並みを揃え、どんと大きく足踏みした。
「「「ウゴッホウゴッホ! (ウゴッホウゴッホ!)」」」
ちょっと待て、今翻訳機能というか、言語スキルが反応しなかったぞ。
もしかして、本当に単純にウゴッホって言っただけか!
っていうか、こうして見ると、ミランダは見た目髪も短くしているせいかボーイッシュに見える。反面、小田くんは乙女なので、性別が逆転しているようだわ。
背丈もミランダの方が高いしね。
そんな一行を見送ってから、あたしたちも出発した。まず目指すのは森だ。まず主食になる芋の採集から。
「ねぇ、君のジョブは弓職だったわよね」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、一つにつき五〇までは持てるわよね」
弓職はその不遇さから、幾つかの強化アップデートを受けている。FFWは一つのアイテムを、一つの重さのまま二十五個まで持てるが、弓職だけは五〇までアップされている。
これによって、弓職は荷物持ちという役目を一応持つことは出来た。
それでも不遇なのが弓職だけど。
とはいえ、今回に関しては助かる。
「分かってるよ。ちゃんと持つから」
「ありがとう。その代わり、戦闘になったら任せてね」
「うん、そこは心配してないんだけど、森をパイルバンカーしないでね?」
「あんただけパイルバンカーしてやろうか?」
笑顔で恫喝すると、矢野は即座に両手をあげた。
即座に降参するなら言わなきゃ良いのに。
「一ヶ所で集中すると無くなっちゃうから、色々と移動しながら採集していこう」
「「ウゴッホ (そうですね)」」
「リストは回ってるかしら」
あたしの問いかけに、みんな頷く。
カレー作りには色々な野菜がいる。特に美味しく作るためなら。本当は省略も出来たりするんだけど、この世界には美味しく食べられるものがたくさんあるんだよって伝えたいのだ。
食材探しはウゴッホ族の面々が得意なので任せつつ回収し、矢野も採集していく。いつもなら背負っている弓はアイテムボックスに収納してきているので、それなりに背負える。
あたしももちろん採集に参加だ。
狙うのは軽いキノコ類だ。《鑑定》スキルを使って毒の有無を確認しつつ、ピックアップして回収。矢野に観てもらって、椎茸っぽいとか、エノキっぽいとかの判断をしてもらってから、どんどんと回収だ。
途中、何匹かの魔物と遭遇したけど、問題はない。
「……──」
「あれ、どうしたの?」
そんな何回目かの襲撃をあっさり撃退したタイミングで、矢野が妙に険しい表情を浮かべていることに気付いた。
ただならぬ気配だ。
「……うん。誰かに見られてるなぁって」
「見られてる?」
おうむ返しに訊くと、矢野は頷いた。
「うん」
「そんなの分かるの?」
「まぁね。《千里眼》持ってるから」
しれっと言い放たれて、あたしは吹き出すところだった。いや、《千里眼》って! もちろん千里先まで見通せる遠視能力に加え、相手に探られている等、受信的気配探知も可能な、FFWでも存在しか認知されてない伝説級のスキルじゃないのよっ!
でも、本当ね、これは。
嘘だ、と切り捨てるのは簡単だし、矢野は良く茶化すけど、こういうタイミングでふざけるバカでもない。
実際、矢野は周囲を見渡している。
「ねぇ、ちょっと良い」
「え?」
真顔で矢野が近寄ってくる。
え、え? ちょっと、近くない?
無遠慮に無作法に矢野は肉薄してくる。あ、ちょっとだけ男の子の匂いが……って、ちょっと!
「ひゃっ」
矢野の手が──予想通り繊細で細い、でもあたしよりはゴツい男の指だ──あたしの耳裏をくすぐる。
同時に、何かが外れる音がした。
あたしの限界を察したのか、矢野がさっと離れる。その指先には、黒い何かが取り付けられていた。
「うわ、動いてる。きもっ」
「それが今までアイっちの耳裏にいたんだけど」
「今すぐシャワー浴びてきて良い? ちょっと小一時間くらい」
「どこにもないから、そんなスペースと時間」
くそっ、そうだ、ここは森の中だった!
「これ、発信器だね。たぶん、これでアイっちの居場所を常に把握してるんだと思う」
「……え?」
「どういう理由でかは分からないけど……アイっち、もしかして狙われてるんじゃない」
衝撃的な一言に、あたしは目の前が真っ暗になった。
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