第13話 交流会を考える。

 ヤバい。これは、ハッキリ言ってヤバい。

 そんな感想しか出てこない。美味しいものを、美味しいと感じたら美味しいとしか言えなくなる。まさにそんな感覚だ。


「これ、ウゴッホ! マジでウゴッホ!」

「いや落ち着け。美味しいのは分かったけどウゴッホになるな」

「……はっ! しまった! つい……おそるべし、ウゴッホ飯」


 諫めると、矢野はこっちに戻ってきた。

 それにしても、美味しい。

 あたしはまた一口かぶりつく。


 じゅく、と、肉が瑞々しい。


 ぷるっぷるの肉は弾けるくらいに歯切れがよく、次から次へと脂がしみだしてくる。その脂は黄色で、たっぷりと旨味を染み込ませていた。この濃厚さ、鶏の旨味が全部凝縮されてるって感じね!

 この熱さもいい。舌が少し熱いと感じるくらいだわ。そしてスパイス。鶏の旨味を増幅させる香ばしさと、ほんのりした辛さだ。たまらない。


「たまんないわね、これ」


 たった二口で、唇がツヤツヤになっちゃったわ。

 この鳥皮もたまんない。ぷるっぷるだ。人によっては苦手って言われるけど、あたしはこの食感と旨味が大好きだ。

 でも、さすがに何口か食べてくると、口の中が脂に満たされてしまう。何か飲み物か何かが欲しいわね。


「ウゴッホルホ! (できました! どうぞ!)」


 ベストタイミングで差し出されたのは、ほかほかの湯気立つ、みどり色の濃くなった葉っぱだった。

 あたしは早速受け取って、その包みをはがす。


「あち、あちち」


 何度か指を踊らせながら、なんとか包みをはがすと、露になったのは真っ白なお餅みたいなものだった。

 これまた熱と格闘しながら一部をちぎり、口に運ぶ。


「はふ、は、はふっ」


 口の中に満たされる蒸気を吐き出しつつ、あたしは噛み締める。

 蒸しパンのような舌ざわりだけど、もちっとしてる。ほくほくして芋っぽいけど、お餅に近いかもしれない。

 ほんのり甘い味わいは、噛めば噛むほど甘くなっていくので、お米に近いものがあった。しかも、このパンが口の中の脂を吸ってくれてさっぱりする。


 うん、これは日本人の舌とも相性良いはず。


 矢野の反応も上々だ。というか、ガツガツいってる。ちょっとびっくり。

 いや、でも分かる。

 この鶏とパンは交互に食べると危険だ。


 私たちはあっという間に完食した。


「アルバードとこのパン、神だな」

「すごい表現したわね」

「これならみんな喜ぶんじゃない?」


 確かに。間違いなくもてなす側としてはベストなチョイスだろう。ちょっと脂の加減がお年寄りに辛いかもだけど。


 私は首肯しかけて、引っ掛かりを覚えた。

 いやちょっと待て。これは交流会、なのよね? だったら、一方的にもてなすって形はどうなんだろう?


 気付け。


 あたしたち部族側は、相手に対してへりくだる必要なんてどこにもないのである。

 そしてこの交流会は、食糧問題、治安問題を解決させるためでもある。向こうからも仲良くしようって姿勢がないとダメなのだ。

 例え利害関係の一致が第一であったとしても。


「どうしたの?」

「いや、これをこのまま披露しても良いのかなって。だってこれ、交流会でしょ?」


 あたしの意図がうまく読めないらしく、矢野は怪訝な表情を見せた。


「交流会ってことは、お互い仲良くしないといけないじゃない? これは、このままだと原住民側のおもてなしでしかないわ」

「……なるほど、お互いに出しあってこその交流会か。でも、こういうとあれだけど、今はほとんどが役場の備蓄で食事は賄ってる。確かに芋とか野菜は栽培してるけど、畑が小さいせいで収穫量少ないし、味がそんなに良くないせいか、不評だし」


 まぁ、品質が良くないからなんだけど、と愚痴るようにこぼし、矢野はため息をついた。

 確かに、畑作業は慣れないと品質は良くない。


「ってことは、そっち側からの食糧提供は難しいってことね」

「うん」


 ということは……別の方法が求められてるわね。と、なると。


「合体……しかないかな?」

「合体? 何、これ以上野生に帰るの?」

「(ピー)から手ぇ突っ込んで奥歯ガッコッンガッコン言わせたろかワレぇ?」

「ごめんなさい」

「後で覚えておきなさい。いい? 合体って言うのはね、料理の合体よ。このパンと鶏とかの食材を使って、料理をするのよ」


 前のめりになって語ると、矢野は両手をぽんと打った。


「なるほど。それなら確かに。っていうか、町長のことだから、そこぐらいは狙ってると思う。たぶん、僕らがその結論に至らなかったら、そう言ってきたんじゃないかな」

「……恐ろしい人ね」

「どこまで信頼出来るか、というか、どこまで能力があるか見定めるつもりでもあるんじゃないかな」

「もし何かあったらどうするつもりなのよ」


 思わず零してしまうが、矢野は平然と答える。


「何かあったとしても、何とかできる。その算段はついてると思うよ」

「……あの人が?」


 脳裏に浮かんだのは、副町長に叱られているあの姿である。

 それは同じだったのか、矢野は少し沈痛そうな表情を浮かべた。


「……言いたいことは分かる」

「あ、身内だったのよね、ごめん」

「ううん、大丈夫。それよりも、問題は、だよ」


 矢野の話題転換に、あたしも頷く。


「問題はメニューなんだけどね。そっちの年齢って幅広いんでしょ?」

「子供からお年寄り一歩手前まで、かな」


 矢野は唇を人差指でつんつんしながら言う。

 ハッキリと言うが、そんな幅広い年代に合わせてメニューを変えるなんて出来ない。手間を考えれば当然だ。

 アレルギーとかにはもちろん気を配らないといけないのだが、味の好みとか、そんな要望なんて聞いてられないしね。

 だったら、一つのメニューで勝負だ。


「うーん、いろんな年代に受けそうなメニュー、ね」


 ウゴッホ族にも老若男女揃ってるしねぇ。

 極端なメニューは避けたいところ。それに、この料理に合うものでもないといけない。


「そう言われて一番に出てくるのは、カレーなんだけど」


 一瞬の空白。浮かんだのは、あのカレー。


「それよっ! ナイスアイディアだわっ!」


 あたしは思わず矢野の手を取った。瞬間、矢野が何故か目を見開いた。微妙に手も固くなる。

 あれ、なんで?

 きょとん、と首を傾げると、矢野はさっと顔を逸らした。


「……なんだ……だけかよ……ズルい」

「ん? 何か言った?」


 うまく聞き取れなくて言うと、矢野は口をすぼめながらさらにそっぽを向く。

 何よ、まるで子供みたいな。


「何でもない。野生で野獣でもOLなんだなって思っただけ」

「ちょっとふざけんなしばくわよ!? っていうか野が被ってんだけど!」

「大事なことだから被せました」

「キリッと言うな、キリッと! っていうか、それはアレか、あたしに対する挑戦か! よし分かった、今すぐ犬〇家のワンシーンのようにしてやろうか!」

「ちょっと際どく古いネタだね? 年代詐欺してない?」

「うるさいっ!」


 あたしはぐっと握りこぶしを作る。すると、その手がそっと包まれた。


「まぁまぁ、そこまでにしておきましょう」

「新庄課長! 上道係長まで! どうしたんですか?」


 姿を見せた、役場のジャケットを羽織った二人にあたしは言う。


「魔物の出現が確認されたから出て来たんだけどね」

「どうもどっかいっちまったみてぇなんだよ。それで、反応の痕跡を追跡してきたんだけど、この辺りで反応が消えちまってるんだよ」


 新庄課長の言葉を、上道係長が引き継ぐ。


「で、お前らと出くわしたってわけだ。つまり考えるに、なんだけど、お前ら魔物を倒したりしてねぇか?」

「そ、そりゃ、まぁ」


 森にいればある程度魔物はポップしてくる。何でもないように倒したのは事実だ。


「知らずに倒したって可能性が大だな。それなら構わないんだが」

「そうそう。私たちの仕事が楽になったってだけだしねぇ。それよりも、ここで何してるの?」


 訊ねる二人に、あたしは説明するために口を開いた。

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