第12話 ウゴッホ飯

 交流会、という名の町民説明会。


 なんとかして成功させないといけない。町長を納得させるためにも。あたしは早速部族のみんなを集めて、ミーティングを開くことにした。

 この閑散とした住宅街にはもう誰も使っていないような公園があって、みんなをそこに集めた。

 さすがに何度も講堂を借りるわけにはいかないしね。


「こう、みんな集まると壮大というか、野生の香りが凄いね」

「……服装のせいかしら」


 これも町に合わせるべき? と視線で問いかけてみると、矢野は少しだけ渋い顔を見せた。


「んんー、民族衣装みたいな感じだしね、別にそこを変える必要はないんじゃないかな。まぁ、こっちのが便利ならシフトしていけば良いと思うけど」


 ただ、現状として彼ら全員に十分な量の衣服を提供するのは難しそうだ。

 確かに、食糧の備蓄はある程度してるだろうけど、服まではそうもいかないもんね。現にあたしはまだ悲しい格好のままである。


 うん、今は考えないでおこう。


 自分の服装に全力で目を逸らしつつ、あたしは握り拳を作る。


「とにかく、今は交流会を成功させるのが先決ね」

「交流会、というか、夕食会?」

「そう。町長が狙っているのは、ご飯を通じての交流。そこにどういう狙いがあるかってのは説明した通り」


 人差し指を立てて言うと、矢野は顎をさすりながら考える。


「部族がいれば食いっぱぐれはないと思わせられる、か……まぁ、胃袋を掴むのは、基本の基本だからね」

「問題は献立なんだけど……部族の皆がまず、どんなご飯を食べるのかってトコからね」


 あたしはごくりと喉を鳴らした。

 もちろん食欲に負けて、ではない。恐怖だ。そんな緊張感が伝わったのか、矢野も少し身を強張らせていた。


 どうみても、原住民的な部族。


 想像するのは、テレビとかで見る原始的な生活と――お箸とかそういうのを一切使わない、野趣あふれる食事。味付けもごく単純だし、でっかい葉っぱをお皿代わりにしていたり。

 中には木からカブトムシっぽい幼虫を取り出して……うっ。


「一応確認だけど、彼らと食事を共にしたことは?」

「記憶にないのよね、実は……」


 部族を初めて率いた時はヤケになってたから……。ただ、ご飯を食べたかと言われると、たぶんほとんど口にしてないと思う。果物とか、そういうのは口にしたっぽいけど。


「じゃあ、覚悟を決めて聞こう」

「覚悟って、いや、まぁ確かに覚悟か」

「ちなみに僕、虫さん全般ダメだから」

「奇遇ね、あたしもよ」


 小声でやり取りしつつ、あたしは息を大きく吸った。


『ねぇ、質問なんだけど、みんなは普段何を食べているのかしら』


 これは脳内音声である。実際は「ウゴッ。ホホホッ。ウゴホロッホ」とか言ってるけど、あたしの女子脳がそれを許す様子を見せていないからだ。

 確かに、女子が平然と「ウゴッホッゴホ」とか言ってたらアカンよね。色々と。


 ぐっじょぶ、脳内女子。


 虚しい思いに駆られながらも自分自身を褒め称え、あたしは彼らの返答を待つ。


「ウッホゴッゴ (それなら、実際見てもらう方が早いですね)」

「ゴゴ、ウッゴ!? (ということは、長に料理を振る舞えるのか!)」

「ゴルッゴ、フルコース! (これはフルコースで作らなければ!)」


 いや待ってなんで今フルコースだけフルコースって発音したねん。

 喉まで出かかった、というか、ちょっと喉から出たツッコミを、あたしは強引に飲み込んだ。この人たちの言語、まったく解読できねぇ。サンスクリット語より難しいわよ? 侮りがたし、ウゴッホ語。

 でも今はそっちが重要じゃない。


「どうしよう、アイっち、今、とてつもない不穏さを感じ取ったんだけど。フルコース?」

「お察しの通り、フルコースで料理を振る舞う気になっておられるわ」

「ゲテモノが出てきたら失神する自信あるんだけど、見損なわない?」

「大丈夫、既に評価点は最底辺だから」

「それ、泣いて良い?」


 知ったことかい。

 フォローになってないフォローを叩き込んでから、あたしは視線を矢野から彼らに移す。


『じゃあとりあえず、そこまで本気にならなくて良いから、郷土料理、っていうか、家庭料理っていうか、よく食べるものを教えてくれるかしら』


 何やら賑やかになり始めた彼らに、あたしはしっかりと予防線を張る。

 確か、虫の幼虫は特別というか、あまり食べられないものだって聞いたことがあるもの。


「「「ウゴッホウゴッホ! (だったらお祭りですね!? 太鼓を持ってこなければ!)」」」

「せんでええっ! そんな怪しげな宴っぽいことはせんでええっ!」


 あたしは迷わずツッコミを叩き入れた。

 それから時間をかけて彼らを説得し、なんとか家庭料理を出してもらうことに落ち着ける。なんだろう、たったそれだけのことなのにどっと疲れる。

 だが、それを作るには食材や調理器具が足りないとか。


 まぁ、確かに支給した調理器具は現代のものだし、食料だって非常食だから温めるくらいしかないしね。


 納得したあたしたちは、早速外出許可を取って、部族の面々の狩り担当を連れ出した。

 向かうのは、近くにある森だった。

 ポップしてくる魔物を排除しつつ進むと、部族の面々は早速採集を開始した。


「ブロゴッホ、ウンゴッホウゴッホ(ここから芋が採れる)」

「芋? うわ、すご」

「おっと、図鑑が登録された」


 なんの変哲もない木の下を掘り起こすと、出てきたのはツルに繋がった芋だった。

 雑草に擬態してる葉なのね、これは見破れない……!

 早速鑑定してみると、ジャガイモのような感じだった。ウゴッホ族はこれを使ってパンにするらしいけど。


「栽培もそこまで難しくなさそうだね。ジャガイモにそっくりだ。必要土壌とかの条件も簡単にクリアできるよ」

「あ、そこまで分かるんだ?」


 さすが生産職である。

 FFWは、職業によって《鑑定》スキルの効果が変わる。だからこそ、複数の職業を経験するプレイヤーは多かった。

 そうじゃないと見抜けないものも多いから。

 かくいうあたしも生産職は経験している。もっぱら鍛冶関係だったけど……。仕方ない。緑の手なんてあたしは持っていない。


「驚きなのはこの芋にnew! って付いてるとこだね。こんな初期位置で未発見のものがあるなんて……」

「FFWは恐ろしいわね」

「まさに誰得」


 言い得て妙である。

 それから部族の面々は芋を一通り採集した後、大きい笹みたいな葉っぱ、後は香辛料──こっちはあたしたちも確認済みのものだ──を手に取る。

 後は、森のミルクと呼ばれる果物、シオカラ草とアマツユ葉、それと花蜜。彼らは慣れた手つきで取っていった。


「うーん、凄いね」


 矢野は感心したように言った。


「彼らが採集しているものは、どれもこれも、認識したら次々と見つかる」

「え、何それ。もしかして地味に新種ってこと?」

「同じみたいだけど、違うみたいだね。品質もヤバい。この情報を元に採集したら、僕あっという間にお金持ちになれそう」


 ゲームの世界だったら、とつぶやいて、矢野は息を吐いた。

 なるほど。

 部族だからこその知識なんだろう。当然か。彼らは先代からの知識をずっと持ってるのだから。ゲーム知識しかないあたしたちとは年季が違うってことよね。


「これらを使って、ご飯、か」


 時間帯もあって、家に戻るよりここでキャンプした方が早いらしい。

 部族の面々は早速たき火を始め、調理に取り掛かっている。


 あたしは早速レシピをメモしていく。


 交流会で使えそうなら採用するからだ。


「芋を湯がいて、マッシュして、少しのアマツユ草とミルクを入れて練りこんで、その笹みたいな葉で包んで焼き上げるのね」

「どんなのになるんだろ」

「さぁ」


 イメージとしてはマッシュポテトにしかならないんだけど、たぶん違うんだろうな。

 なんて思ってると、狩に出ていたらしい部族の面々が戻って来た。


「ウゴッホー (とってきたぞー)」


 その手にぶら下げているのは、丸々と肥えた、黄金色の……ってぇ!?


「ア、アルバードっ……!?」

「鑑定したけど、間違いないね。どうやって捕まえたんだ……!?」


 矢野も驚いて目を見張っている。

 それもそのはずだ。だって、あの鳥、捕まえるのが死ぬほど難しいのだ。故に、捕まえたら一匹で百万くらいの値段がついていた。

 そんな超高級鳥が、何匹も。ちょっとあれだけで一財産になるわよ、マジで。


「ウゴ? ゴッゴゴッホ (どうしてそんな意外そうな顔を?)」

「ゴ? ウーィゥルルル? (もしかして鳥が苦手であられるのか!?)」

「「「ヴォォンジョルノォオオオオオッ!! (なんだって――――っ!?)」」」

「それはイタリア語の挨拶だぁぁぁあああっ!」


 はっ、しまった、つい日本語でツッコミ入れてしまった! ウゴッホ語にしないと。


『大丈夫。ちょっと珍しい鳥だったから驚いただけ』

「ウゴ? ウゴゴッヒオ? (珍しい? これが? 良くとれますよ)」

『後でそこらへん、詳しく教えてね』


 あたしはしれっと言ってから、調理をお願いすることにした。

 彼らは慣れた手つきで鳥を絞め、あっさりと解体した。うわぁ、すごい。


 あっという間に鶏肉を串に刺し、たき火で焼き始める。


「あれ、もしかしてこれ、伝説の鳥を食べられちゃうイベント?」

「そうね」

「どうしようヨダレが止まらない」

「そうね、さっきから胃が刺激されてたまらないわ」


 そう言えば、お昼ちゃんと食べてないのよね。っていうか、昨日のカップラーメン以降食べてない。ひもじい。

 自覚すると、お腹がぐぅ、と派手になった。しまった。


「相変わらず女子にあるまじき……」

「食欲の前では男女平等よ」

「そうだった、そうだったね」


 なんで両手あげて降参ポーズ取ってんだ。

 ジト目で睨みつつも、良い匂いが漂って来た。鳥特有の甘い香りだ。香辛料もつけてあるのか、スパイシーな匂いもついてくる。


 あ、これ、もう。


「ウゴ、ンゴ (そんなにお腹空いてるなら、虫の幼虫もとって)」

『こなくていいから。全力で』


 真顔になって言うと、ひっと声をかけてくれた青年が怯えた。あ、いかんいかん。

 会釈を送っておいてから、あたしは焼け頃になってきた鶏肉を見つめる。


「ウゴッホッホ (できましたよ)」


 まつことしばし、ようやく串が抜かれて手渡された。ああ、これは絶対美味しいやつ。

 ほかほかの湯気に、たっぷりの脂が艶々。身もふっくらしてるのが目に分かる。我慢できずに、あたしは遠慮なくかぶりつく。矢野もそれに続いた。


「ンヴォォオオオノオオオオオッ!」


 その叫びは、魂の叫びだった。


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