第11話 おっさんず独白

「うん、いやね、確かに僕も女性に対しての発言ではなかったと反省しているのだけれども、まさかグーで来るとは思わなかったよね、グーで」

「あれは見事なストレートでしたね。腰の入り方、突き出し方、全部が完璧だった」


 目の前で、副町長は僕の頬を華麗に捉えたストレートの再現をして素振りする。

 副町長には悪いが、彼女のストレートはもっと鮮烈だった。食らった僕が言うんだから間違いないね。

 代償として口の中ズタズタだし、鼻血も出るし、散々だったけど!


「惚れ惚れしちゃうって? っていうか誰も止めなかったよね、彼女」

「そりゃもう、殴られろって誰もが思ったからでは?」

「いや仮にもどころか紛れもなく町長よ僕?」


 自分を指さして訴えるが、副町長は一切気にする様子を見せず、消毒瓶にピンセットでつまんだ綿を入れた。

 じゅ、と、真っ白な綿が黄色に染まる。


「だから今こうして治療をして差し上げているのでしょう」


 露骨にため息までつかれた。心外だ。


「いや、氷当てて、切れた口に消毒綿を押し当てるなんて原始的な……いててっ」

「痛いですか? 痛いですよね。悪いコトした罰と思ってください」

「ちくしょうやっぱそれが目的かっ! ちょっ、ぐりぐりしないで、ぐりぐり痛いから! 誰か回復魔法かけて!? メディーック!」

「回復魔法はレアですから、そうそうは使えないって前に町長がおっしゃってましたが」

「くそ、ということは相沢さんにお願いするしかないのか!」

「また殴られますよ?」


 さらっと出来たばかりの心の傷を掘り下げられて、たまらず呻いた。

 さすが老獪っ……! 色々と心得ている!


 だが主張したい。中年だって傷付くのだ。


 まぁそれを口にしたところで、一蹴されるのが落ちだけど。あ、でも何か変化あるかな?

 何かが疼いたタイミングで、副町長はギラリと鋭い双眸で僕を見据えた。あ、これダメなやつ。


「今、彼女はナイーブになっていますから」

「まぁ、そうだろうな」


 合流したばかりで、部族の長という立場でありながら、町長たる僕に拳を振り上げたのだ。心中穏やかではないだろう。

 もし僕が合流を拒み、追放する、と言えばどうなってしまうのか、まさに路頭に迷うわけで、しかもそれは彼女だけじゃない。部族全員が、である。


 きっと彼女はそこまで考える。


 間違いなく聡明だしね。今回のことも、疲れとその場の雰囲気がそうさせただけだろうし。だから、僕としては何かしら怒るつもりはない。

 というか、彼女の率いる部族は、今の夢叶町には絶対必要なんだ。

 食糧問題、治安問題。それらを解決させてくれる希望とも言える。


「まったく、酷いお方だ。敢えて惑わすようなことをして。町長の甥っ子さん、苦労してなだめているようですよ」


 ちくりと刺したつもりなんだろうけどね、それこそが僕の狙いなんだ。


「おっちゃんのお節介ってやつさ」


 含む笑いで言ってやると、副町長は一瞬だけ怪訝そうに片眉を吊り上げてから、悟ったように目を見開く。

 そして。

 って待っていや待って!? なんで今氷を取り上げたの!? って押し付けてっ!


「あでででででででぇぇぇ────っ!? ドリルは止めよう、ドリルは! だめ、抉られちゃうから!」

「いっそ抉られろと本気で思いました。なんてことをしてるんですか、あなたは!」

「良いじゃないか、あの瞬が女の子に恋をしてるんだぞ!」


 目を怒らせながらお説教モードに入った副町長へ、僕は反論する。

 瞬──矢野 瞬は僕の甥っ子だ。それも、大事な大事な。だって、ずっと面倒を見てきたから。息子と呼んでも構わないくらいだ。

 複雑な家庭環境の影響で、小さい頃はずっと苛められてきた。

 僕が引き取った時にはもう、自分を守るために他人への興味を一切無くしていたんだ。それは副町長だって知っている。


「そんなあの子が! 人を好きになったんだぞ、パスの一つ二つ、あげて良いだろう!」


 瞬があの子──茜ちゃんのことを好いているのは、一目で分かった。というか、定時出社の定時退社をモットーにしてるのではないかと思うような勤務態度だったのに、あの子のためなら時間外に動くことも厭わない様子なのだ。

 それで分からない方がおかしい。


「ですが! それと町のことを天秤にかけるのは止しなさいと言っているのです! 町長でしょうが!」

「その町長が天秤にかけても構わないと思うくらい、あの子のことは大事なんだよ」


 ズバリ言い放つと、副町長はたじろいだ。


「町のことも大事だけれど、町を作っているのは人だ。そこに暮らしている人だ。その人の一つの恋路を少し手助けするってだけのことだ。それはつまり、町の発展にも繋がる」

「……ですが、今回のこと、下手すれば彼女は部族を率いて出ていったのかもしれません。あれだけ胆力があって、気が強い女性だ、そうなってもおかしくなかった。そうなったら、この町の窮地をどうなさるおつもりだったのか!」

「おいおい、彼女がそんな短絡的思考に走るはずがないだろう」

「思いっきり町長を殴りましたがね」

「いででででっ!?」


 言いながら氷で傷口をぐりぐりしないで!?


「……まったく。あなたは優秀な町長であられるのに、時として私情に走る」

「僕だって人間だもの」

「時と場合を知りなさいってことです!」


 おどけて見せると、副町長は呆れながら叱ってきた。

 定年退職が近づいている彼は、僕をこうやって大人の目線から叱ってくれる貴重な存在だ。というか、彼がいるから、僕は色々と無茶が出来るのである。


「うん、まぁそれは悪かった」


 素直に謝ると、副町長はまだ何か言いたげだが、言葉の代わりに、ふぅとため息を吐き出した。

 それから、シワだらけの大きな手で僕の頭を少し乱暴に撫でた。


「若い恋を応援したいのは分かるけど。余計なお節介は嫌われますぞ?」

「分かっている。瞬にとっては初恋だろうからな。見ていて初々しい、まるで小学生のようだよ、あのちょっかいの出し方」

「はてさて、そんな青々しい恋、実りますかね」

「さぁね。茜ちゃんもウブっぽいからねぇ、どうなるか。アダルト組はしっかりと見届けようじゃないか」


 そう笑ってやると、副町長も苦笑した。


「それはまぁそれとして、やっぱり町のことを危機にさらしたのは許せないと思いますので、お仕置きは断行しますね」

「え、ちょ、お仕置き? 断行? あ、ちょ、待って、待って待って待って? 痛い痛い痛い痛い痛い痛い! アイアンクローはだめ、だめだってばぁぁぁぁっ!」



 ◇◇◇◇◇



「まぁ、つまりあれだよ」


 すっかり狼狽して泣きじゃくるあたしの隣で、矢野は静かな声で語りかけてくる。

 抑揚がないからか、妙に入り込んでくる声だ


「町長を殴ったことは帳消しにはならないけど、その、殴られて当然だって誰もが思うタイミングだったから、大丈夫だよ」

「それは……いやでも、周りが思ってても、本人がどう思っているか……」


 どれだけ諌めたとしても、あたしの処遇に関する最終決定権は町長にある。

 町長が追放すると決めたら、あたしは、あたしたちは出ていかないといけないのだ。

 そうなると、彼らを路頭に迷わせてしまう。いやもちろん、あれだけの戦闘力があれば夜営でもへっちゃらなんだろうけど。


「大丈夫だよ、あの人がそんなことするはずないから。アイっちの存在がどれだけ重要か分かってるし、町長としてもそんな判断はしないよ」


 淡々とした調子で言われ、あたしは困惑する。


「なんでそこまで言いきれるのよ」

「だって、あの人叔父だし」

「身内なんかい」


 反射的にツッコミを入れると、矢野はどうしてか頭をがしがしかきながら頷いた。

 あ、もしかしてあんまり言いたくなかったのかな?


「まぁ、だから、あの人のことは良く知ってる。気にしてないから大丈夫だよ。っていうか今頃は副町長にお仕置きされてると思うし」

「お仕置き?」

「うん、お仕置き」


 なんだろう、つっこんではいけない気がする。


「とりあえず大丈夫だから、気にしないで。何かありそうだったら……なんとかしてあげないこともない」

「何その微妙なへっぴり腰」

「出来ない約束はしない質なの」


 ああ、そういうタイプよね、この人。

 あたしが言うのはおかしいので口にしないけど、もう少し安心出来るような言葉は欲しいわよね。

 なんて思っていると、視界にメッセージウィンドウが出現した。


「町長、から?」


 どき、と心臓が跳ねる。

 恐る恐るメールを開けると、まず最初に飛び込んできたのは。


「……交流会のお知らせ?」

「というか、それの準備に関するお知らせというか、業務連絡だね」


 同じ文面を見ているのだろう、矢野が反応してくれた。


「か、開催は三日後? なんでまたそんな……」

「それだけ急いでるってことでもあるけど、基本的に町民は暇だからね。特に何か仕事しているわけじゃあないし」


 なるほど。

 それにしても交流会って何をすればいいんだろう。


「時間帯的には、夕食の頃ではあるけれど」

「……あ、そっか」


 矢野のヒントで、あたしは理解した。

 これは、交流会をしつつ、食糧問題の解決に向けた、町民たちへのメッセージでもあるんだわ。彼らと仲良くすれば、不安はなくなるんだ、という。


 つまりこれは、町民に対する説明会を兼ねているんだわ。


 だったら、やるべきことは一つ。


「何か思いついたの?」

「単純よ。振る舞うのよ。ご飯を。部族のご飯をね」


 あたしはそう言って、立ち上がった。

 これは泣いてられないわ!

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