第8話 ギリギリ町長の優しさ

「ウゴッホウゴッホ!! (長ぁぁぁっ!)」

「ウゴゴッホ! (助かりましたぁ!)」

「ホッウルゴッホ! (さすが長!)」


 部族の面々が駆け寄って来て、口々にほめたたえてくる。

 みんなボロボロだ。

 回復魔法かけてあげないといけないわね。あたしは気力を振り絞る。


「ウゴッホ、ウルゴッホ? (みんな大丈夫?)」

「ウゴッホ、ッホッホ (怪我人はいますが、犠牲者はいません)」


 一人がしっかりとした足取りで駆け寄って来て、報告してくる。

 女の子だけど、キッチリしてるわね。ステータスも高いし。


「ゴルッホ、ウッゴ (連れてきて、回復魔法をかけるから)」

「ウゴッホ! (はい!)」


 女の子は敬礼さえすると、さっと踵を返した。

 みんなを待っている間に、矢野が駆け寄ってきた。


「大丈夫?」

「大丈夫なんだけど、とりあえず殴らせて?」

「すっごい物騒だね? っていうかやめて? さすがに命の危機を感じるから」

「アホ言ってんじゃないわよ! いうに事欠いて人を野獣呼ばわりしておいて何をいうのかな!」


 両手をホールドアップさせながら後ずさる矢野に、あたしはがなる。

 女子に対して野獣とは何事か、野獣とは。


「いやあ、だって、自転車壊れて投げ出されたのに着地するし、そっから一気にジャンプして、ドラグサイノを一撃で屠るし」

「そ、それは……」


 いざ羅列されると、否定の言葉が出てこない。確かに女子としてはあるまじき行動のオンパレードかもしれない。

 いや、いやいやでも、不可抗力ってやつでしょ、今回はっ!

 言いよどんでから、あたしはきっと矢野を睨み返す。


「仕方ないでしょ、事態が事態なんだから!」

「そうだね、下手したら犠牲者が出てたね。それを必死になって防ごうとした……そこは偉いと思う。うん、頑張った」


 矢野は上背を活かして、あたしの頭をぽんぽんと叩いた。

 あれ、なんでだちくしょう、ちょっと嬉しいぞ。


「でも、こうも貴重な備品を破壊されまくるのもどうかと思うんだ。そのパンストもパンプスも、あの無惨な姿になられたチャリも、ここじゃあ生産できないんだよ?」

「んぐっ」

「だから人間の側でいようね?」

「おい待てこら」


 あたしは即座に反応した。


「人間の側ってなんだ、人間の側って」

「野獣って話の流れから来てるから分かってくれてると思うんだけど」

「ぶっ飛ばす!」


 ハンマーを握り直して、あたしは振りかぶる。


「いやだからそれは、あれだって、えっと……」

「もういい黙れっ! どーせあんたの口からはろくでもない言葉しか出てこないでしょうがっ! あたしだって必死だったんだから! それと傷つく心もちゃんとあるんだぞ────っ!」


 叫びながらあたしはハンマーを振り下ろす!

 ずがん、と爆裂音が響き、地面が抉れる。

 矢野はキッチリとバックステップで回避してやがった。くそっ。


「いや、あの、だから、ね? 女子扱いとかそういうのされたいなら、こう、地面にちょっとしたクレーター作るとか止めた方がいいと思うんだ?」

「これは乙女の怒りよ!」

「乙女まじ怖い」

「はっはっはっはっは。仲良しのところ、割り込ませてもらうよ、お二人さん」


 追撃の構えを見せたところで、バリトンボイスがやってきた。振り返ると、色々な意味でギリギリな格好をしている中年のオジサンが仁王立ちしていた。

 よし変態か。

 迷いなくハンマーでぶん殴ろうとすると、後ろから羽交い締めにされた。矢野だ。


「落ち着いて、その人、町長だから」

「……なんですって!? この全裸一歩手前の不審者全力の人が!?」

「うん、こんな恥ずかしいという文字を全身で体現している人だけど町長なの」

「君らヒドいな!?」


 町長は早くも涙目になりながら抗議してきた。

 いや、文句言えないと思うけど。

 あたしは喉まで出かかったツッコミを飲み込んだ。とりあえず服装を何とかしてほしい。どこの原始人かって感じなんだけど。

 考えていると、矢野が上着を脱いで町長に投げ渡していた。


「とりあえず、少しでも人間に戻ってください」

「僕はいつから機械の身体を手に入れたのかな?」

「分かりにくいボケはお断りです」


 矢野は容赦なく斬り捨ててからため息をつき、あたしを解放した。


「一応、紹介するね。夢叶町の長、冴羽町長」

「こ、この人が……」

「やぁ、君が昨日から新しく町に所属してくれた部族の長、相沢さんだね? いやぁ、驚いた。こんなに可愛らしい人だなんて」

「え、いや、可愛らしいだなんてっ」


 久しぶりに褒められて、あたしは顔を赤くさせた。


「嘘は言わないよ? 戦闘民族を率いて森を抜けて来たとか、いきなり町にバンデッドクエストを仕掛けてきたりとか、野生だのなんだの聞いてたから、どんな筋骨隆々で血塗れなバケモノが出てくるかと戦々恐々としていたけど、全然何のことはない」


 バリトンボイスが、染み渡るように優しくなる。

 思わず頬を両手で覆うと、そっと頭を撫でられた。大きくて、ちょっとゴツゴツしてて。


「可愛らしい、お嬢さんだ。こんな小さい身体で……すごく大変だっただろうに。よく頑張ったね。そして、今も。部族を、仲間を守るためにこんなになって……」

「ちょ、町長……」

「僕は歓迎するよ。小さな戦士さん」


 にっこりと、まるで父親のような笑顔を浮かべられて、あたしは目頭が熱くなった。

 労われた。

 たったそれだけが、嬉しかった。


 ぽろ。


 涙が、落ちた。

 一度堰を切ると、もう止められない。あたしはただ、ただ泣いた。


「え、ちょ、ちょっと? あれ、泣かないで、え、ちょっ!?」

「ちょっと、アイっち? 大丈夫、どこか痛いの?」


 町長が狼狽えまくり、矢野までもが慌てて背中をさすってくる。

 どうして、あたしが泣くと周囲のみんな慌てふためくんだろう。

 そんなことされたら、泣くに泣けないじゃない。


 どこか駄々をこねるように、拗ねるような思考がやってくると、ふわりと甘い香りがあたしを包み込んでくれた。

 ――誰だろう?


「あらあら、まったく、この男どもは頼りないわねぇ。男なんだったら、ぽろっと泣いちゃってる女の子くらい、包容力で抱きしめろって話よね?」


 澄んだ綺麗な声。

 思わず見上げると、そこには宝塚の男役のような女性が、柔らかな笑顔を携えていた。

 うおっ、なんだこれ、惚れそう。


「初めまして。私は新庄しんじょう かえでって言います。今日からあなたが所属する部署の課長です。よろしくね」

「えっ……あ、よ、よろしくお願いしますっ」

「それにしてもスゴいわねぇ、ドラグサイノをやっちゃうなんて。それにおてんばさんだし」


 暗に自転車やパンプスのことを言われていることに気付いて、あたしは気まずくなった。


「ああ、気にしないで良いのよ。誰かが犠牲になるよりは遥かにマシ。それに……」

「ドラグサイノが現れたのは、このアホ町長のせいだからな」


 隣で違う男の声がした。

 横を向くと、坊主頭の、どうみてもあっちの筋の方にしか見えない厳つい顔つきの男の人が、呆れかえった表情で町長を見ていた。夢叶町役場と書かれたジャケットを見に纏っているので、役場の人だろう。胸には上道うえみちとネームが刻まれていた。

 町長は視線をぶつけられて、気まずそうにしている。


「この町長、パッシブスキルで《レアエネミーエンカウント》を持ってんだよ」


 そ、それって、レアエネミーに遭遇しやすくなるという、激レアだけど迷惑この上ないスキルで有名な、アレ?

 FFWのレアエネミーは総じて焦るくらい強いからだ。


「まったく。副町長から緊急の呼び出しがかかったんですよ? 朝からバタバタさせられるこっちの身にもなってください」

「いやあ、すまんすまん。部族の人たちが朝ごはんを調達しようとしてるように見えたから、親睦を兼ねてついていったんだよ。そうしたらいきなりポップしてなぁ」

「少しは考えて欲しいですね。おかげで役場総出で開墾した畑にダメージ出てるじゃないですか」


 上道さんは鋭い目線で、ぐちゃぐちゃになっている畑に視線を誘導させた。

 あー、あれは、確かに。


「おっと! それはマズいな。すぐに直さないと」

「町長、行かなくていいですから。またレアエネミー出てくる」


 矢野が素早く釘を刺す。すると、新庄課長が目をぱちくりさせた。


「あら、矢野くん。いたんだ?」

「ええ、まぁ」

「珍しいわね。いつもなら始業時間ギリギリ、終業を迎えたら即座に帰ってゲーム三昧のあなたが、こんな時間帯で活動してるなんて」

「……偶然です」


 少しだけたじろぐ様子を見せて、矢野は視線を逸らす。

 って、え。終業を迎えたら即座に帰る? いや、でも昨日、閉庁しても付き合ってくれてたし、なんだったらあたしの家に食事まで。

 新庄課長は少しだけニヒルに笑う。


「へぇ、偶然ねぇ。そういうことにしておきましょうか。仕事熱心になってくれるのは、私としても嬉しいことだしね。同僚の面倒を見てくれるのもまた」

「ちょっと勘違いしてません? 僕はアイっちを人間にしようと頑張ってるだけですから」

「おいこら人を人外扱いすんなっ!」


 キリッとした表情で言う矢野にあたしは噛みつくと、すぐに背中を撫でられた。


「はいはい、怒らないであげてね。とにかく、そこの町長を回収して、部族のみんなを連れて町へ戻りましょう。相沢さん、部族の彼らに指示を出せる?」

「はい」


 あたしは素直に頷いた。



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