第7話 野獣、爆誕

 朝の目覚めは、ドラゴンの鳴き声でした。

 もう本当に異世界。マジで異世界。

 襲われたのかと思って慌ててベランダに飛び出たけど、遥か頭上にドラゴンが飛んでいくだけだった。


「……シャワー浴びよ」


 とりあえず安堵して、あたしはお風呂に入った。

 さすがに湯船につかる時間まではないので、さっと済ませる。けど、身体を洗うってことがいかに幸せなことか、とっても噛みしめられた。

 綺麗なタオルで身体を拭いて、綺麗な服に身を包む。

 今までは当たり前だったんだけど、特別なんだなぁ、と。


 さて、と。


 あたしはステータスウィンドウからマップを呼び出し、役場をポイントする。

 こうすれば、町中では迷うことはない。

 昨日もらったコスメで最低限のメイクを済ませ、あたしは玄関を出る。


 まずはそこの角を……


「お、意外と早かったね。おっはー」


 道を確認しながら三歩目。今まさに曲がろうとしていた角から姿を見せたのは、他でもない、矢野だった。

 さっきまでゲームをしていたのだろう、イヤホンを外しながら、無表情で手を振って来る。


「おっはー、じゃないわよ。何してんの、あんた」

「朝の挨拶は必要でしょ? それと、アイっちを待ってたんだ」

「何それストーカー?」

「失礼だね。僕は昨日、小田っちが言い忘れてた大事なことのフォローに来たの」

「フォロー?」


 訝しくなっておうむ返しに訊くと、矢野は頷いた。


「部族の長になったんでしょ? だったら、やらなきゃいけないことがあるでショ」

「やらなきゃいけないこと……」


 あたしは考えを巡らせて――思い至った。そうだ。


「ミーティングか!」

「そう。部族の長なんだから、部族の人たちに朝の指示を出さなきゃ。放置したら忠誠心下がるし、好き勝手しちゃって大変なことになるよ」


 部族の長、というか、集団を率いることになると、朝と晩にミーティングを開く必要がある。もちろん絶対ではないのだけれど、彼らをしっかりと統制するためには必須だ。

 まさかそれに気付かされれるとは。

 あのウゴッホ族のことだ、放置してたら何をするか分からない。


「僕らとしても貴重な戦力だから、勝手されたりとかすると困るんだよね。っていうか、既に外に出て何かしてるっぽいんだけど」

「な、なんですとー!?」


 あたしは驚愕の声を上げつつ、マップ機能から部族の面々の位置情報を確認する。

 な、なんか集団で外に出てるし、確かに!

 いや、朝だから魔物の脅威度はぐっと下がってる。だから、彼らの能力ならまず負けることはない。けど……! 勝手に外へ出るのはいかんだろ!

 いや、この町は出入りを制限してないから、問題はないのか?


「昨晩、コマンドを指示していなかったから勝手に動いてるみたいだね。ということで、さっさと追いかけよう。町の出入口出たとこに広場があるから、そこに集めよう。部族コマンドで招集すれば大丈夫と思う」

「わ、分かったわ。急がないと」

「うん。ということで、こういうものを用意しておきました。じゃじゃーん」


 言いつつ、矢野はさっと物陰から自転車を持ち出してくる。

 明らかに年代物の錆びついたママチャリだ。

 あたしは思わず顔をひきつらせる。


「え、これで……?」

「そのパンプスで走るよりは早いと思うんだけど」


 指摘されて、あたしは唸った。

 支給されたパンプスは、ヒールもそこまで高くないけど、走るには適してないし、何より履き慣れていない。

 たぶん、走ると靴擦れ起こして痛くなるヤツだ。


「し、仕方ないわね……」


 あたしは覚悟を決めて、ママチャリにまたがった。


 ◇◇◇◇◇


 ぎぃこ、ぎぃこ。かしゃかしゃ、かしゃかしゃ。


「ウゴッホぉおおおおおお――――っ!」


 軋み、叫ぶ。経年劣化のせいか、伸びたチェーンの音がやかましいし、ペダルはいちいち重い。

 そんな劣悪な自転車を、あたしは全力で漕いでいた。


 自転車なのだから、フツーの漕いでも大丈夫なはず?


 いやいや、そんなの言ってられないの。

 奥の方……──見慣れた景色の向こう、ファンタジー世界を象徴するような自然の風景から、いかにもファンタジーらしい爆発が何度も起こっているのだから!

 やっべぇ、あれは絶対にやっべぇ!


 町中だからなのか、それとも遠いからか、音はほとんどやってこない。

 けど、まるで間欠泉が噴き出すかのように巻き上がる地面の爆発には、覚えがある。


「ふぅウゴッホおおおお――――っ!」

「ちょっと、気合い入れるの分かるんだけど、掛け声が面白すぎるからやめて?」

「はぁっ!?」

「んぶふっ」


 血相変えて苛立ちを吐き出すと、直視してきた矢野は思いっきり吹き出した。とんでもなく失礼なやつである。

 この町は、周囲に比べて高台にある。さらに周囲の建物の背も低いし、そもそも見晴らしが良いので、大通りに出れば町の先、ファンタジーな自然風景が見えてしまう。


 だからこそまざまざと見える。


 爆発を巻き起こしている正体──どす黒い鱗を鎧のように纏った、とんでもなく巨大なサイ。ドラグサイノの姿が。

 なんだって難関ダンジョンでエンカウントしちゃうような怪物がこんな初期位置でポップしとんねん!


「あんた分かってんの、あれが何か!」

「分かってる、分かってるけどっ……絵面がもはやコント……っ!」

「なりふりかまってらんないでしょうが!」


 がなりながら、あたしは乳酸で悲鳴をあげる足を必死に動かす。

 確かに思う。ものすごく思う。

 OLの格好をした女子が、化粧も髪の毛も振り乱し、鼻息荒く錆びたチャリで走るなんてはしたないし、どう見てもウケ狙いだ。


「くっそ、スピード出ないわね。こうなったら!」

「え、まじ、まじでそれするの?」

「ちゃんと並走しなさいよ! 後ろにはっついたらマジでぶん殴ってやるんだから!」


 怒鳴り声というか、恫喝しながらあたしは立ち漕ぎ姿勢を取った上で、限りなく前傾姿勢を取る。秘技、最大加速モード!

 ただしスカートがめくれまくるから、女子としての尊厳かなぐり捨てモード!


「どぉおおおっせえええええええいっ!」


 ガシャガシャ音を撒き散らしながら、あたしは更に加速する。

 矢野は言いつけを守って並走してきていた。この町に車はないので、道路を自由に走れるのはかなり大きい。


「あーでも注意しなよ、それ年代物のチャリだから無茶すると何があるか分かんないよ」

「おまっ、こんな全力疾走下でそんな死亡フラグ立ててんじゃねぇぞ! 頑張ってる自転車さんに申し訳ないと思わないの!?」

「今まさにその自転車を酷使している君に言われたくないかな?」

「この子なら大丈夫よ! 根拠ないけど!」

「むしろ壊れそうな根拠にまみれてるけどね。それより、武装は大丈夫なの?」


 諭されるように言われ、あたしは気付く。

 FFWはアイテムストレージとアイテムストックがある。ストレージは、ゲームらしくかなりの容量があるけれど、町の中にいないと使えない。逆にアイテムストックは、自分で持ち運びできる量でしかない。装備できる場所も限られるし。というか、如実に重さが出てくるので、身体能力に影響が出てくる。


 このゲームは、重さとの戦いでもあるのだ。


 もしかしなくても戦闘になるだろう。だったら、矢野の言う通り、武装は重要だった。

 矢野は既に武装している。


「ってあんた、レンジャーなの?」

「そうだよ」


 平然と言う矢野を、あたしはちょっと信じられなかった。

 レンジャーは、弓とダガーで戦うことの出来る生産職だ。

確かに手先は器用だけど、本職の生産職には劣るし、ステータスは戦闘向きとは言えず、中途半端だ。

 しかも、主武装であるの弓が大きいせいで、アイテムストックで重要なシェアを占める背中を占領する上に、矢筒も必要で、弾数制限もある。加えて、両腰にダガーを装備するので、荷物を持つという点で圧倒的に不利なのだ。


 間違いなく不遇職だ。FFWは無数のスキルがあって、それを組み合わせることで様々な効果を生み出すことも出来るのだけれど、そのスキル習得数が一番多くなるというアップデートを受けても、それを覆すことは出来なかった。

 つまり。

 矢野は戦闘において、期待できない!


 あたしは即座にストレージから武器を取り出した。


「おっと、ハンマー? いかついね。戦士職なの?」

「え? 治癒術師ヒーラーだけど?」

「うんちょっと待って? 治癒術師ヒーラーなのにハンマーなんだ?」

 

 矢野が驚いたように目を見張る。


「いやこれレア武器なの。だから殴れる上にちゃんと魔力もあるんだから。それに扱い上はステッキだし、これ」

「本当なあたり怖いね」


 おそらく《鑑定》スキルを使ったのだろう、矢野は顔を引きつらせていた。

 まぁあたしもそう思う。

 けど、これは便利だし、強いし。:


 また爆発が起こる。


 マズいかも……!

 あたしはマップ関連のスキルをあまり習得していない。だからこそ、今どうなっているのか、ほとんど分からなかった。


「大丈夫だよ。君の部族はちゃんとうまく逃げてる」

「分かるの?」

「うん。けど、怪我人は出てる」

「急がなきゃ……! っどっせぇぇええええええええええいっ!」


 あたしは焦燥感に狩られるまま、さらに前傾姿勢を取る。まるで競輪選手ばりだ。 

 ギシギシと自転車が嫌な音を立てるのも構わずに直進し、あたしはとうとう町と外の境界線を示す、門を潜り抜けた。


 がきっ!


 瞬間、耐えきれなくなったように自転車の前輪がはじけ飛ぶ!

 ってぇっ!?

 あたしは自転車から投げ出されて、空を舞った。


「ぬおおおおおっ!」


 およそ女子らしからぬ声を上げつつ、空中で姿勢を整える!

 アクロバットな動きのせいか、ビリッ! とOLとして聞きたくない音の一つを耳にした。これはアレだ、伝線だ。絶対伝線した! おろしたてなのにぃぃっ!


 内心で泣きそうになりつつも、あたしは強引に着地する。


 同時に、パンプスのヒールがばっきり折れる。これもまだ履き始めなのにっ……!

 けど、言ってられない!

 あたしは地面を滑りつつ、きっと前を睨む。


 思ったよりも、ドラグサイノは近くにいた。やっぱりデカい。三階建てビルくらいはある。


 その足元で、部族たちは必死に逃げていた。

 一刻も早く助けないと!


「ああもう! 伝線したのも女子としての尊厳をまた一つ捨てたのも、パンプスがおじゃんになったのも、全部あんたのせいなんだからねっ!」


 あたしは吼えつつ、スキルを解放して跳躍する。

 空中で何度もステップして空を飛び跳ね、さらに大胆に回転を始める。


「狙いは、眉間っ!」


 ドラグサイノには弱点がある。その一つが、眉間だ。

 その巨躯のせいで狙いにくい部位だが、一か八か、やるしかない!


「ああああああああっ!」


 ドラグサイノよりも高く跳躍し、あたしは更に回転する。

 このハンマーは、回転すればするだけ威力が倍増する特質がある。だから、そこまで腕力ステータスが高くないあたしでも、スキルと組み合わせれば一撃必殺の威力になる!


「二十回転っ!」


 限界ギリギリまで回転させると、ハンマーは黄金色に光り輝いた。


「パァァァァイルッヴァンカァァアア――――――――っ!!!!!」


 腹の底から叫びつつ、あたしは《クリティカル》と《トリプル》のスキルを発動させ、更に威力を上乗せする。

 暴風にも似たうなりが響き、一撃はドラグサイノの眉間に直撃した。


 ――閃光。


 それから、あたしはぷつりと記憶を失う。

 ただ、気付くと、ドラグサイノは地面に転がって絶命していて、あたしは地面に着地していた。視界には、《緊急クエストクリア! 一撃撲殺ボーナス!》という文字が躍っている。


 ああ、そっか、倒せたのか、あたし。

 安堵して脱力する。危うくハンマーを落としてしまいそうになるくらいに。


「凄いね。ドラグサイノを一撃とか……もうあれだね、野生とかそんなんじゃないね。野獣だね。野獣のOLだわ」


 だ、誰が野獣じゃ誰がっ!

 そうツッコミを入れたくなりつつも、あたしに動く気力は残っていなかった。


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