第6話 証明写真は野生
「はじめまして、小田です」
「あ、どうぞどうぞ」
ドアを開けると、まるで小動物のような可愛さを持った彼は、ぺこんっと頭を下げた。なんて礼儀正しいんだろう。
いや、矢野が失礼すぎるだけなんだけど。
お茶か何か出せれば良いけど、何もないのよね。ここは我慢してもらうしかないか。
「ごめんなさい、まだ入居したばかりで何もなくて……」
「ああ、いえ、とんでもないですぅ。こちらこそ、夜分遅くに失礼してすみません~」
……………………おや?
あたしは笑顔を貼り付かせたまま硬直した。
小動物のような可愛さ。そこは変わらない。けど、なんだそのクネクネした軟体動物ばりの動きは。
後、口調。
オネェですか?
早くもヤバみを感じながらも、あたしはとりあえず室内に通す。
どうしよう。とりあえず顔に出すな。フラットだ、フラットになれあたし! イエスウゴッホ! いやそれちゃうし!
「お邪魔しますねぇ」
「遅いぞ、小田っち」
「遅いぞ、じゃないですよぉ。誰のせいでここに来たと思ってるんですかー!」
ぷりぷりとリスのように頬を膨らませつつ、小動物小田くんは抗議をあげる。
身長も男子の平均身長に遠く及ばない彼がそうすると、本当に小学生みたいだ。目はくりっくりだし、髪はサラッサラだし――っていうかあたしより綺麗じゃないか――。
っていうか矢野はしれっとPLP取り出してゲームしてるし。
「忘れるものは忘れるから仕方ない」
「開き直らないでください!?」
「っていうか、書類を忘れてくるとは、何してんのよあんたは……」
あたしは呆れながらジト目で睨むが、矢野に気にする様子はない。
「いや、うん。餌付けしておかないとなって」
「あたしは野生の動物か何かか!」
反射的にツッコミを入れるが、矢野は一切動じずカチカチカチカチとPLPを超高速で操作している。
音で判断出来るけど、しれっと高難度クエストやっとる。
「あ、あー、とりあえず、町に所属するのに必要な書類を持って来たので、記入お願いしますね」
「あ、はい」
あたしはキリっとした茶封筒を受け取る。
早速開けると、何枚かの書類が入っていた。えっと、住民登録と住所登録。それと……。
「職業登録と、これは入社書類?」
「はい。相沢さんはFFWのアカウントを所持してらっしゃる上に、ステータスが高いので、ゲーオタ課に所属してもらうことになるんです。そうなると、役場に就職してもらうことになるので」
「なるほど」
「おうちから職場までの簡易地図はこちらに、給料に関しては、ストレージへ自動振り込みとなるので、アカウント名の記入をお願いしますね」
「リアルなんだかゲームなんだかって感じね……」
素直な感想を口にすると、小田くんは苦笑した。
「あ、あと、履歴書も用意しましたので、記入お願いします。こっちは明日朝イチで登録しないといけないので、今ここで書いてもらって良いですか?」
「構わないけど、証明写真とかどうしよう?」
「あ、それはこちらで用意していますので大丈夫です。履歴書も略歴で結構です。あくまで手続き上必要なだけなので」
「それは有難いけど、証明写真の用意?」
「スクショだよ」
クエストクリアの音をたててから――って早いなオイ――矢野は顔を上げる。
「こう、両手で四角形を作るとスクショが撮れるんだよ。プレイヤーじゃないと出来ないし、非公開情報なんだけどね」
「確かに、盗撮とかの危険性もあるものね……」
この異世界でそんな現代チックな問題が発生するとか考えたくないけど、女子としてはやはり思ってしまう。
男性から見る世界と、女性から見る世界は違うのだ。
「スクショが出来る場所も限られてますしね。基本的に町中では不可能ですし」
「あら、そうなの? ……ん?」
じゃあどうやってあたしの写真を?
純粋な疑問は、一瞬にして嫌な予感に変化した。
「あ、あの小田くん、その証明写真に使う写真ってある?」
「はい、これです。中々勇ましいですよ」
早くも女子にたいして使う言葉ではない単語に、あたしは顔を引きつらせる。
小田くんはいちいち乙女っぽい仕草で肩に担いでいたカバンを探り、写真を取り出してテーブルに広げた。
瞬間。
「ぬっふぉっ」
奇抜な声を上げて、矢野が床に転がり、あたしは全身を真っ白にさせて硬直した。
いや、いやね。
予想はしてましたよ? うん。
「な、ナニコレ……」
「相沢さんが初めて町に出現した時に撮ったものです。望遠で撮ったんですけど、高倍率のおかげか、中々鮮明だったので、これを使わせていただこうかなと」
「いやいやいや」
あたしは能面で否定する。
だって、だって! 目の前にある写真、どこの山姥だよって言うような状態のあたしじゃない!
髪はバッサバサだし顔は天然戦闘フェイスペイント入ってるし、服装はボロボロだし、何より目が据わってるし。
本気で
良く仕留められなかったな、あたし。
「とりあえず、それ使うのやめよう?」
問題を戻して、あたしは履歴書を書き終えてから極力笑顔を浮かべて言う。だが、悲しいことに小田くんには通用しない。
「ええ? かっこいいのに。さっきも言いましたけど、勇ましいじゃないですかぁ」
「女子というか、おおよそ文化人としての尊厳もれなく排除されてるから。それ。撮るなら明日にでも、外で撮るし」
「んー、でも朝イチで登録しないといけないんですよねぇ……」
「いや朝イチで撮りますから」
困った表情の小田くんに、あたしは前のめりになって訴える。
ここだけは引き下がってはいけないのだ。
あたしの、女子としての尊厳をこれ以上削らせるわけにはいかない! 例えほんの数ミリしか残っていないとしても!
「いや、スクショなので自己撮影出来ないんですよねぇ。撮影者が必要なんです。今から撮影するにしても、夜は危険ですからね」
夜が危険なのは知ってる。初期位置のここでさえ、凶悪なボスキャラとエンカウントする可能性があるのだ。
さすがのあたしでも出る気にはなれない。
「毎日遅刻ギリギリの小田っちには無理な相談だよね」
「あ、それは言わないでくださいよぉ! 色々と準備があって朝は忙しいんですからぁ!」
女子か。
ぷりぷり怒る小田くんに、あたしは危うくツッコミを叩きいれかけた。
「と、とりあえず写真に関しては一考してくれないかしら。さすがにそれはちょっといただけないと思うの。社会人としても」
「ま、まぁ、確かに……」
よし痛いところ突けたぞ! このまま押し切る!
「だから、最低限社会人として見れる程度の写真にはしたいのよ」
「う、うーん……分かりました。とりあえず書類だけ先に提出して、写真に関しては相談してみますね」
「うれしい! 小田くん優しいね」
満面の笑顔で誉めちぎると、小田くんは顔を真っ赤にさせて照れた。いやだから女子かよその反応。
どっちが女子か分からなくなるわ。
「と、とりあえず、今日はこの辺りで失礼しますね。あ、そうだ、これ。お茶とか仕入れてきたので。よかったら飲んでください」
「ありがとう! 助かるわ」
手渡された大きい袋には、お茶の他にもコスメがあった。これで最低限スキンケアは出来そうだ。
元々メイクはあまりしないので化粧品の類いは構わないけど、肌の手入れはどうしたものかと密かに悩んでいたのだ。
決して高級品ではないけれど、知ったメーカー品なので安心だ。
「いえいえ、肌の手入れは大事ですから。こういう系って実は錬成できるので、レシピをまとめて、後日にお渡ししますねぇ」
「ありがとうー!」
あたしは思わず小田くんを抱きしめてしまった。うっかりするとあたしより華奢かもしれんぞ、この子。
っていうか、本気であたしは男子と会話してるのか女子と会話してるのか分からなくなるわね。
「……野生のOLの捕食映像?」
「しばくわよ?」
ふざける矢野に、あたしは真顔でツッコミを叩き入れた。
「ふふっ。矢野さんと相沢さん、もう仲良しなんですね」
「「いや、それはないし」」
うぐっ、声が重なった、だと!?
「そういうことにしておきましょ。それじゃあ、僕はそろそろ失礼しますね。また明日。あ、役場は八時三〇分出勤ですので、遅れないように」
「了解」
「じゃあ、僕も帰ろうかな。主だったクエストはクリアしたし」
「あんたは何しにきたねん」
ラーメン持ってきた以外はゲームしかしてなくないか?
「野生化して暴れ出さないように監視?」
「ねぇちょっと本気で殴っていいかな? 出来れば鈍器か何かで」
「物騒すぎるから逃げるね」
矢野はそそくさとゲームをしまい込んでから、さっと小田くんの後ろに回り込んだ。
まったく、小学生みたいだわ、こいつ。
呆れつつも、あたしは二人を見送った。
ぽつん、とした静かな空間。
ちょっと寂しいのは、久しぶりだからだろうか。
「テレビ……は点くはずないか」
電波なんて入るはずないし。
そう思って、あたしはベッドに座り込んで転がる。ああ、なんて柔らかいんだろう。
心地よさを求めたままごろごろと転がっていると、あたしはあっという間に意識を失ってしまった。
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