第5話 異世界で食べるウゴッホ
結局、あたしも役場へ通うのに便利な住宅を宛がわれた。
矢野曰く、FFWで強いステータスを保有している場合、自動的にゲーオタ課へ所属してもらうことになるのだとか。FFWで最高ランクであるマスター一歩手前まで鍛えていたあたしは、当然その条件をクリアしていた。
確かに、これでぐっと楽になる。
何せ、今のあたしなら周辺の魔物なんて小指で倒せるくらいだから。
不名誉な称号もついてきたけどな!
その称号はもちろん即座に変更してある。
女の子らしい称号はどこかにないものだろうか。うん、ないわ。
ちなみに宛がわれたのは、ワンルームマンションだ。
町でも最新のアパートらしく、なんとオートロックである。女子としてはこのセキュリティの高さは確かに見逃せない。
「それに、無駄に広い一軒家で寂しくしてるより、これぐらいがちょうど良いわ」
ワンルームといっても、結構広い。
家具一式も用意されていたので、生活に困ることもなさそうだ。下着はコンビニのもので済ませてある。付け心地は際どいけど、汚いよりマシだ。
ぐきゅう。
安心すると、とたんに空くのがお腹だ。
そういえば何も食べてないな、ここにきて。何かないかなぁと思うけど、冷蔵庫に何かが入っているとは思えない。
どうしたものかなぁ。
なんて考えていると、チャイムが鳴った。
「お待たせ。持ってきましたよ、貴重な食糧」
インターホン越しで、矢野は無表情で言いながら手に持っているものを見せつけて来た。
あたしは有無を言わずにオートロックを解除して招き入れた。
一人暮らしの女子の家に男をこうも簡単にほいほい入れて良いものかと思うが、背に腹は代えられない。
「ホント、タイミングが良いわね」
「僕たちもそうだったから、そういう頃合いかなって思って。上司からも面倒見るようにってお達しきてるし、残業代出るし」
「残念なくらい正直ね、あんたは」
思わずジト目で睨むと、矢野は首を傾げた。
「とりあえず、食べるでしょ」
「うん、そうね」
天然感覚まっしぐらの矢野に相槌を打って、あたしは電気ポットに水を入れてスイッチをオンにした。
ああ、いつもなら十分すぎるくらい早いのに、待ち遠しい。
「おっと言う間に即座に沸く~」
「エスフォール~。っていうかアレだね、なんかもう食べたみが凄く分かる動きだったね」
「がっついてるって言いたいのかしら? 仕方ないでしょ。ここにきてほとんど何も食べてないんだから」
せいぜいが森の途中で呑んだ水だけだ。
こんな飢餓状態で、日本食と言っても過言ではないカップラーメンを見せつけられたら飛びつくに決まっている。
「だろうから持って来たんだよ。とりあえずどっち食べる?」
「シーフード」
「即答だね。好きなんだ?」
あたしは頷きながらカップラーメンを受け取る。
バリバリッと音を立てて蓋を開けると、ふんわりとした粉末スープの何とも言えない香りが鼻孔をくすぐってくる。ああ、たまらないわ。
まさか異世界でジャンクなフードを口に出来るとは、と考えが至ったところであたしは気付いた。
「ねぇ、これって物凄く貴重じゃないの?」
「貴重ではあるけど、物凄くってワケでもないかな」
割りばしをくわえながら、矢野は器用に返事をした。
「駅前通りにゲーセンがあるんだけど、そこの景品が何故か定期的に補充されるんだよ。そこの商品なんだ、これ。っていっても数はそこまで多くないんだけど」
住民を潤すには全然足りないけど、非常食としては使えるってレベルか。
あたしは納得しつつも、なんでゲーセンに景品が補充されるのか意味が分からなかった。
「この町の魔導石は特殊というか、チート気味だから」
「なるほど」
FFWの町には、必ず町の中核を担う魔導石がある。
それは主に魔物を寄せ付けない結界を展開させるためのものだが、町の発展や様々な要素で成長、町に恩恵をもたらす。
この町のライフラインが維持されていたり、景品が補充されたりしているのは、まさにその魔導石のおかげってことなのね。
こうして今までと変わらない様子の場所にいると、異世界感がないから分からないわね。
そうこうしている間にお湯が沸いて、ラーメンにお湯を注ぐ。
この時の湯気がまたたまんないのよねぇ。
後は砂時計式の(でもタイマーもしっかりと鳴る)三分間タイマーを設置して我慢して、と。
最近は蓋止めシールもついてるから便利よね。昔は本とかを重しにしてたわね。
ぴっ、ばんっ!
あたしはタイマーが鳴った刹那、アラームを止めつつ叫ぶ。
「ウゴッホ! (できたっ)」
「ふごふぉっ!」
…………………………っ!?
ちょっと待ってなんであたし今ウゴッホとか言ったんだ────────っ!?
声にならない羞恥心に全身を真っ赤にさせつつ、あたしは涙目で矢野を睨む。
矢野はもう引きつけさえ起こす勢いで笑いながら床を転がっていた。
「ひ、ひっきょ……! このタイミングで、ウゴッホとかっ……!」
「うるさいわねっ! ついってやつよつい!」
「つ、ついでウゴッホ出るんだっ……! く、くひっ!」
「矢野くん」
あたしは真顔で矢野の胸ぐらをつかんで強引に抱き起こす。
「あんたは何も聞いてない。何も見ていない。良いわね? 誰かに言ったらマジで仕留めるわよ?」
「怖っ」
「乙女は名誉を守るためなら時として修羅にもなるのよ」
くいっと首もとを締めながら言うと、矢野はこくこくと頷いた。
「でも一つだけツッコミ入れさせて? タイマー止めるタイミングが反射神経の限界を超えていたようにしか思えなかったんだけど」
「体内時計で計ってたのよ」
「何それ正確すぎない」
「OLの必須技能です」
あたしはペリペリと蓋を剥がしながら言い返す。
「何それOL怖い」
矢野もそれに続いて、カップラーメンの蓋を剥がす。ふわっと広がってきたのはカレーのスパイシーな香りだ。
中々食欲がそそられるが、あたしはシーフードの方が好みだ。
「いただきまーす」
漂ってくる湯気は、海の香りをたっぷりと含んでいる。うう、よだれがっ。
我慢できなくて、あたしはふうふうと息を吹き掛けてからスープをすする。
──ああ、美味しい。
広がったのは、鶏ガラとトンコツのスープ。上手く乳化して融合したその旨味の爆弾を、醤油のコクと塩気がうまくまとめている。
ちょっと塩辛いけど、これがたまらない。というか、疲れた身体にはとっても良い。
もう一口すすってから、あたしは麺に取りかかった。
スープを吸って、ちょっと平べったい感じのフライ麺。ちょっと熱そうなのでこれも息をかけて冷ます。
ずず、ずずずずっ! ちゅるるん。
音を立てて、あたしはスープを絡ませて口に運ぶ。
ちょっともったりした柔らかさの奥にあるのは、油で揚げたからこその香ばしさだ。そこにスープが絡まれば、暴力的な旨味に変化する。
「ああ、たまらない」
はふう、と息を吐く。湯気になったのはお約束だ。
それから麺、麺、スープとループして、舌が塩っ辛くなったら具を食べる。
まずはイカだ。ちょっとタコっぽくも見えるこれは、小さいくせに噛み応え抜群で、磯の旨味をしっかり含んでいる。動物的な旨味のラーメンがシーフードたらしめているのは、こいつとカニかまのおかげだ。
うん、美味しい。
次にキャベツだ。
コイツも侮れない。シャキシャキした食感を残しつつ、甘味もある。
少し舌が休まったら、また麺、麺、スープのループ。
この塩味に飽きてきたら、食べるのは卵だ。憎たらしいまでに甘くて、とてつもないアクセントなのだ、こいつが。
「んーっ」
「美味しそうに食べるねぇ、アイっち」
「そりゃ美味しいもの。カップラーメン最高」
「女子とは思えないね」
「そっちこそ、女子に重たい幻想抱くの止めてよね。ジャンクは女子にとっても美味しいものなんだから」
言い返しつつ、あたしは麺をすする。
あっという間にあたしは完食した。過去最高のペースだったかもしれない。
まさか異世界でカップラーメンを口にできるとは。
「ああ、ごちそうさま」
「本当にお腹すいてたんだね。男より食べるの早いなんて」
「食欲は女子力を奪うものよ」
「名言だけど迷言だね」
「おだまり」
ちまちま食べる矢野へぴしゃりと言ってから、あたしは水を求めてシンクへ向かった。
ミネラルウォーターがあれば良いけど、さすがにそれは望みすぎだろう。
しっかりと浄水器を通した水をコップ一杯飲み干す。
「あら、誰か来た?」
インターホンが鳴って、あたしはモニターの前に出る。
監視カメラが映し出しているのは、知らない男――というか少年?――だ。どうしたものかと困惑していると、矢野がそっと覗き来んできた。
「あ、小田っちだ」
「知りあい?」
「というか同僚。うちの課の事務エキスパートだよ。たぶん、書類持って来てくれたんだと思う」
「書類?」
「うん。ほら、町に所属するんだから、色々と必要な書類云々」
何度か頷きながら言う矢野を見て、あたしは何故か勘付いた。
「……あんたまさか、忘れて来た?」
「カンの鋭い女は嫌いだよ?」
「それはガキだっ! 雰囲気に謝れ雰囲気に!」
ツッコミを入れつつあたしはオートロックを解除し、一言二言交わしてから家に入ってもらった。
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