第4話 鮮血のウゴッホ

「とりあえず、暴れる彼らをどうにかしてくれないかな? あのままだと、拘束をレベルアップしないといけなくなるんだけど」

「分かったわ」


 ……とはいえ、どうすれば良いのかしら。

 あたしの言葉、というか日本語が通用しないことは既に証明済みだ。でも、何とかしないと。

 何か使えるものはないか、と、ステータス画面から自分のスキルを確認する。


 《部族言語Lv EX》


 という文字がやってきて、あたしは固まった。

 いや、うん、これって、もしかして。


「どうしたの?」

「い、いや……なんでもない」


 あたしは嫌な予感に狩られつつも、覚悟を決める。


「ウヴォゴルッホォ! (みんな! 落ち着いて! あたしはここよ!)」


 ……やっぱりぃぃぃぃっ!

 またもや膝から折れそうになるのをあたしは我慢して、OL時代で培った営業スマイルを全力で見せる。


「ウゴッホッホ! (長だぁぁぁ!)」

「ウゴッホウゴッホ! (生きておられたぁぁぁ!)」


 あたしの姿を認めてか、部族のみんなが色めき立つ。なんだあの純粋な少年どもは。

 これで日本語が通じたらなぁ。

 本気で泣きそうになりつつ、あたしは続けることにした。


「ウゴッホ、ウルゴルッホ! (あたしは元気だから、みんなは大人しくしてて!)」


 く、くぅぅ……っ! たえろ、考えるな!

 ゴリゴリ掘削されていく音がする。女の矜持が。


「ゴッホ! ンヴォオォノ! (もう少ししたら良いお知らせできるから、待っててね!)」


 そう言うと、みんなはすぐに大人しくなった。うん、良い子なんだよね。


「くっ、くふっ、うっふぶふぉっ」

「笑うな! かなしくなるから!」

「いや、さすが野生のOLだなって」

「その呼び名はやめぇや!」


 うっすら涙さえ浮かべながら笑う矢野に、あたしは容赦なくツッコミを入れた。


「とにかくっ! まずは住まいの提供よ! どうするの?」


 現実的に考えれば、グラウンドかどこかにテント設営になるんだろう。仮にも役場なんだからそれくらいの設備はあるはずだ。


「家ならある程度確保してるんだ」

「えっ、家?」

「うん。この町、空き家率すごいっていうか、一緒に転移してきたエリアが完全に人がいなくなった住宅街でさ。手入れとかはされてるから、家具さえ揃えればすぐに使えるんだよ」


 なんじゃその好条件。

 予め用意されていたかのようじゃない。


「だから、家族構成とか分かれば、必要戸数がわかるんだけど」

「……ステータスウィンドウで分かるのは人数までね」

「それはこっちでも把握してるよ」

「でしょうね。分かった。聞いてくる」

「じゃあ一ヶ所に集めてもらうね」


 言いつつ、矢野は空中で手を踊らせる。たぶん、メッセージウィンドウ系を起動させてるんだろう。

 それにしても、みすぼらしいわね、あたし。

 女子らしいOLスーツは、ボロボロも良いところだ。ストッキングも破れたままだし。きっとお肌も悲劇的なことになっているだろう。

 そっと労るように触れて、つるっつるのたまご肌感触にうっとりする。っておい。


「いや、なんで肌はここ最近で最高クラスの潤い肌やねん」


 肌だけじゃない。砂埃やら何やらでバッサバサになっていた髪も、女子なら一度は羨むキューティクルさだ。

 今ならCMでれるぞ! CMなんてないけどな!

 感触を楽しんでいると、矢野がそんなあたしの様子に気づいたらしい。


「あー、それは回復魔法のおかげだと思う」

「便利だな回復魔法!」


 思わず感動してしまった。意外と便利かもしれない異世界。


「まぁ、臭いまではどうにもならないんだけどね」

「ねぇ待って。ちょっと待って。それって臭うってこと!?」

「とりあえずメッセージは送ったから、降りようか」

「そこスルーすんなやぁぁぁぁぁっ!」

「後、着替えはそこにあるから。っていっても役場のものなんだけど」


 くそ、あくまでもスルーするつもりか!

 とはいえ、着替えはありがたい。指を向けられたところには、シャツとズボン、それとジャケットだ。下着まではさすがに用意されてないけど、そこは仕方ない。

 矢野には申し訳ないけど外に出て貰って、あたしはさっと着替えを済ませる。


 それから、役場の講堂に集められていた部族の面々と再会した。


「「「ウゴッホォォオオオオ! (長ぁぁぁあああ!)」」」


 あたしが現れるや否や、全員が歓喜に吼えたので、講堂が揺れたよね。すわ何事かとなったよね。矢野は腹抱えて笑うし。

 なんだ、その「凄い、忠誠心マックスじゃん、さすが」ってのは。

 ともあれ、あたしは何とか言葉を尽くして彼らを家族ごとに分けた。こういう部族は全員が家族だ、とか言い出しそうだったが、案外しっかり分かれているみたいで安心した。

 矢野が用意していた戸数で十分に賄えたのも安心だ。


 ただ、それが新しい問題を発掘したのは、何も言えない。


 あたしと矢野の視線は、一人の女性に集められていた。


「見事なまでにぽっこりお腹だね」

「明らかに妊婦さん、よね」


 それも臨月を迎えてる感最高潮だ。

 まさか、こんな身重な人がいて、更に頑張ってあの行軍についてきていたとは。

 しかも事情を聞けば、医者にあたる存在はあの騒ぎで行方不明になっているらしく、本人もかなり不安を覚えていた。


「どうしよう、今にも産気づきそうな勢いなんだけど」

「申し訳ないけど、病院は転移してきてないよ。一番医療設備が整ってるの、役場の医務室だし」


 回復魔法や薬草とかがあるから、怪我などの対応は問題ないだろうけど、こういう出産に関わる場合は問題になる。

 何かしら知識があれば良いけど、あたしにそんなものはない。


「一応、役場の職員に元看護師がいるし、薬局のオバチャンは産婆さんだったから、ある程度のフォローは出来ると思うけど」

「出来ることで出来ることをしてもらうしかないわね」

「町の住民になるんだったら、もちろん役場としては最大限支援するよ。とりあえず彼女の家族は役場に一番近い家にしておこうか」

「じゃあ、お願い」


 そう言ってから、あたしは彼女にありのままを伝える。

 十分ではないはずなのに、彼女は涙目で喜んでくれた。

 問題はそれだけではない。

 家の設備だ。電気にしろ風呂にしろキッチンにしろ、部族の面々からすればカルチャーショックまっしぐらで、説明会を開かなければならなかった。

 全員に教えるのは不可能なので、物覚えの良さそうな──ここは悪いけど知能指数ステータスが高い面々──人たちを集めての合同説明会で済ませた。

 けど、説明はしっかりしないといけない。もし使用方法を間違えられて火事にでもなったらシャレにならないもの。


 当然、通訳で苦労しまくったのは言うまでもなく、あたしはすっかり疲弊してしまった。


 っていうか、いちいち「ウゴッホウゴッホ!」と歓喜で叫ばないで欲しい。

 魔法だ、魔法だとも叫んでいたし。この世界じゃ珍しくないはずだけど、と思ってステータス調べたら軒並み魔力が低かったので、彼らは魔法が使えないのだろう。

 確かに、森を突き進んでいた時、全部物理攻撃で魔物を仕留めていたわね。


 それでも、疲れるものは疲れるもので。


「──ああ、疲れた」


 役場に戻って、あたしはロビーにあるソファにぐったりともたれかかった。

 既に閉庁している時間なので、矢野の他には誰もいない。

 女子としていかがなものかと思ってしまうが、もう仕方が無かった。


「お疲れ」


 そんなあたしを咎めることなく、矢野は労いの言葉をかけてくれた。


「ありがと。……はぁ」

「あれ、なんで落ち込んでるのさ。滞りなくことは進んだでしょ」

「え、いや、あたし、一応部族の長なのに、彼らのこと、何も知らなかったんだなぁって」


 思わず本音をこぼしてしまった。

 長になったのであれば、彼らの状態をいのいちに把握していて然るべしなのに。あたしは何もわかっていなかったのだ。


「今日、長に就任したばかりだっていうのに、責任感強いネ」

「それが覚悟ってヤツでしょ? ヤケっぱちでなったとしても」

「アイっちって真っすぐなんだね。大変な生き方だ」


 隣のソファに腰かけながら、矢野はどこか呆れたようで、他人事のように言った。

 いや、他人事なんだろうけどさ。

 でもちょっとムッとしてしまう。


「生まれてこの方、こういう生き方なもんで」

「気を悪くしたならごめんなさい?」

「なんで最後に疑問符がつくかなぁ」

「そりゃあ、人と話すよりゲームしてる時間の方が長かったから」


 どんな言い訳だ、それは。


「それより、まだ僕の仕事終わってないんだよね。アイっちの家を決めないと」

「あ、そっか。あたしも町に所属するんだもんね」


 部族のことばかりで、自分のことに思い至ってなかったわ。


「そう。で、アイっちってFFWのアカウント持ってるんでしょ? ログイン出来る?」

「IDとか覚えてるから出来ると思うけど……どうかしたの?」

「そのアバターのステータスが加算されるんだよ。僕らゲーオタ課が攻略組やってられるのもそこが原因なんだ」

「理解はするけど……どういう世界なのよ、ここは。しかも本当に出来たし」


 あたしはステータスウィンドウからログイン画面を起動させてIDとパスワードを打ち込む。すっかり忘れた可能性もあったけど、手が覚えていた。

 ぴこーん、と独特のSEが鳴って、あたしは身体が異様に軽くなったのを自覚した。

 どうもステータスが上乗せされたらしい。

 FFWはかなりやりこんでいたので、相当なステータスになったはず。


「ぶっふぉぉぉ!」

「おい待てなんだその盛大に草生やした笑い方はぁぁぁぁ!」


 いきなり隣で不穏な笑い声を立てる矢野の胸倉を、あたしは掴んで叫ぶ。


「だ、だって……っ! くふっ、頭上のそれ、鮮血ブラッディアマゾネスって……!」


 揺さぶりまくっていると、矢野は涙すら流して爆笑しながらあたしの頭上を指さす。


「!!!!!!」


 し、ししししまったぁぁぁぁぁぁっ!?

 っていうかさっきまで部族の長の称号だったはずなのに! いや、そうか、そうなのか! ステータス上書きされたから称号の上書きされたのか!?

 一気に顔が赤くなる。鮮血のアマゾネス。それは、あたしの不名誉な称号の一つだ。確か公式の大会に出場した時、公式からつけられたのである。

 確か、酔った勢いでつけてた気がする。


「だ、だめっ……! 野生のOLといい、鮮血ブラッディアマゾネスといい……ぴったりすぎるっ……」

「あ・ん・た・ねぇぇぇぇぇっ!」

「ごめん、ごめんって……うぶふぉっ」

「草生やしながらほざいてんじゃないわよおおおおおおっ!」


 あたしの怒りの叫びは、しんとしているはずの役場に響き渡ったのだった。

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