第3話 頭上は常に野生のOL

「耳にした……というか、ある程度の噂なら」


 ゲーオタ課。

 もちろん知っている。悪名という意味で。

 夢叶町に人を呼び込むための施策として、立ち上げられた課だ。町長のゲーム好きな人たちに移住してもらおうという計画の一つだったのだが、そこで集められた連中がとんでもなかった。

 色々なゲームの全国大会で優勝をかっさらい、悪い意味で目だってしまったのだ。


 結果として全国のゲーオタから睨まれることになってしまって(ただ、駅近のゲーセンは異常に流行ったけど)、その計画は頓挫していると言える。


 そのせいか、役場でも厄介扱いされていると耳にしていたけど。

 ――けど、今の状況ならその立場が逆転しているのは簡単に想像出来るわね。

 何せ、相手は全国大会で優勝をかっさらえるゲーオタ連中。


 間違いなくFFWもやりこんでいただろうし、攻略組として編成するのにこれ以上ない戦力だわ。チート並みのテクニックあるだろうし。


「だったら話は早いね。ネットに出てた情報は概ね正しいから」

「かなりの悪評だったと思うんだけど……?」

「実際、全国大会で優勝をかっさらいまくったのは事実だし、仕事って言ったらゲームを推進するためにPRしたり、大会で優勝するかゲームするかだったし。確かにごく潰しと言われても文句は言えなかったんだよね」


 それを何でもない様子で言う矢野さんはちょっと変だと思う。

 あたしはちょっと目を細めつつ、疑問に至る。

 名刺を見る限り、彼もゲーオタ課の所属のはずだし、さっきのPLP捌きを見ても間違いないだろうと思う。


「で、そんなゲーオタ課の面々が、頑張ってゲームをクリアして元の世界に戻ろうとしてるのよね? だったら、なんでこんなところにいるのよ」

「僕は居留守組なの。この町は初期位置だけど、住民からすれば周囲の魔物だって命をあっさり奪われてしまう脅威なんだ」


 守ってやる必要がある、ってことね。


「引きこもっていられればそれでも良いんだろうけど、僕らはご飯を食べるし、食料を調達しないといけない。栄養も考えれば畑の開墾も必須だし、でもその畑や狩りは外に出ないといけない。ただの住民ステータスしかない彼らに、そんなの不可能だ」

「なるほど。理解したわ」

「実際、結構切羽詰まってる問題なんだよ。役場の職員は、辛うじてNPC冒険者くらいのステータスはあるから、外で畑作業とかしてるけど、それでも魔物と戦うのは、結構苦戦するしね」


 そこは良く分かる。

 FFWが鬼畜仕様なのは、外の魔物が強いことにある。弱い魔物もいるのだが、フィールドの魔物はステータス(というかレベル)に幅が大きい。もちろん上限値はあるのだが、その上限レベルと遭遇すると、まず倒されてしまう。

 そういう意味で、集団で魔物と戦うのは、初期プレイヤーの間では常識だった。


「そんな時、君たちと出会った」


 矢野はしれっと眼下へ視線を移す。つられてみると、そこにはウゴッホ部族が腕を後ろでに縛られ、集団拘束されながらも、何かを必死に訴えていた。

 当然、言語は「ウゴッホ! ウゴッホ!」であり、対応している職員さんが物凄く困っている様子だ。


「っていうかなんで拘束?」

「ああ、ごめんね、暴れる人たちは軽く拘束させてもらったんだ。町中で殺生沙汰が起きると確実に面倒でしょ? もし万が一があったら、処刑までしまいといけない」


 大人しくしてくれてる人は、役場の休憩室に待機してもらっているよ、と付け足しを聞いて、あたしは安堵した。

 いや、なんで安堵よ。それは、うん。だって人道的に、こう、問題があるじゃない?

 誰に向かっての自己弁護なのかさえ分からなくなる中、あたしは話題を切り替えることにした。


「つまり、戦闘民族を率いているあたしたちを使うってこと?」

「選択肢は幾つかあるんだけど、まずは君の称号を見せてもらって良いかな」

「構わないわ。それとあたしは相沢 茜って言います」

「じゃあアイっち、早速だけど」

「オイ待ていきなりあだ名!?」

「ああ、ごめんね、名前覚えるの苦手なんだ」


 さも当然のように言われ、あたしはペースを乱される。

 な、なんで初対面の男にいきなりあだ名つけられて呼ばれるんだ!? なんだ、こいつ実はかなりのコミュ高か!? いっそ図々しいくらい、パリピレベルじゃない!?


 慄いて引くと、しかし彼は首を捻る。


 あ、これ、あれや。

 あたしは理解した。これ、分かってないヤツや。


「ステータス、見せてくれないの?」

「……見せます、見せますとも」


 深いため息をついて、あたしはステータス画面を呼び出す。操作がFFWと同じなら、確か右端に……あった。タップして、ステータスの共有、と。

 終わってから、あたしは称号を呼び出す。


 出てきたのは――《野生のOL》という、失礼極まりない称号。


 思わずがっくりと膝をつく。

 な、なんやねん! だからか、だからさっきこの人に野生のOLさんとか呼ばれたのか! 誰だこんな称号つけたやつ! 出て来い! 一発どつかせろ! 

 なんて叫んでも、誰も出てくるはずもない。


「とりあえず、どうしたの? 具合悪い?」

「な、なんでもないわ……」


 心が折れそうなのを必死に堪え、あたしは称号一覧を呼び出して矢野を呼ぶ。

 ゆっくりスライドさせていくと、矢野は指をさした。


「んっと……やっぱり、あった。《部族の長》称号。疑ってたわけじゃないけど、これで間違いない。あの戦闘部族のリーダーだよ、アイっちは」


 そのあだ名、どうにかなりませんかねぇ?

 ツッコミ入れても無駄なんだろうけど。


「どうしてこの称号が手に入ったのか、まるで分からないけどね」

「とりあえず、経緯の説明、いいかな」


 盛大に項垂れると、矢野は無表情のまま問い掛けてきた。

 あたしは端的に、目覚めてからのことからを手短に言う。まぁ、あんまり長く話すようなことでもないんだけどさ。


「……なるほど。オープニングムービーと同じスタートで、か……だとしたら、あれじゃないかな。現実的じゃなくて、ゲーム的に考えたら、スターティングボーナスってやつじゃない?」

「こんな戦闘まっしぐらなウゴッホとか辛すぎるわ。言語通じないし」


 うんざりして言うと、肩がぽんぽんと叩かれた。


「良く率いてこれたね?」

「それはその、アレよ、アレ!」

「なんかよくわかんないけど、お疲れ?」

「ホント、日本語が通じる喜びを味わってるわ」


 心底の気持ちで言うと、矢野は苦笑した。

 確かにあたしも思う。でもありがたみってヤツよ。


「まぁ、それはともかくとして、アイっちにお願いがあるんだ。大体わかってると思うけど」

「――戦力ってこと?」


 FFWのゲームシステムは理解しているもの。だから、理解出来る。


「うん。喉から手が出る程の逸材だよ。だから倒さずに捕まえたっていうのもあるんだけど」

「確かに、彼らの戦闘能力なら、この辺りの魔物に負けることはないわ。だから、護衛としてとても期待できる。そうなると畑の運営も拡大も容易になるわね。それに先住民だから知識もあるし、農作業とかもある程度なら任せられるわね」

「うん。だから、協力して欲しいんだ」


 矢野はじっとあたしを見つめてくる。


「僕と一緒に、ならない?」


 …………はい?

 一瞬で、あたしは耳まで熱くなるのが分かった。いや、いやいやいや。

 ありえんだろ。このタイミングはありえんだろ。落ち着けあたし。


「いや、それ告白なんだけど……?」

「あ、言い間違えた」

「とんでもない言い間違いだなオイ」

「やめて恥ずかしい」


 矢野は両手で顔を覆った。あ、なんだかちょっとカワイイかも?


「そんな、野生のOLに告白だなんて」

「しばくぞコラァっ!」

「だって、いつまでもその称号なんだもん。頭の上に」

「今すぐ変えたらぁぁぁ――――っ!」


 あたしは即座に野生のOLなんて不名誉極まりない称号を変更しようと選ぶ。

 だが、羅列されるのは野蛮の走破者だの部族を吼える者だの、雄々しい。唯一マシっぽいのが、部族の長だった。


「で? とにかく町に所属して共存すれば良いのね?」

「うん。出来れば。ただ、その場合だとアイっちは部族の長で居続けないといけない。もしそれが嫌なら、部族解散を選べば良い。そうしたら、長じゃなくなるから。ただ、その場合、彼らは奴隷として拘束することになるけど」

「どっ……!?」


 思わず絶句すると、矢野は少しだけ眉間に皺をよせていた。


「他に、方法がないからね。でも、長は辞められるよ。感じからして、嫌だったんでしょ?」

「そりゃ、なりたくてなったワケじゃないし」


 長を辞められるって言葉はすっごい魅力的。でも……。

 あたしはちらりと眼下にいる、部族のみんなを見る。まだ、みんなは気付いていない。


「ウゥルゴッホォォォ! (長よー! どこにいますかぁ!)」

「ヴァルゴッホォン! (必ず! 必ず助けにいきますから!)」

「ウゴッホウゴッホ! (我ら、長のために!)」


 …………おう?

 あたしは思わずその場に膝を屈した。すぐに矢野が支えてくれた。


「ちょっとどうしたの?」

「ちょっと待て、なんであたしウゴッホ語が分かるようになったねん」


 きっと今のあたしは、能面のような表情をしていると思う。なんかもう、表情筋が一切仕事してないもん。


「あー……えっと、たぶん、称号ボーナス?」

「ちくしょォォォォ! だよなァァァァァ!」

「えっと、どんまい?」

「下手な慰めどうも! ああもう、でもハッキリしたわ。長は辞めない。彼らを見捨てるなんて出来ないわ」


 あたしは矢野の手を借りながらもなんとか立ち上がる。


「漢前だね。でもいいの? 大変だと思うけど」

「漢字が違う気がするんだけど? まぁとにかく、そんなの覚悟の上よ。でも、条件があるわ。彼らを過度な危険に晒さないコト。差別しないコト。後、言語教育もね」

「うん、それは大丈夫。ゲームみたいに、町を移転させるつもりはないから。ゲームの攻略は攻略組に任せてるし。僕みたいなお留守番は、ここから動かずに、のんびりと町を守るのが仕事。その方がゲームできるし」

「おい本音」

「まぁ、そういうことで」


 あたしのツッコミを流しつつ、矢野は手を差し出してきた。

 まったく。仕方ないわね。

 あたしはため息を一つ入れて、その手を握り返した。

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