第9話 たまには真面目に?
「それじゃあ、後はお願いね。私と上道はこの人をちょっと連れていくから」
「え、連れていくってどこに」
「副町長のところに決まってるじゃないですか」
笑顔で爽やかに言いはなった新庄課長に、町長は顔をひきつらせた。
「え、いや、止めよう? そんな誰も幸せにならないことしてどうするんだ!」
「お説教は必要でしょう?」
何やら訴える町長を容赦なく引きずって、新庄課長と上道さんは役場へと向かっていった。あたしはと言うと、矢野と二人きりで別行動である。
理由は単純だ。
部族の朝のミーティングを始めるためだ。
なんで矢野と、という思いはあるけど、部族を統率したことがあるのは矢野だけで、ノウハウを持っているのも彼だけだからだ。
口は悪いけれど、ちゃんと教えてくれるから。というのは新庄課長の談で、あんなイケメン(女性だけど)に言われたら逆らう余地はなかった。
ということで、再びあたしたちは役場の講堂にいた。
全員の無事を確認しつつ、怪我人に回復魔法をかけて回る。ひどい怪我は誰もしていなかったけど、やっぱりちゃんとしておきたい。
「あんたもよ」
「え?」
あらかた治療を終えてから、あたしは矢野を見て手を差し出した。
意外だったのか、矢野はきょとん、と首を傾げる。まったく、無頓着。
近寄ってくる矢野のズボンの左足をまくしあげる。露になったのは、ぷくっと腫れた足首だ。
「やっぱり挫いてたわね」
「なんで分かったの」
「隠してたっぽいけど、それがむしろ怪しかったのよ」
他にも細々した要因はあるが、一番大きいのは、自転車が二台とも潰れていたことだ。予想だけど、あたしが自転車から投げ出された時、きっと何とかしようとして、彼も同じことになったんじゃないかな。
それで挫いたのだとしたら、ちょっと気が引ける。
それに、あたしがドラグサイノに突撃する時、矢で援護してくれていたのは知っていた。実際、あの死体には何本もの矢が刺さっていたし。
あたしが突撃する間、足止めしてくれてたのよね。
だから、そのお礼くらいはしておかないと、ね。
ま、口にはしないけど。
「お、さすが
「本職だからねー」
あたしは鼻高々に言う。
自慢じゃないが、あたしが参戦したパーティの生存率は四割増しである。最悪の場合、接近戦で自衛も出来るし。
「はい、これでおしまい。それじゃあ、これからどうしたら良いのかしら」
あたしはステータスウィンドウから、部族関係のコマンドを開く。チュートリアルがあったらまだ理解していたんだろうけど、それもない。
というか、たぶん、あの進軍している最中にぶっ飛ばした気がする。
「まずは朝のミーティングからだけど……部族のメンバーの規模からして、サブリーダーを決められると思うから、そっちからしたら楽になるよ」
「分かった。……二人選べるわね」
ウィンドウを操作すると、出てきたのはウゴッホ族の面々の名簿だった。
うーん、しっかり一人ひとり名前があるのよねぇ。
ご丁寧なことに、簡単なステータスや性別、顔まで表示されている。出会った当初は顔なんてみんな同じに見えてたけど、今はみんな違うのよねぇ。
FFWでもこんなギミックだった気がするわね。村人だって、一人ひとりグラフィック違ったりしてたし。
とりあえず、今は知能指数とかが高そうな子を選ぼう。
思ってスクロールして数秒。あたしは膝を折りそうになっていた。
「な、なんか見るも無残な数値ね……」
「うーむ。見事に一桁揃い」
覗き込んで来た矢野も思わず息を吐いた。
「さすが脳筋部族」
「ヒドいわね。でも否定できないのが悲しいとこでもあるわ」
戦闘能力に注目すると、結構な数値なんだけどなぁ。
こんな彼らに言語を覚えさせるって、すっごい大変なんじゃ?
早くも前途多難だ。
もし上手くいかなかったら、彼らと町の人たちに上下関係が生まれる。きっと、部族の面々は良いように使われてしまうだろう。それは避けたい。
「まぁ、期待値はそこそこあるっぽいから、学習に関しては大丈夫だろうけど……問題として、どういう部族にしていくのかってのがあるよ。明確に指針を持ってないと、色々とトラブル起きたりするし」
「もちろん、言葉を介して文化的生活を送れるようにする、が第一よ」
「なるほど。彼らの気性としては、戦闘的ではあるけど、決して攻撃的ではないんだよね。だから可能だと思う。なら、そういう気質をより強く持っている人を選べばいいんじゃないかな」
アドバイスを受けて、あたしは頷く。
それなら、候補が一人いるわ。
今朝の攻防で、しっかりと逃げ惑う部族の面々を統率していたあの女の子だ。見覚えがあるのですぐに見つけられた。
名前はミランダね。
「次は、サポートしてくれそうな人、でいいかしら」
「うん」
こっちはステータス頼りだ。
一応、知能指数が高くて気質的に真面目なのを選んだ。
名前はアスラ。部族の統率は基本的にこの二人にサポートしてもらおう。
「じゃあ朝のミーティング始めよう。っていっても、今朝は出来ることないんだけど」
「それもそうか。まだ方針も何も決まってないものね」
部族として町に合流したけれど、これからどうやっていくのか、まるで決まっていない。 そもそも部族と合流したことも町の人たちにしっかり説明出来ているか微妙だ。
ゲームだったらそういうのないんだけど、現実はそうもいかないよね。
ということは、まずは町の人たちに説明して理解してもらうまで、何もトラブルを起こさせないようにするのがベターってことね。
考えている間に、二人が前に出て跪いた。
うーん、こういうのは慣れないわね。
苦笑しつつ、あたしは部族コマンドを操作して、指示ボタンを押す。色々な項目が出てくるけど、行動の制限が主な用途みたい。
「とりあえず、闘争関係は封印しておくべきよね」
「だね。どっちかというと、お昼までは何もしないで欲しいんだけど、そうもいかないだろうから、言語学習を早速やってみる?」
「そうね、そうしましょ」
中々頭が回るやつである。
あたしは早速ウィンドウを操作し、学習してもらうことにした。あたしにはもちろん日本語スキルがあるので、それを使用してテキスト化させる。とりあえずお昼間で学習してもらおう。
「「セトレーボン (かしこまりました)」」
それ、フランス語で美味しいって意味だからね?
ツッコミは飲み込みつつ、あたしは少しだけ安堵する。これで、彼らは家で学習してちょっぴり賢くなるはず。
「出来たわ」
「じゃあ、上に行こうか、と言いたいところだけど、とりあえず着替えて?」
指摘されて、あたしは自分がいかにひどい格好をしているのか思い出した。
悲鳴を上げたのは、言うまでもない。
◇◇◇◇◇
着替え──と言っても役場支給のカッパ上下にジャンパー、スリッパという悲しい献立だ──を済ませたあたしは、矢野追うかたちで講堂から職場に移動した。
役場の入り口から入ってすぐのエリア。そこに、《旧特別振興対策課・現非常事態特別対策課》というプレートが天井から吊るされていた。
おお、カウンターの奥にいくって、すごく新鮮な体験だわ。
なんて思いつつも、役場の雰囲気は、あたしの知るそれとは少しだけ違った。
「異世界転移してきたおかげで、役場の仕事もガラッと変わっちゃったんだよ。何せ、国とか、他の地域とかと一切連絡が取れないからね」
それは電話、インターネットを含むようだ。となると、色々と業務が滞って仕方がないだろう。
主に税金関係かな。
その辺りをどうしてるのか、つっこまないほうが良いんだろう。
「まぁ、うちは規模がそもそも小さいから、元々忙しくなくて、今の方がバタバタしてる感じかな」
「そりゃそうでしょうね」
「今の役場は、町の周囲に辛うじて開墾させた畑の維持、管理。それと町の巡回。あとは町を囲む塀の改修とか、技術系がほとんどなんだよね」
矢野は抑揚のあまりない声で説明して、一〇個くらい並んだデスクの一つに座った。
「その中でも、ここは特別対策。つまり、異世界関係の色々なトラブルに対処する課ってことなんだ」
「そういうことね。改めて、ようこそ。茜ちゃん。よろしくね」
ちょうど良く戻ってきたらしい新庄課長は、それは晴れやかな笑顔で、見事なプロポーションを活かすモデルウォークでやってきた。
女のあたしでもみとれる。
……胸以外は。
同じ女子として絶対口にしてはいけないと分かっているので、あたしは自然に視線を動かす。
新庄課長の背後には、坊主頭の厳つい彼が立っていた。姿勢も綺麗だけど、もしかしなくても、身長があたしよりも低い。
「
「はい、よろしくお願いいたします」
差し出された手を握り返すと、びっくりするくらい、すらっとしていた。ていうか、子供みたい?
「ああ、俺、ピアノやってるんだ。ゲームは音ゲー専門なんだ」
「意外でしょう? こんな三人くらいその手にかけてても不思議じゃない面構えなのに」
「おい新庄課長、言っていいことと悪いことがあるって何回っ……!」
即座にからかう新庄課長に、上道係長は噛みついた。いや、その睨みだけで震え上がりそうなんですけど。
でも新庄課長に気にする様子はない。
「まぁ、こういう課だから」
ぎゃーぎゃーやりあい出した二人をスルーし、矢野は言う。
いや、何それで自己紹介終わった感出してるの。まだまだデスクあるし。
「他のメンツは攻略組。ここには出勤してこないよ」
「ああ、そうなんだ」
そういうことね。
納得すると、また足音がやってきた。
「おお、やっと揃ったか」
振り返ると、白髪の似合う長身痩躯の老年が立っていた。
「早速だが、仕事だぞ」
──どうやら、早速トラブルらしい。
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