どこかで見た獣と復活の異神(中)
「アポ様! 全部使って戦います! 手伝ってください!」
なんて啖呵を切ってはみたものの、内心は『これからの戦い』に不安まみれだった俺。
なにせこのマジックカードは、単純な攻撃魔法や防御魔法ってわけじゃない。
その代償の重さに一つのプレイミスも許されない、まかり間違えば自滅さえも引き寄せる諸刃の剣なのである。
『ぶっ壊れ』ながらも取り扱いの難しさゆえにデッキに入れるか躊躇った一枚。
和泉慎平というカードゲーマーの悪癖として、使いこなしてみたいと入れてしまった一枚。
マジックカード“宿り血の殲滅意識”。
「使いこなせなかったらすみません!」
俺は先に謝ってからマジックカード発動の成否判定に挑むのだが――このマジックカードに、発動失敗は存在しない。『成功判定:一・二・三・四・五・六』という親切設計。
もしも成功率が二分の一以下だったなら、俺はこのカードを使わなかっただろう。
と――――魔法発動の次の瞬間、硬い激突音。
黒髪少女が両手で握った赤銅色の大杖が、アポ・メカネス・テオスの杖と激突していた。
最高速度で飛び掛かって大上段から叩き付けたのだろう。
広がった衝撃波に俺やイスラ・カミングスの髪が踊る。
鼓膜が破れなかったのならば僥倖だ。一瞬耳が聞こえなくなるぐらいは、別にいい。
そんなことを自分自身に言い聞かせ、俺は右手でアポ・メカネス・テオスの三本腕の一つを引いた。
即座、俺の手首を握り返したアポ・メカネス・テオスが大きくバックステップを踏んでくれる。
「きゃ――」
「おわ――」
イスラ・カミングスの短い悲鳴。想像以上の高速に漏れた俺のうめき。
足裏から地面の感触が消え失せ、視界が回る。
それで俺は黒髪少女の姿を見失うが、アポ・メカネス・テオスを信じていた。上手く立て直してくれるはず――と。
人形神が俺とイスラ・カミングスをその小脇に抱えてくれた瞬間。
「やっぱ静佳さんにしか見えないって!!」
“ソロモン騎士・妙高院静佳”の戦闘装束を纏った黒髪少女の猛攻が視界いっぱいに飛び込んできた。
何らかの移動魔法なのか、それとも常軌を逸した身体能力なのか、ともかく目が追い付かない。気付いた時には攻撃寸前の黒髪少女が俺のすぐ前にいる。
黒髪少女の赤銅の杖が振り下ろされ、それをアポ・メカネス・テオスの腕が防いでくれた。高い激突音は響いたものの大理石の細腕が軋むことはなかった。
それで俺はこう判断する。
――だったら打撃は無視だ。防御力六で耐えられる――
アポ・メカネス・テオス。攻撃力9、防御力1。
『このモンスターがフィールドに召喚された時、あなたはトラッシュにある【種族:ドール】のカードを3枚までこのモンスターの下に重ねても良い。このモンスターは、このモンスターの下に重ねてあるカード1枚につき防御力+2される』
『このモンスターがフィールドを離れる時、あなたはこのモンスターの下に重ねてあるカードを1枚破棄しても良い。そうした時、このモンスターはフィールドに残る』
馬鹿げた攻撃力、ふざけた除去耐性を誇る、デッキの切り札。
復活の度に二点ずつ防御力は落ちるが、しぶとくフィールドに残り続けて一撃必殺を叩き込んでいく化け物。
しかもこっちにはグレイスカード“古き歌よ。我が友の歩みを支えたまえ”がある。
攻撃力をプラス一、防御力をプラス一した結果の『攻撃力十点、防御力六点のアポ・メカネス・テオス』は、どんな相手にとっても脅威だろう。
「アポ様っ! こっちも『返し』っ、行きます!」
「よろしい。ならば高らかに宣言せよ、和泉慎平」
攻撃準備は万全だ。むしろ、今までが手ぬるすぎだ。
黒龍撃破からとっくに三分は経っている。少なくとも、ここまでに一発は黒髪少女を叩けたはず。
そうしなかったのは「――ぐ、ぬ――っ」俺のためらいのせい。
アポ・メカネス・テオスが真後ろに退く。
黒髪少女が踏み込んできて「……っ」大杖を振り上げる。
アポ・メカネス・テオスが自身の腕を盾代わりにしつつまた退がる。
すぐさま黒髪少女が再度踏み込んできて、「………………っ」無言で何度も大杖を振るってくる。
「知ってますわ!! 知ってますわコイツの顔!! 聖痕の獣!! 妙高院静佳っ!! どうしてこんなとこ――」
焦るイスラ・カミングスが突如として言葉を失ったのも無理はない。
猛攻を仕掛けてくる『妙高院静佳そっくりの黒髪少女』を前に、俺が、いきなり俺自身の右頬をぶん殴ったからだ。
「バカですの!?」
「ためらうな!! やるんだよっ慎平!!」
イスラ・カミングスの驚愕と俺の怒声が混じり合う中、ようやく右の人差し指が伸びた。
「攻撃してくださいっ!!」
俺の右手が、俺の声が、俺の覚悟が、黒髪少女にまっすぐ向いた。
瞬間――――後退し続けてきたアポ・メカネス・テオスの足が前に出る。
アポ・メカネス・テオスが黒髪少女の大杖とぶつかったままの腕を押し込むと、「――っ」黒髪少女は一秒だって耐えることができない。まるで巨象に立ち向かうチーターがごとくに、非力に後ずさるしかなかった。
「獣よ。目を開くことを恐れるな」
今度は人形神の杖が持ち上がる。
黒髪少女の杖、そして俺とイスラ・カミングスで塞がっていない三本腕の一つが握った異形の杖――『人形の腕を何本も繋ぎ合わせたような杖』が大上段から振り下ろされた。
とはいえ、渾身の力を込めたようには見えない、何気ない一撃。
黒髪少女は防がなかった。
赤銅の杖でそのまま受け止めることなく、真横に跳んで大きく避けたのだ。着地の瞬間に体勢を崩して地面を転がるほどの派手な回避だった。
しかしそれでも、決してオーバーリアクションなんかじゃない。
「ふざけんなですわ! 時空――!」
いきなりアポ・メカネス・テオスの攻撃の軌跡をなぞって景色がズレた。
「時空を殺すとか!」
右側の景色と左側の景色の高さが全然違う。アポ・メカネス・テオスの攻撃の軌跡を境に、右と左が繋がらない。
直後――――――軌跡を中心にして空間そのものにひび割れが走り、三十メートル四方へと広がった。
いつまでも無音だった。凄まじい超常現象なのに何の音も生まれはしなかった。
不可解なひび割れが三十メートル四方の景色を埋め尽くす。
それから景色の欠片が一つ落下すれば、連鎖してひび割れに覆われた空間すべてが崩れ落ちた。
そしてその後には『森羅万象を否定する黒一色』しか残らない。
これ、どうなるんだ?
一瞬そんなことを考えたりもするが、杞憂に終わった。
まるで時間をさかのぼるかのように、ジグソーパズルを組み上げていくかのように、景色の欠片が一つ、また一つと戻っていった。
すると、呼吸できないほどに強い風。
破壊された三十メートル四方の空間――空間の背後に見えていた景色は元に戻った。
しかし空間を満たしていたはずの空気は復活しなかったらしい。何もかもを失った空っぽの三十メートル四方を埋めようとして周囲から風が吹き込んだのだろう。
「……これで終わっては攻撃力十に少し足りぬな」
そう言ったアポ・メカネス・テオスが歩き出すと、その先には土の地面に片手・片膝をついた黒髪少女だ。
三十メートル四方の真空に吹き込んだ強烈な風に身体を押され、完全に体勢を崩している。
わずか数秒間の隙。しかしアポ・メカネス・テオスが異形杖を横薙ぎするには十分だった。
「くそ、消え――」
「魔法ですわよ!」
またもや景色が激しくひび割れる。
しかしひび割れの範囲内に黒髪少女の姿はない。まるで『神出鬼没のソロモン騎士がごとくに』何の前触れもなく瞬間移動したのだ。
「ぉわ――っ!?」
後方で鳴った甲高い激突音が俺を驚かせる。
何が起きたかと無理矢理首を回せば――アポ・メカネス・テオスの後頭部を狙った黒髪少女の赤銅杖と、前を向いたまま腕だけ回したアポ・メカネス・テオスの異形杖がぶつかっている。
ものの見事に奇襲を防がれた黒髪少女が片手から雷撃を放った。
アポ・メカネス・テオスの足下から『熱のない炎』が噴き上がり、雷撃を喰い尽くした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
それからはアポ・メカネス・テオスの防戦一方だ。
瞬間移動の連続発動であらゆる角度から殴りかかってくる黒髪少女を――
打撃と打撃の狭間に――雷撃、氷槍、風刃、炎弾、光線――攻撃魔法を放ってくる黒髪少女を――
「押されてますわっ和泉さん! もっと攻撃してくださいまし!」
「私の能力にも都合ってものがあるんです!」
アポ・メカネス・テオスの異形杖と『熱のない炎』がなんとかしのぐ。
俺は黒髪少女の動きに目を凝らしていた。黒髪少女が使う魔法の一つ一つを必死に判断していた。
「ジャガーノートが来たらヤバい。杖を飛ばしてくる奴もヤバい。あとは何だ、あとは何がヤバい? 何がアポ様を超えてくる――!?」
そんな小声を発しつつ思い出すのは、ソロモン騎士五人に追われた時のこと、妙高院静佳と戦った時のこと。
逃げ惑う俺を追い詰め、俺のライフを奪い取っていった数多の攻撃魔法たち。
その中でも特大級のものがいくつかあったはずだ。アポ・メカネス・テオスの防御力六に届く魔法だってあったはずだ。
「――まずっ! 何か来る!」
思わずそう叫んだのは、俺の動体視力がやっとこさ捉えた黒髪少女の顔――その唇が細かく動いていたからだ。
いつから動いていたかはわからないが、呪文を詠唱していると思った。
そして「……あはぁ♪」黒髪少女の桃色の唇が笑みに歪む。
赤銅杖と異形杖の激突音が消え失せた。
黒髪少女が瞬間移動で俺たちと二十メートルも距離を取った。
――ジャガーノートとかいう極大の殲滅光線――
――かつて俺と“冥府喰らいのネビュロス”の命を同時に奪った桃色の光――
俺は、アポ・メカネス・テオスやイスラ・カミングスよりも早く天空を仰ぎ見て、すでに右手の人差し指を向けている。空から落ちてくる桃色の光柱を見つめている。
手札のカードに大魔法ジャガーノートを防ぐ手段はない。
ジャガーノートを防ぐ手段は、『俺の中』にこそあった。俺の命そのものが、マジックカード“宿り血の殲滅意識”の効果発揮の条件だった。
『このカードを発動したプレイヤーは、ライフを一点減らす度に、直前に行われたモンスターの攻撃をすべて軽減する。もしくは直前に使用されたモンスターの能力一つか、直前に使用されたマジックカード一枚を打ち消す。この効果は発動から三百秒続く』
「――がはっ――」
胸の中央に熱を感じ、いきなり血を吐いた俺。
そして次の瞬間、視界のすべてが赤一色に染まり、あれだけ明るかったはずの桃色の光柱すらも真紅に塗り潰されて見えなくなった。
破壊が来ない。数秒経ってもだ。
どういう原理かは俺には皆目見当も付かないが、あの恐るべき破壊光線も俺の視界に合わせるかのように、『何かに赤く塗り潰されてしまった』のだろう。
「ジャガーノートが、消え……た?」
赤い視界の中、イスラ・カミングスの声だけが妙にはっきり聞こえた。
「……ふぅ……」
両の目元に涙を感じてまばたきを三回すれば――あの赤い視界が嘘だったかのように――灰色の冬空が戻ってくる。
そこには俺たちを殺す光はなく、冷たい風が重たい雲を運んでいるだけだった。
「すみませんアポ様。一度降ろしてください。縄も切ってもらえます?」
右手の甲で血の付いた口を拭いてから、俺はイスラ・カミングスを背中から降ろした。
「んなぁ?」
ダウンジャケットのチャックを開き、雄の三毛猫を腹から引きずり出す。
地面に降ろしてやると「ぶすっ。ぶすっ」と鼻を鳴らして、力なく横座りするイスラ・カミングスにトコトコ向かっていった。
「よし……あとは勝つだけか……」
死ぬほど身体が軽い。
今なら黒髪少女の動きにだって付いていける気がして、少し笑えた。
涙に濡れる目元に触れてみると――指先にはべっとり血が付いている。
“宿り血の殲滅意識”の効果発揮で視界が赤く染まった瞬間、俺は血の涙を流していたらしい。
まあ……ライフが一点減ったんだし、これぐらいは当然か。
そう思って苦笑したら、イスラ・カミングスが震える声でこう言った。
「ごめんなさいイズミさん。あなた……あなた、意味がわからなすぎて、少し気持ち悪いですわ」
俺は苦笑しつつ、アポ・メカネス・テオスと並び立つ。
「行きましょう。もう三分もない」
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