閑話終章 元旦の笑顔たち
「あっれぇ? 和泉っちだ」
そんな声に反応して首を回した俺。
大型百貨店の中にあるスポーツ用品店――ハンガーラックに手を入れながらスポーツウェアを物色していた俺と冴月晶を見つけ出したのは、驚くほど愛らしい三人娘だった。
矢神カナタ。
レオノール・ミリエマ。
アレクサンドラ・ロフスカヤ。
三人ともニット地のモコモコした格好をしており、両手には大量の紙袋だ。何を買ったのかは知れないが、高級ブランド店の大きな紙袋も見えた。
三つ編みの栗毛と薄桃色のニットパーカーを揺らしながらレオノール・ミリエマがさっそく駆け寄ってくる。
「あけましておめでとー! お年玉ちょーだい!」
ミルク色のニットワンピース姿のアレクサンドラ・ロフスカヤもそれに続いた。
「……和泉さんは、かわいいわたしたちにお年玉をくれるべき……」
すると最後に、縦セーターにプリーツスカートを合わせた矢神カナタが二人を叱りつけるのだ。
「こらぁ! 今日のおこづかい使い切ったからって、他人にたかるな! 和泉さんもお財布出そうとしちゃダメです!」
レオノール・ミリエマが興味津々といった表情で俺を見上げて言った。
「お買い物?」
俺は「ええ、まあ」と喉を鳴らしてから、手にしていたハンガーをラックに戻す。
「休みの間にジャージを買っておこうかと。この前の戦いで駄目になったんで」
アレクサンドラ・ロフスカヤは、ギプスに包まれた俺の右手が気になるみたいだ。
「……ねえ……右手、まだ痛む……?」
「大丈夫です。何かに当てたり、衝撃を加えなければ」
すると矢神カナタが話に割り込んできた。
「そういえば和泉さん、右利きでしたよね? ご飯の時とか、結構不便なんじゃ――まさか晶ちゃんが、あーんしてあげたり?」
それに応えたのは俺の隣でMサイズのスポーツウェアを物色し続けていた冴月晶。ハンガーを手にしたり戻したりしながら、ため息混じりに不満を述べるのだった。
「ボクはそれを希望しているのですが……和泉様もなかなか強情で」
それで俺は苦笑を浮かべ、今朝の食事を思い出す。
すっかり寝坊してしまった元旦の朝――冴月晶の訪問を受けて我が家の食卓に並んだのは、見たこともないほどに豪勢なおせち料理の数々だった。
黒豆。数の子。紅白なます。栗きんとん。田作り。たたきごぼう。昆布巻き。煮しめ。かまぼこ。伊達巻き。鯛の姿焼き。鰤の照り焼き。車エビ。伊勢エビ。煮蛤――などなど。
聞けば、半分は老舗料亭から取り寄せたもので、半分は冴月晶の手作り。
『あーんしてください。食べさせて差し上げます』
利き手が使えない俺は、スプーンやフォークではどうにも食べづらいおせち料理を前に、それでも『大丈夫ですから』と言い続けた。三四の男が一五歳の少女に食べさせてもらうなんて、気恥ずかしさが半端ではなかったのだ。
「和泉様。これなんてどうでしょう?」
そう言って、冴月晶が見せてきたのは有名スポーツブランドのジャージだった。
彼女はそのままジャージのトップスを俺の身体に合わせ。
「うん。シルエットも格好良いですし、お似合いです」
満足そうな笑顔をつくった。
値札を見てみると、だいぶ予算オーバーだ。しかし俺はそれをおくびにも出さず、「それじゃあこれにします」と足元に置いていたカゴに入れた。
その時、レオノール・ミリエマが言う。
「あたしお腹すいちゃった。和泉っちたちもお昼まだでしょ? 一緒に食べようよ」
確かにもう一二時過ぎだ。
初売りの百貨店はお客でごった返しているが、探せばどこか、五人で入れる飲食店があるかもしれない。
「私は大丈夫ですが」
そう言って冴月晶を見たら、渋々といった感じではあったが、「和泉様がそうおっしゃるなら――」と頷いてくれた。
「……ごめんね晶ちゃん……二人っきりのデート、邪魔しちゃって……」
「いえ。レオノールの魂胆はわかっていますから。お金が無くなったからボクにおごれってことでしょう? この子、今度は何を買ったんです?」
「……化石……」
「はあ?」
「……トリケラトプスの角……三〇〇万円……」
「それを二つもですよ? ほんと、ほんとっおバカなんだからレオノールはっ」
「いいじゃんかぁ。欲しくなったんだからぁ」
その後、スポーツショップを出た俺たちは、飲食店を探す旅に出る。
運悪くというべきか、案の定というべきか、百貨店内のレストラン街はどこも満席で、池袋の街中へと繰り出さざるを得なくなったのである。レオノール・ミリエマが「待つのやだ! お腹減った!」と言って聞かなかったせいだ。
俺が「元旦で営業してる店も少ないでしょうし、待った方が結果的には早いと思いますよ?」なんてなだめてみても無駄だった。
雑踏の街中に出ても、四人の超絶美少女たちの正体がバレることはない。
ソロモン騎士の用いる『認識阻害の魔法』が巧妙に彼女らの存在を隠し――魔法に耐性を持たない普通の人間では、その美麗なる容姿を見ても、彼女らが何者であるかという真実には決して到達しないのである。
――何者かはよくわからないけれど、びっくりするほど綺麗な少女たちがいる――
そう驚嘆して、冴月晶、レオノール・ミリエマ、アレクサンドラ・ロフスカヤ、矢神カナタに視線を送るだけだった。
そして……そんな彼女らと一緒に行動する俺に対して、興味と不審の目も……。
百貨店を出て五分も歩かないうちに。
「ねえねえ、そこの君たち――」
有名ファッション雑誌のカメラマンを名乗る二人組の女に、スナップショットを頼まれた。
とはいえ、街に出ればこんなことは日常茶飯事なのだろう。
「ごめんねー。あたしたち、そういうのはやってないんだー」
慣れたように女性カメラマンのお願いを突っぱねたレオノール・ミリエマである。
そんな彼女が、ふと俺に顔を向けた。
「思い出した。忘れるところだった」
「どうしました?」
「和泉っちに渡すよう頼まれてたものがあったのだよ。ちょっと待ってね――多分、ポケットに入れてたはず――」
そう言いつつジーンズスカートのポケットから取り出されたのは、端の方が折れ曲がってしまったハガキで……俺は何も考えずにそれを受け取るのだ。
「年賀状?」
「うん。直筆だし、郵便の人にも見られたくなかったんだって」
それは郵便局やコンビニで買えるようなキャラクターイラストの印刷された年賀はがきで――たった一言、『今年もよろしく』とだけ綺麗な字で書いてあった。
消印のない表面を見れば、差出人は…………妙高院静佳……。
ついつい笑みをこぼした俺。「ありがとうございます」と言ってから、それをジャケットのポケットにしまった。これ以上折れてしまわないように大切に、だ。
俺の隣を歩く冴月晶も妙高院静佳からの年賀状を見たはずだが、何も言わなかった。
「もおー! 開いてるお店が全然ないじゃん!」
「……そりゃあ元旦だしね……」
「さっきのデパート戻ろうよ。絶対その方が良いって」
いつもにぎやかな三人娘。
三人の後ろ姿を見ていると不意に――お年玉を握りしめて、仲の良い友人たちと近所のオモチャ屋へ走った時の記憶が思い浮かんだ。
随分と昔の話だ。
その時、俺はまだ小学生で、カードゲームだって始めていなかった。
そういえば俺はあの時、お年玉で何を買ったのだろう? 当時テレビで放送していたロボットアニメのプラモデルだろうか。もうはっきりとは覚えていない。
正月ぐらい地元に帰っても良かったかもな……そんなことを思った。
なんとはなしに空を見上げる。
ところどころ薄雲はかかってはいるが、明るい青空だった。
「冴月さん」
「はい」
「あの――帰ったら、お餅食べましょう。雑煮つくるの、手伝ってもらえますか?」
「もちろんです」
それにしても、今年の元旦は随分暖かい。
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