ミューズの肖像~内心発露~

「オッサンどうなった?」

 客席に手を振りながら舞台袖に入ってきた悠木悠里は開口一番そう言った。


 激しいパフォーマンス直後だ。さしもの悠木悠里も少し息を上げており、美しい赤毛は汗で湿っていた。とはいえ顔に疲労の色はない。


 薄暗い舞台袖で待っていたのはスーツ姿の美女――水無瀬りんであり、ちょうど、片耳に装着したイヤホンマイクで誰かと話してるところだった。


「ふう。今日の客席はほんと凄いわね」

 悠木悠里に続いてやってきたのは高杉・マリア=マルギッドだ。顔に張り付いた金髪を荒っぽく掻き上げると、床にいくつも汗の雫が落ちる。


「二人ともこれ飲んで」

 両手のドリンクボトルを二人に渡しながら早口で言葉を続けた水無瀬りん。

「和泉さんまだがんばってるって。ちょうど今、ブラッドストローの雑魚を全部片付けたところ」


 すると、「全部って――五〇匹全部かよ?」悠木悠里がボトルのストローをくわえながら軽く走り出す。水無瀬りんと高杉・マリア=マルギッドもそれに並んだ。


 カツンカツン、カツンカツン――と、三人分のヒールの音は意外と忙しい。


「遠くから監視してる刀根さんの情報によればね」

「マジか。すげえな」


 思わず息を漏らした悠木悠里。本気で驚愕している様子の彼女を笑ったのは、高杉・マリア=マルギッドだった。


「何を驚いているの? 私たちの時もそうだったじゃない」

「そうだったって、何がだよ?」

「五人ものソロモン騎士から逃げ切ったあの人が、たかだか五〇程度の吸血鬼にやられるわけないってこと」

「そうは言っても、さすがに五〇は事だぜ?」


 そこへ水無瀬りんが「ギルゴートギルバーとダリアを殺さないよう、手加減もしてたみたいだしね」と口を挟む。


 そのまま舞台袖を抜けて、スタッフたちが慌ただしく行き交う喧噪の廊下へと。


 高杉・マリア=マルギッドが「乱戦なら――」と言いかけ、ストローに口を付けた。スポーツドリンクを喉に流してから言い直す。

「乱戦なら、戦場で冷静になれる戦士に分があるわ」


「はあ? なんだそれ――お疲れ様でーす」


 廊下の向こうからやって来た馴染みのスタッフと軽いハイタッチですれ違ってから、悠木悠里は口を尖らせた。

「なんだよそれ。オッサンがお前と同じタイプだって言いたいわけ?」


「完全に同じではないけれど、似ているところはあるでしょうね。少なくとも悠里よりは私寄りよ」


 変なところで意地を張り始めたアイドル二人。


「まあマリアは、性格も戦闘スタイルも、対軍勢向きだものね」

 水無瀬りんは思わずそう苦笑するのである。


 そして悠木悠里を先頭に、三人が楽屋に入ると。

「よーし! あたし最後まで全開で行っちゃうからねー!」

「……はあ……ようやく終わりが見えてきた………」

「ちょ、ちょっとぉ! 二人とも準備早いよ! 待ってってばー!」

 レオノール・ミリエマ、アレクサンドラ・ロフスカヤ、矢神カナタの仲良し三人娘が入れ違いにステージに向かうところだった。


 ――――――――


 楽屋の一角に設けられたモニターの中では、アンリエッタ・トリミューンと妙高院静佳、冴月晶の三人が踊っている。息もぴったり、天上の神々も見惚れるほどの舞踏だ。


 楽屋に入った途端――室内に待機していたスタイリストたちが悠木悠里と高杉・マリア=マルギッドに群がった。


 本日何度目かのお色直し。汗に濡れた華美な衣装をテキパキと脱がしていくのである。


 全員が全員、ひどく時間に追われていた。そして、それを知っているからか、悠木悠里と高杉・マリア=マルギッドは和泉慎平に関する話題をやめないのだった。


「今日のマリア、オッサンに対してやけに評価高くないか? 嫌いじゃないのかよ?」

「元々嫌ってはいないわ。ただ――」


 スタイリストたちに二人の世間話に耳を澄ます余裕などない。スタイリスト同士、必要最低限の言葉をかわすだけで精一杯だ。


「ただ私は、最初にかなり強くあの人に言ったでしょう? だから……ちょっと、どんな顔で接したらいいかわからなくて……」

「なにそれ。初耳なんだけど」

「そうね。今まで言ってなかったもの」

「はあー? じゃあなにか? 訓練の時とか、オッサンにやけに冷たかったりしたのも、単純に話しにくかっただけかよ?」

「そういうことになるわね」

「アホくせー! あたし、無駄に気ぃ使っちゃったじゃん!」

「しょうがないじゃない……私には、悠里みたいな強引な愛嬌はないのだから」

「普通に話せよ! オッサンいい大人だぞ? 一〇〇パー普通に返してくれるって!」


 たった一人の大人を巡る微笑ましい会話。


 それを傍目に、「あの。和泉さんに何かあれば、またすぐに連絡ください。よろしくお願いします」水無瀬りんは楽屋の端でイヤホンマイクに話しかけていた。


 会話の相手は和泉慎平の奮迅を遠く見守っている刀根勇雄である。


「――心配? もちろんそうですよ。ギルゴートギルバーとダリアですからね……現役時代の私でも、正直手こずると思いますし――」

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