ミューズの肖像~女神降臨~
白一色に染まった客席。
観客の誰もが手にしたサイリウムは、まるでそよ風に揺れる白い花のようだ。
そして、一面に広がった白き花畑の中央――メインステージから伸びた花道の先のサブステージ――で、妙高院静佳は情緒豊かに歌い上げる。
「あの時わたし 思いを伝えていたら」
髪飾りや左胸に薔薇のコサージュが配された白ドレスを纏い。
「隣にいることができたなら」
ピアノと弦楽器が重なるバラードに喉を震わせた。
「まだ夜明け前 西の夜空に流れ星」
深夜アニメのエンディングテーマにもなった“Faraway Dawn”だ。
妙高院静佳の圧倒的な歌唱力、歌による感情表現に、観客の誰もが背筋を震わせる。顔を涙で濡らし、鼻をすする者だって大勢いた。
「ちっぽけな力抱いて それでも君は目を開ける」
いよいよ曲の終わり。
まるで祈るように両手でマイクを握った妙高院静佳は、歌声に更なる熱量を与え。
「だからせめて いつか優しい眠りが訪れますように」
肺の中の空気を吐き切って歌い終えるのだった。
大きく足を踏ん張って、声を出し切るために天を仰いだ格好。渾身の全力歌唱。
顔を下ろした彼女は。
「――はあ――」
たった一息、熱っぽい吐息をマイクに拾わせてから、背筋を伸ばして歩き出す。
サブステージを出て、無言で花道を戻っていくのである。
妙高院静佳のパフォーマンスに圧倒された観客たちは、歓声を上げることもできず、ただただ呆然とその行動を見送った。息を呑む音もない。カツン、カツンと妙高院静佳のハイヒールが床を叩く音だって聞こえそうだ。
不意に客席がざわめき出したのは、誰かが『メインステージに立つ正体不明』に気付いたから。
いつの間にか、メインステージの中央――花道の出発点に、頭のてっぺんから足のつま先までを白のローブで隠した人物が立っていた。
ローブの袖やすそ、フードの縁は金糸で飾られ、シンプルながらもうっとりするような一品である。植物をモチーフにした繊細な刺繍が、照明の当たる角度で七色に色を変えた。
ローブの人物が花道に出る。
まっすぐ妙高院静佳に近づいていく。
………………………………。
何も知らない観客たちはこれから何が起こるのか固唾を呑んで見守り。
――パァン。
妙高院静佳とローブの人物は、花道の真ん中で選手交代のハイタッチだ。
その瞬間、静寂のライブ会場に音と光が溢れ始めた。
ド派手なプロジェクションマッピング。東京ドームの白い天井が不穏な曇天と化し、しかし七色の光が雲間を割って現れた。ローブの人物が向かうサブステージを照らし出す。
なんとも神々しい光景だ。
大仰な演出に観客の期待も高まらざるを得ない。
やがてサブステージに辿り着いたローブの人物は、おもむろにローブの首元を握り。
――――――
身を隠していたローブを一気にすべて脱ぎ捨てた。
青いフリルドレスを纏った抜群のプロポーションがあらわになる。
淡い金髪が照明を反射し、星のごとくキラキラ輝いた。
そして邪魔なローブを放り投げた後は――まるでその存在を観客にお披露目するかのように、その場でくるりと回ってみせるのだ。
流れるような動作で左手を横に払ってから、ウィンクを一つ。
「アンリエッタ・トリミューン、推参デス」
観客たちは一連の動作に何の反応も示すことができなかった。
突如としてライブ会場に降臨した女神の一挙手一投足に気を取られて、まさしく放心してしまっていたのである。
しかしそのうち、意識を取り戻す者たちもいて…………さざ波のように混乱と歓喜が会場全体に広がっていく。
プラチナブロンドの髪を持つサウスクイーンアイドル。
本来であれば日本にいるはずのないサウスクイーンアイドル。
――アンリエッタ・トリミューン――
正真正銘、世界一のアイドルが、今まさに目の前に立っているのだ。
そしてある瞬間、五万人の感情が一気に爆発した。あらん限りの咆吼に、東京ドームが揺れ動く。正気を保った人間など誰一人とていなかった。
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