ミューズの肖像~歓談恵与~

 足を踏み鳴らし、飛び跳ね、手を振り、あらん限りの歓声を上げた観客たち。


 五万人の狂喜乱舞は東京ドームすらも鳴動させ、セットリストの半分を終えてもその勢いが衰えることはなかった。


「――あっつい。汗をかいてしまいますね」


 矢神カナタ、レオノール・ミリエマ、アレクサンドラ・ロフスカヤ――仲良し三人娘の定番曲である“Aurora Steps”に混ざって可愛らしいダンスを披露した高杉・マリア=マルギッドは、ステージの上で濡れた金髪を掻き上げる。


 明るい緑のフリルドレスに身を包んだ彼女は、レオノール・ミリエマにいきなり尻を叩かれて「きゃあ」と声を上げた。


 右手にマイクを握り、左手では尻を押さえながら笑顔を作る。

「なにをやってるんですか、もう」


 楽曲の合間に繰り広げられるMC。アイドルによる観客のためのおしゃべりが始まったのだ。


 長い栗毛で三つ編みをつくったレオノール・ミリエマが、まるで飼い主にじゃれつくいたずら猫みたく、肘で高杉・マリア=マルギッドを突っついて笑う。

「恥ずかしがらずに踊れたじゃん♪ 優等生のくせにぃ」


 するとそこに白銀の巻き毛を揺らしながら、人形みたいに美しいアレクサンドラ・ロフスカヤがやってきた。

「なかなか可愛かった……生真面目マリアのくせに……」


 年上の先輩アイドルに一切の遠慮を見せない天真爛漫な二人。


 案の定、「こらー! せっかくマリア先輩が一緒に踊ってくれたんですよー!」と、二人のお目付役でもある矢神カナタがぷりぷり怒り出した。シンプルな黒のミディアムヘアから湯気が立ちのぼりそうな怒り方だ。


 仲良し三人娘お馴染みのやり取りに、客席のあちこちから笑いが漏れる。


「二人とも正座ーっ!!」


 矢神カナタに追いかけられて逃げ出したレオノール・ミリエマとアレクサンドラ・ロフスカヤは、笑いながらステージセットの上を走り回る。 


「カナちゃんいちいちうるさーい♪ おかーさんみたーい」

「おっきなライブだからって、張り切りすぎだよ……」

「黙れー!」


 好き勝手に動き回る三人娘を放って、高杉・マリア=マルギッドは客席に向かって照れくさそうな笑みを浮かべた。


「でも、実際、私には可愛すぎるかな……さっきの踊り。変じゃなかったですか?」


 すると観客たちは「そんなことないよー!! サイコー!!」という大合唱だ。


 それから高杉・マリア=マルギッドは、“Aurora Steps”のダンスレッスン時の苦労話をひとしきり語り――「三人とも、いいかげん戻ってきなさい」と、ステージセットで追いかけっこを続ける三人娘を呼んだ。


 そしてもう一度ステージを眺めて。

「――それにしても、凄いステージセットですよね。そう思われませんか?」

 観客たちにそう問いかける。


 とことこと駆け寄ってきた矢神カナタが言った。

「昔々、戦場に女神様が舞い降りたっていう設定みたいです」


 すると、レオノール・ミリエマとアレクサンドラ・ロフスカヤがステージ脇に突き立っていた十字剣をおもむろに抜き取り。

「戦いの女神ってこんな感じー?」

「……ちょー余裕……」

 華麗な剣舞を舞い始めた。


 二人一組の即興演舞。まるでバトンのように自由自在に剣を回し、風のように軽やかなステップを踏み、水のようになめらかに動き回る。


 まさしくソードダンサー。勇ましく剣を振るう姿は、現代のアイドルではなかった。まるで……北欧神話に語られる戦乙女が、戯れに踊っているかのような……。


 希有なパフォーマンスに観客たちは「おおおおおお~」と感嘆の声だ。


「危ないからその辺にしておきなさい」

 そう苦笑した高杉・マリア=マルギッドは、しかし少し考えるような素振りを見せて、こう続けた。

「女神ですか……それじゃあ、私もちょっとそれっぽく振る舞ってみましょうか。どんな神様がいいでしょう?」


 即座に客席から要望が飛んでくる。圧倒的に大きな声は――「ドS? ドSの女神様?」


 高杉・マリア=マルギッドが困ったように金髪を撫で付けながら言った。

「まったく……皆さん、ほんと好きですねえ」


 それでも客席の声が止まないので、「じゃあちょっとやってみますけど、笑わないでくださいね」彼女もその気になったようだ。


 そして――――あまりにも美しい真顔。


 ほんのわずか……ほんの少しだけ、ソロモン騎士としての本性を見せた。人類の守護者としての顔を見せてやった。


 その瞬間、想像を絶するオーラがライブ会場全体を支配し、観客たちは高杉・マリア=マルギッドの立ち姿に息を呑む。瞬きすらできない。


 なにせ、遙か太古から人類を守り続けてきた『魔法使い』がいきなり目の前に現れたのだ。本能に刷り込まれたソロモン騎士への強烈な憧憬に、自然と涙をこぼす者が続出した。


「悔い改めなさい人間」


 殺意も込めずにそんなことを言うものだから観客は感激するばかり。


 高杉・マリア=マルギッドの振る舞いは、東京ドームに詰めかけた人類への最上位のサービス。かつて魔王召喚者・和泉慎平に向けた顔や声色とはまるで別物だった。


「――なんてね」

 と、最後に笑顔でウィンクするのだって忘れない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る