第三話「主人公よ、一つ屋根の下で女性と二人きりとは何事だ!」

 七夕の夜。僕は初めて自分の家に女の子を呼び入れた。その女の子は、僕のお嫁さん、天川美月だ。

僕の家には、先程いたカフェからターミナル駅に向かい、JR線に乗って、降りた駅から10分ほど歩くと辿り着く。

「そろそろ着くよ」

「駅チカねー」

「そうそう。便利なんだよ」

 駅から歩く道は緩やかな坂道だ。

「あ、見えてきた。あれが、僕の家」

「へ~。マンションなのね」

「うん。まあ、賃貸だけど」

 僕の家は、三階建てで築5年の賃貸マンションだ。僕は、この家に大学入学と同時に住み始めた。いわゆる一人暮らし。僕の実家は愛知県なので、大学のある関東まで一家全員で引っ越すわけにもいかなかったからだ。




 僕の部屋、303号室のドアを開ける。

「ど……どうぞ」

「ありがとう」

 ああ、こんな時のためにと思って部屋をきれいにしといて良かった...

「男の子の部屋にしてはきれいねー」

「あはは...そ、そう?」

 よしっ。少しだけ好感度上げられたな...。心の中でガッツポーズする。

「じゃあ、とりあえずなにか飲み物を...」

「ん?ああ、大丈夫。さっきカフェで飲んだからお腹いっぱいだし」

「わかった」

 うーん...何を話せば良いのだろうか...?部屋に女の子が来たのも初めてだし、どうすれば良いのか全くわからない。そんなことを考えながら、リビングにある机の美月ちゃんが座っている正面に僕も座った。

「誠くん」

「はっ、はいっ」

「じゃあ、結婚の準備を進めていきましょっか」

「準備...?結婚するのに準備なんているの?」

「そっ...そうよ...?」

 準備がいるの!?知らなかった!大変だ!ここで頭の悪さを丸出しにしたら、別れましょうとかそういう展開に陥ってしまうかもしれない!こんなときはあの必殺技を使うしか...

「う、うん!もちろん知ってるよ!準備始めよっか!」

 秘技、ごまかし!

「...ほんとに分かってる...?」

「う、うんうん。分かってる分かってる!」

「そう。じゃあ、とりあえず婚姻届を...」

 婚姻届って何!?初めて聞いたよそんな言葉!

「おーい、誠くん?聞こえてる...?」

「あ、うん!!」

 婚姻届とは何なのか考えてて、言葉が耳に入ってきてなかった。

 返事をしたあとも婚姻届について考えいると、彼女が僕のことをじーっと見つめてることに気がついた。

「ねえ、誠くん。ホントは分からないんでしょ」

「うっ」

「ほら、隠さなくてもいいから言って」

「スミマセン、ワカラナイデス...」

「やっぱり。じゃあ、ちゃんと説明するから聞いててね?」

「あっ、はい!おねがいします」

 やっぱり優しい!

「結婚するのには、婚姻届っていう紙を市役所とか区役所に届けなくてはいけないの」

「ほう」

「で、その婚姻届には夫婦の名前とか情報、証人が必要なの」

「しょ、証人?」

「証人は、夫婦二人の結婚を認めますっていう保証をする人のこと。基本誰でもいいのよ」

「えっ、誰でもいいの!?」

「そう。指名手配犯とかでなければね」

 そ、そうなんだ。世界には知らないことが沢山あるなぁ...

「でも、今はその紙自体を持ってないし、もう夜遅いから急いでも明日になるわね」

「そうだね。じゃあ、また明日にでも...」



 今日結婚するという驚きで頭がいっぱいだ。僕がこんなに可愛い子と結婚できるなんて...。

 そんな僕の結婚脳にある考えがよぎった。

 "結婚したということは、この家で一緒に住むのではないか?"

 よく考えれば、夫婦って一緒に住んでいるよね。

 "お嫁さんとずっと一緒に過ごせるのでは?"

 最高じゃないか!!!

「ねえ、美月ちゃん。」

「ん?」

「このあと...どうするの?」

「あ、やっぱり急に来ちゃったから迷惑だった...?」

 ああ、ヤバイ。彼女がしょんぼりとした表情になってきてる。言い方を間違えたかな?

「う、ううん!そんなことないよ!」

「良かった。」

 彼女がにっこりと笑う。ああ、表情がコロコロ変わるのってこんなに可愛いんだなぁ。いつまでも見ていられるよ...。

「でも、やっぱり今日は帰るよ。急過ぎたからね」

「えっ...」


 その時、急に頭の中で昔見た夢記憶が蘇った。


 僕が美月ちゃんがに初めてプロポーズをした小学校の卒業式の日。


 大きな桜の木の下。


 目の前には小学生の美月ちゃん。


 僕は彼女のもとへ走る。


 しかし、あと数メートルというところで彼女が目の前から消えた。


 そして目の前には、火の海。


 この夢を見てから長い間、彼女とは会えなかった。


 もしかしたら、彼女と今別れてしまった、また会えなくなってしまうのではないだろうか...


「美月ちゃん...帰らないで...」

「えっ」

「急でもいい!もう、君と会えなくなったりするのは嫌なんだ...」


「大丈夫。誠くんの前から消えたりなんかしない。」


「ほ、本当に...?」

「うん、だって誠くんは、私の旦那さんだから。」

「旦那...さん...」



「大事な人の前から消えたりなんかしないよ」


 なんだか恥ずかしくなってきて、体が熱くなってきた。


「じゃっ、じゃあっ!」


「この家で、一緒に暮らそう!」

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