第6話「フラッシュ」

「いいか、宮司……。お前は何も悪くない、ただ、緊張のあまり思わぬ方向にボールが行ってしまった、そうだな?」

 バスの中で、珍しく監督が直接、宮司を呼び出して話しかけていた。

 宮司と監督の周りには芝コーチがぽつんと離れて立っているだけで、他に誰もいない。宮司以外の部員は、すでにバスから降りている。

 そして、監督はもちろん全員に伝えてあった。

『誰かに何かを聞かれても、一切何も言うな』と。


 監督の問いかけに対しては、宮司は一切何も答えることができなかった。そもそもバスの中でのニュースを見た時から、ひたすら放心状態で、宮司には今がいつで、ここにいる場所がどこなのかもよくわからない、ただ夢の中にいるかのようにふわふわふわふわしていた。


「なあ、宮司。お前はピッチャーとして最善のことをやっただけだ、インコースに厳しめに投げた球が、たまたま、頭に当ってしまった。こういうのは野球でよくあることだ。もちろんいいことではないが、仕方のないこと。お前は悪くないからな。お前が投げた球はたまたま、頭に当ってしまったんだ。それだけだ」

 同じようなことを牛頭監督は繰り返して言う。

 聞いているのかいないのか、宮司は定まらない視点で、監督を見つめて、ただうなづいていた。

 監督はさらに続ける。


「もしかすると、コーチの芝が厳しく当たるように言ったかもしれないがそれはあくまで、厳しい攻めを見せろということだ。そして実際お前はきびしい攻めをしてくれた。こうなってしまったことは残念だが、これも勝負の結果だ。だからいいな、お前はただただ精いっぱいやったんだから、それだけを言えばいいからな。他の事実は一切ない、お前はよくやってくれた」

 監督はそういって、ポンポンと宮司の肩を叩いた。

 そして、気持ちの定まっていない宮司の顔を覗き込むようにした。

 宮司は、ゆっくりとうなずくようにして頭を下げた。

 『わかりました』という合図だろう。


 バスの中からでも、高校の敷地の外で、多数の報道陣が待ち構えているのが見えた。すでに無数ものフラッシュがバスの方までも届いており、すでにバスから降りた他の選手たちは質問攻めにあっているのであろう。

 高校の教諭達が緊急で対応に当っており、なんとか選手たちに、影響が及ばぬように配慮しているため、あまりに配慮のない質問が選手たちに飛ぶことはないだろうと、芝は思っていた。


 しかし芝と牛頭監督、そして当事者の宮司だけはそうはいかない、マスコミの容赦のない質問に答えなければいけないだろうし、逃してはくれないだろう。

 芝も牛頭もそれを重々承知していた。それだけに宮司に余計なことをしゃべらせるわけにはいかない、これはただの事故であるということで済まさなければいけなかった。

 実際、芝も牛頭もなんて運のない事故が起きてしまったのだろうと思った。さすがに相手が死ぬとは思ってもいなかった。もっと言えば、宮司の球が実際に井狩に当る可能性もそこまで高いとは思ってなかった、もし当たらなくてもビビらせることができれば十分ではあったのだ。

 結果として十分すぎるほどの効果が相手に起きた。当初は本気で「よくやってくれた宮司」と思っていたが、今となってはなんてことをしてくれたんだという思いしかなかった。

 

 バスに宮司を残したまま意を決して、芝と牛頭は報道陣の前に立つ。

 もちろん容赦のない、カメラのフラッシュと質問が降り注いでいった。

「監督!今回のことで、井狩投手はなくなってしまいました、まずそのことについて率直に一言おねがいします」

 当事者がなくなったばかりだというのに、なんて配慮のない質問だろうと牛頭は思ったが、仕方なく用意してあったことを言う。


「……誠に残念であり、大変申し訳なく思います。まさかこんな事態になるとは思いませんでした、一刻も早く、本人を連れて、ご家族のもとに謝罪に行きたいと思っていますが、今は私ともども特に選手たちには触れないでいただきたいと思います」

 そういって、芝コーチとともに牛頭監督は深々と頭を下げた。

 10秒、20秒、頭を下げ続ける。無数のフラッシュとシャッター音が二人に覆いかぶさる。

 やがて頭を上げる二人には更なる質問が飛ぶ。


「監督、故意に井狩選手にボールをぶつけたのではないかと言われてますが?そのことについてどう思われていますか」

 初めから全く容赦のない質問が、監督に飛んできた。

 これに、監督は怒りをあらわにして答えた。


「そんなとんでもないことを言わないでいただきたい!一生懸命やった結果、不幸にもボールが井狩選手の方に向かってしまっただけです。本当に申し訳なく思うし、無念なことだと思います。老い先みじかい私の命で代えることができるのであれば代わりたい……。本当に申し訳ない、これも私の監督不行き届きの結果であります、責任はすべて私にあります。ただどうか、投げた人間をせめないでいただきたい、彼はまだ若いのです」

 精いっぱい激高しながら、そして、涙ながらに牛頭監督は記者たちに説明した、別にこの言葉は前もって用意した言葉ではない、牛頭の中からとっさに飛びだしたものであった。

 効果は絶大で、記者たちはそれ以上の質問をかぶせることができないでいた。


 唯一真実を知る芝コーチだけが、『アカデミー賞ものだ』と心の中で思っていた。

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