前のエピソード――第1話「監督の思い」

　宮司冬助（ぐうじふゆすけ）は日明高校の２年生である。

中学時代彼は地元でも有数の速球派として名前を轟かせていた。そして、野球推薦で他の部員同様甲子園を目指してこの高校に入学してきたのだ。厳しい練習で有名なのは知っていたが、父親が同高校の野球部OBだったこともあり、かねてからこの高校で野球をするという意思は固かった。

　そして父親の監督に対する信頼は子ども以上に厚いものだった。宮司にとって、監督は絶対的な存在だった。

　ところが宮司はすでに高校生活1年目にして野球をやめたくてやめたくて仕方なかった。ほとんど才能一本で中学時代を過ごしてきた宮司にとって、日明の野球練習は想像以上にハードであった。

　さらに思った以上に自分の力が通用しないことに、嫌気がさしていた。沈んだ太陽と呼ばれて久しい日明高校ですら周りの選手のレベルは高く、とても自分の力が通用するとは思えなかった、このままでは3年生になってもレギュラーは厳しい。

　レギュラーが取れないとなれば、こんなに激しい練習をする意味がいったいどこにあるというのだろう。見込みのない野球なんてさっさとやめて、楽しい高校生活を送りたいと宮司が思うのは至極自然のことであった。

　ところが彼は推薦入学である。自ら野球部をやめるという選択は彼には残されていなかった。そして、そもそも彼には学力がない、もし仮に野球部をやめたとしても、別に高校に自分のいる場所があるわけでもないのである。

　結局いやいやながら、野球部にしがみつかざるを得なかった

　そんないやいや続けていた野球部であったが、彼の同級生の清流院の活躍が本当にすさまじく、今年の甲子園予選ではあれよあれよという間に、甲子園出場がかなってしまったのだ。

　レギュラーでないとはいえ、このままいけば甲子園出場校の野球部として卒業することができるという事実に、宮司は心が躍った。とりあえず最後まで野球を続けたい、いや、なんなら甲子園に出場してみたい。そういう思いは強くなった。

　もちろん2年生で出場できるとは思ってなかったが、来年に向けてモチベーションは格段に跳ね上がった。何と言ってもやはり彼は根っからの野球少年なのである。

　そんなとき、清流院がケガをしたとか言いだした。ぱっと見は異常はない。疲労骨折だとか言いだしている。おいおい何を言いだしてるんだ、少しくらいのケガだったら出場して俺らを優勝まで導いてくれよと宮司は思っていたし、そう思う選手は少なくなかったろう。なにせ、清流院は普通に生活する分には困ってる気配がなかったのだ。

　しかし清流院は出場しないことを決めた。

「こりゃあ、甲子園は絶望だな」

　そんな風に思いながら、甲子園に向けて練習してる時、急に芝（しば）コーチから声がかかった。

「おい、宮司。もしかすると2年のお前に出場する機会があるかもしれない」

　まさかの一言に、宮司の心は学校が甲子園を決めた時以上に踊った。