某タックル事件に思いを寄せて

ハイロック

第1話「監督の思い」

 2018年の甲子園の出来事を覚えていない者はいないだろう。

それは、一回戦で起きた出来事であった。

 優勝候補であるあかつき学園と名門である日明高校、その二つがぶつかり合った8月9日、高校野球史に残るとんでもない事件が起きてしまったのである。


 あかつき学園には、今年のドラフト1位と呼び声高いエースピッチャーがいた。名前は井狩寛至いかりひろし、最高時速155kmのストレートを武器に、地方大会では3校相手に完封で勝利をおさめた。

 他に目だった強打者等がいるわけではないものの、安定した守備と打撃で今大会では優勝候補の筆頭と目されていた。


 一方の日章高校は焦っていた。日明高校はかつてのは名門と言われていた。名将と名高い牛頭ウマナラズ監督のもと、厳しい練習と徹底的なチームプレイを叩き込まれ、かつては春夏合わせて5回と、優勝旗を手に入れたことがある。


 しかしここ10年は大きく苦しんでいた。旧態依然とした牛頭監督の指導は、近代的なトレーニング等を取り入れることはなく、練習量の割に効果は上がっていなかった。昔ながらの根性論、スパルタ指導は相変わらずであり、それを嫌がる選手も多かい。結果として県内の有力な選手は日明高校を避けるようになり、同県の他の高校に流れてしまっていた。

(それでもずっと監督でいられたのはかつての栄光と、それに信奉するOB会の力である)

 結果、ここ最近は地方大会を勝ちあがることすら難しくなり、今回の甲子園出場は実に7年ぶりのことであった。


 日明高校が今回出場できたのは一人の有力な選手のおかげによる。地方予選で何と打率6割、10ホームランを放った2年生の清流院孝明せいりゅういんたかあきがその人だ。

 他の選手はほぼ凡人の集まりであり、それをムリヤリハードトレーニングで鍛え上げ、なんとか使える状態にしたと牛頭はおもっている。そんな中、清流院だけは天才であった。実質彼のバットだけで日明高校を甲子園に連れて行ったといっても過言ではない。


 ところが甲子園直前、監督のハードな練習に疲労がたまっていたのだろう。清流院は疲労骨折をしてしまった。

 あかつき学園の井狩を打てるのは日明で清流院しかいない。その清流院がまさかの欠場という事態になり、牛頭は頭が真っ白になった。幸い大きなけがではないので、なんとか強行出場を促したのだが、両親の方からストップがかかった。

 

 全く嘆かわしいと牛頭は思っていた。本来なら今回位のケガなら、本人の方から出させてくれというのが筋である。それをまさか、親の方からストップをかけてくるとは、最近の親は過保護すぎる。


 実は牛頭監督は今年を最後に引退することになっていた、その前に最後にもう一度何とか、一華さかせたかった。さらに引退後には、私立日明学園グループの役員になることが決まっていた、今後の発言力のためにも今回の甲子園ではなんとしても、無様な事態は避けたかったのだが、頼りの清流院がつかえず、よりによって相手は優勝候補であり、今年のドラフトの目玉になるであろう井狩。


 牛頭は自分の監督生活の中で最も焦ってるといって良かった。


「井狩さえ、井狩さえいなければ……。」

 清涼院のケガの後、ふつふつとそんな思いが牛頭に湧き上がっていた。




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