4 神様
彩音と潮見は、例のエレベーターから、地下に向かう。
その間にも、翔真達は彩音の誘導通り、無事にお社のすぐ裏手まで登り詰めていた。
「はあ、はあ……。これが……」
「やっと、頂上みたいね」
翔真達は、正規の参道と合流して、智峰山の頂上に出たところだった。
頂上は丸い台地状で、ほんの十メートル四方、というぐらいだろうか。
ちょうど台地の中央辺りに、お社の建物があった。人が入れるような大きさでさえない、祠のようなごく小さなもの。
社の傍らには、潮見が言った通り、大きく平たい岩と、小さな池があった。
岩は幅数メートルはありそうな大きなものだが、池は、水溜りに毛が生えたといったほうがいいような規模だ。
「これが、お社ってヤツなの? 俺、始めて来たよ」
「うん、そうだよ。水神の河童様が祀られてるって……。私も、ここまで登ったのなんて久しぶり。なかなかこういうのって、興味がないと、ね」
いかにも興味がなさそうな翔真が、肩をすくめる。
「知ってる? お正月は、ここから初日の出がきれいに見えるんだよ」
「日の出……。それが?」
「はあっ。そういうイベントごとには関心もたないと」
「そりゃあ、人並みに、日の出はきれいなものなんだろう、ってぐらいの感覚はあるけどさ。日の出なんて、そんなわざわざ見るようなもんなの? 俺、朝練でたまに見たけど……」
「違う違う、そんな、ビルの間から見えるようなのとは違うんだよ。神様だってちょっと信じたくなる」
「神様ねえ。神様なんているなら、俺の病気治してくれりゃいいのに」
翔真は吐き捨てた。
「もう……。神様って、そういう便利屋みたいなものじゃないと思うよ。いるのかいないのか、万能なのか万能じゃないのか、何かしてくれるのか何もしてくれないのか。何一つ分からない。でも、そういう存在がいるかもしれないって信じて行動することは、人間が少しでもいい方向に進んでいこうとするための拠り所になるの」
「それは、そう考えたほうが気が楽っていう気休めだよ。神様にしたって、幽霊とかだって、俺は、信じてないわけでもなくて、それなりに気にするけど。でも、神頼みなんかしたって、俺の病気は治らないし、水泳も続けられなかった。助けてほしいときに助けてくれない神様なんか、俺はいらないな。万物の創造主様が、どうして人によって才能とか病気を与えたり与えなかったりするんだ? 気まぐれで勝手なもんだよね。本当の神様はもっと完璧な世界を創るんじゃないかな」
「ふう……。まあ、神様は、気まぐれかもしれないけど。でもさ、日の出を見ると心が洗われたり、少し元気になるでしょ? そういうのは、自然なことじゃない? だからお日様を神様だって思う人達は昔から多いわけでしょ。本土の人達だって、天照大神っていうしね」
「そりゃあ、新しい一日みたいな感じは、ね。でもそんなの、ヒトじゃなくてサルとしての本能なんじゃないの? たぶん本能が、朝日を求めるんだよ。だって生き物ってそういうもんだろ?」
「夜行性の生き物だって、いるじゃない。夜行性の生き物にとっては、日の出は清々しいものなんかじゃなくて、吸血鬼じゃないけど、むしろ、身を隠す場所を失わせる、おっかないものでしょ?」
「あ、あれれ、そうか。それってけっこう深いなあ。じゃあやっぱり、サルとしてじゃなくて、人間の心がお日様を求めるのか。それが、神様につながった……」
「そうかもね。人間は昼型の生き物だもの。でもさ、人間だって、だんだん世の中が夜型化してきてるでしょ? それって、長いスパンで見たら、種として変わりつつあるってことかもしれないよ。たとえばさ、同じホモ=サピエンスっていっても、縄文時代の人と翔真が、動物園の檻で並んでたら? あたし達が、チンパンジーとメガネザルを分けるぐらいには、違った種に見えちゃうかもよ?」
「……そうかな。でも、遺伝子だかDNAだかそういうのは変わらないんだろ。なら、ただの個体差じゃないか」
「まあ、ねえ……」
「結局、何が言いたいのさ、優菜」
「お話なんて書いてるとね。そういうヘンなことを、いっぱい考えちゃうんだ、ってこと。あたしがこういうこと考えてるってのを、知ってほしい人がいるわけよ」
翔真は首を傾げた。
「誰のことだよ。ほんとヘンなこと考えるんだなあ、優菜は。俺は、そんな難しいこと分かんない。日の出はきれいだろうけど、それ以上でもそれ以下でもない。それより俺はさ、ここにいる河童の神様ってのに興味があんの」
「もちろん、あたしもそうだよ。それに……たぶん、マスターもね」
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